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先憂後楽ブルース
逢縁機縁



ハリエットと別れた後、俺はクロエと共にある人物を訪ねていた。タワーの中の人に聞いて回った情報によると、彼はいま休憩用のラウンジにいるらしい。

「えーっと、確か休憩室は……」

「わざわざあの女の言う通りにする必要ねぇだろ。いいじゃねえか、あの長髪野郎がどういう奴でも」

「駄目だよ! だって、もやもやすんだもん。ハリエットも否定してくんないしさぁ。……ハリエット、まだ怒ってんのかな」

「知らねえよ。だからほっとけって。もう部屋に戻ろうぜ」

「いーや。これを最後にするから頼むよクロエ。……ああ、いたいた」

目当ての人物は、休憩室の隔離された喫煙所の中で煙草を吸っていた。渋い立ち姿に煙草なんて、なんとも似合う光景だ。

「げっ」

隣にいたクロエが嫌そうな声を出す。そういえばこいつ、あの人と知り合いだったか。

「失礼します、クリスさん。アウトサイダーのリーヤです」

そう、俺が捜していたのは40すぎても年を感じさせない、女の子大好きな分析官のクリスさんだ。扉を控えめにノックしてからドアを開けると、彼は目を輝かせた。

「リーヤ様? ……とクロエ!」

クリスさんは煙草の火を手早く消すと、俺を通り越して後ろのクロエに抱きついた。熱い抱擁にクロエは心底嫌な顔をして引き剥がそうとするが、力で負けているのかクリスさんの腕はピクリともしない。

「クロエ久しぶり〜! 会いたかったよ〜〜!」

「俺は会いたくなかったっつうの! とっとと放せ!」

おとなしくクロエを拘束していた腕を放すと、クリスさんはクロエの浅黒い頬にキスをする。そんなことしたら殴られるだろ! と怖いもの知らずな彼に驚愕していたら、クロエがぶすっとした表情のままクリスさんの頬にキスを返した。

「ぎゃあ!」

自分が今見たことを信じられず、俺は飛び上がって驚いた。きょとんとするクリスさんの横でクロエが苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「……なんだよ、仕方ねぇだろ。これやらねぇと後がうぜぇんだから」

だからといってよく知らないちょい悪オヤジにほっぺちゅーなんかしないだろ。人嫌いなクロエが、いくらなんでも親密すぎる。

「あの、ちょっとお訊きしたいんですが……お二人の関係は?」

「おや、知らなかったのですかリーヤ様。クロエは私の息子ですよ」

「でええええっ!?」

びっくりしすぎて声がとんでもなく裏返った。クリスさんと初めてお会いしたのは随分前だったように思うが、そんな話は初耳だ。

「名前を言いそびれていたのでしょうか。改めまして、クリス・ハウセント