先憂後楽ブルース
襲撃
そんなことがあった次の日、俺は周囲の計らいで許可がおり、ようやく弟と再会することができた。何故かついてきたクロエと共に通されたのは、最上階のリーザのために用意された特別な部屋だった。しかし今、リーザはダヴィットと寝食共にしているため未使用らしい。
「リーザ……!」
ダヴィットと並んで座る弟の姿を見たとき、俺は感動のあまり涙がこぼれそうになった。そんな俺をダヴィット達の後ろに立つジローさんが微笑ましそうにこちらを見ている。
「久しぶり、リーザ……あ」
愛しい弟に抱きつこうとして、俺の手は止まってしまう。その理由がまた悲しい。
「どっちがどっちかわかんねぇ……」
恥ずかしながら、やっぱり弟とダヴィットの見分けがつかなかった。はっきり言って、どちらもダヴィットに見える。
「まったく、仕様の無い奴だな……。自分の兄弟と私の違いぐらい見分けてみろ」
「その威厳のある話し方はダヴィット! ということはこっちがリーザか!」
右にいた方のダヴィット、いやリーザを容赦なく抱き締める俺。勢いをつけすぎたのかかなり苦しそうな顔をされた。
「んーっ、久しぶりの感触」
「兄貴、やめ……」
「リーヤ、お前うちの親父みたいだな」
冷めた目で俺を見ているクロエはどうやら弟に同情しているらしい。お前と違ってリーザはほんとは嫌がってないからいいんだよ。
「リーザ、毎日どうしてるんだ? 何か困ったことがあったらすぐに俺に言えよ」
「別に平気だっての。たまにダヴィット殿下のお仕事のお手伝いさせてもらったりしてる。たぶん俺より殿下や周りの人の方が大変なんじゃないか。殿下が俺のふりをしてるわけだから」
「? そうなの?」
自然に顔をダヴィットの方に向けると、彼は堅い表情のまま頷く。彼はなんだかいつもより緊張、もしくは警戒しているように見えた。
「ああ。臣下達には私達二人を王子として扱わせ、一方で私達はどちらもアウトサイダーとして彼らに接している。大変だが、これが一番安全なのでな」
「今は演技しなくても大丈夫なのか?」
「お前を前にしてできるものか。リーザはお前に会いたがっていたし、少しぐらいいいだろう」
「……ありがとう、ダヴィット」
俺と弟がなかなか会わせてもらえなかった理由は、きっとクロエの言うとおりだっだのだろう。リーザとダヴィットの関係もうまくいっているようで良かった。
「四六時中隣にいるが、まるで鏡を見ているようでまったく慣れない。私そっくりというより、私そのものだ」
「四六時中って、そんなに一緒にいなきゃ駄目なのか?」
「基本的に別行動はしないな。風呂もベッドも一緒だ。トイレはさすがに別だが」
「えええ嘘だろ!? なんで! 一緒に寝る必要はないじゃんか!」
「私のベッドは大きいから、一緒に寝てるという感覚はないが……」
そう言われてダヴィットの馬鹿デカいベッドを思い出す。確かにあれなら端と端で寝れば……ってそういう問題じゃないだろ。
「リーザ、ほんとなのか……?」
お前はいいのかそれで、と訊ねるように弟を見ると、哀愁漂う表情で頷かれた。我慢してるんだな、色々と。しかしそんな生活ではダヴィットもリーザもお互い参ってしまうのではないだろうか。
「リーザには負担をかけてしまうが、離れると色々とリスクもあるからな。しかしまあ、こうやって演技をせずリラックスする時間は必要だ」
ダヴィットは居心地のいいソファーから立ち上がり、ゆっくりと壁際まで歩いていく。その表情には隠しきれない疲れが見えた。
「だいたい父上も母上も上の連中も、みな過保護すぎるのだ。暗殺の話だって確かではないのに。そろそろこの身代わりも終わらせるべきだと、近々父上に進言して……」
とその時、ガラスがパリンと割れる音がして何かが床を直撃した。視線を落とすと俺のすぐ近く、いやリーザの足元に何か黒ずんだものができていた。
「伏せて!」
ジローさんの声と共にバシュッという音が2回続けて響く。攻撃されている、と理解した瞬間、俺は弟の頭を抱えたまま床に腹這いになった。狙いが明らかに俺の弟だったからだ。
「殿下!」
ジローさんがすぐ近くにあった小さめの丸テーブルの足を掴み、ダヴィットに向かって勢いよく投げる。ほぼ同時に再びガラスの割れる音がして、ダヴィットの前に転がったテーブルが妙な弾み方をした。
「ジロー! 来るな!」
ダヴィットの元に駆け寄ろうとしたジローさんの足が、他ならぬダヴィットの声で止められた。ダヴィットはジローさんの投げた丸テーブルに身を隠している。ジローさんはソファーを引き倒し壁のようにすると、いったいどこから出したのか小型の銃を構え、いつでも走り出せる準備をしていた。
「絶対に来るなよジロー。リーヤも頭を上げるな!」
「ですがっ……」
「来れば撃たれるぞ! 冷静になれ!」
しかしジローさんの足は今にも飛び出さんばかりに震え、歯噛みせずにはいられないようだった。止めるべきかと迷っていたその時、匍匐(ほふく)していたクロエが、横のジローさんの背中に手をのばし何かを抜き去った。
「借りるぜ、青二才」
「えっ、あ、こら!」
ちらりと見るとクロエの手に握られたそれは小型の銃だった。クロエはそれを構えると迷うことなく窓に向けて発砲し、連射しながら窓際まで走っていってしまう。
「危ない!! 勝手に動いちゃ駄目です!」
「うかうかしてたら逃げられちまうぜっ…と。あ? 誰もいねえぞ」
バルコニーに面したガラス張りの扉から外を覗くクロエ。ジローさんもすぐにクロエに続いて窓際に寄り、扉を開いた。
「リーザ大丈夫か? 怪我は?」
「俺は平気だ。兄貴は」
俺の下にいた弟に呼びかけると普通に返事が返ってきてほっとする。怪我がなさそうで本当に良かった。
「俺も無傷だよ。――ダヴィット!」
「私も無事だ。リーヤ、まだ動くなよ」
ダヴィットの側に行くために起き上がろうとしていたが、再び弟を下敷きにして這いつくばる。突然襲撃されたにも関わらず、不思議と落ち着いていた。心臓はまだ激しく脈打っているが、弟とダヴィットに怪我がなかった安堵感で胸はいっぱいだった。
「殿下! 今の音は何事ですか!? 入りますよ!」
外にいた兵士達の声がようやく聞こえ、扉が開く。応援でも呼んだのかかなりの人数の男達がぞろぞろと入ってきたが、部屋の中の酷い有り様に全員が唖然としていた。
「何者かが、殿下とアウトサイダー様の命を狙ってバルコニーから発砲してきました。犯人はロープをつかって下の階に逃げ、現在も逃走中です」
険しい表情のジローさんが足早に歩きながら兵士達に向かって叫ぶ。下の階にいるということは、この部屋はもう安全なのだろうか。
「これより緊急警報を発動させ、全館を封鎖します。アーロン、スナイデルを除いた全員はすぐに犯人捜索に向かってください。黒髪の少年、クリス分析官の息子が追跡中です。彼の安全を確保し、犯人を外に逃がさないように」
「はっ!」
ジローさんに指示をされた兵士達はいっせいにちりぢりになって走り出す。残った二人の兵士が俺達のもとに駆け寄ってきた。
「ご無事ですか? アウトサイダー様」
「は、はい。二人とも平気です」
「ではすぐに安全な場所にご案内いたします。早くこちらに」
「ちょっと待ってください。ジローさん! クロエはいったいどこに? 犯人を追跡中って……」
俺の問いかけにダヴィットの元へ駆け寄っていたジローさんが項垂れる。この時点ですでに嫌な予感しかしない。
「……彼は、あのベランダにかけられていたロープをつたって犯人を追いかけていきました」
「ええ!?」
クロエの破天荒な行動にその場にいた全員が愕然とする。ジローさんは申し訳なさそうな表情ですっと頭を下げた。
「お止めすることができずにすみません。言葉で制止したのですが、きいていただけず」
「クロエの奴……無茶ばっかりしやがって」
暗殺者に返り討ちにあってはいないだろうかと不安にならずにはいられない。だが一方でクロエならば犯人をつかまえてくれるのではないかという期待もあった。
「彼は私共が必ず安全に保護いたします。今は彼らの指示に従ってくだい。殿下もです」
「わかっている。急ぐぞ」
ダヴィットの一声で俺達は立ち上がり、二人の兵士も銃を構える。辺りを警戒し、慎重に安全を確認するジローさんの後に続き、俺達は無残な状態になった部屋から逃げ出した。
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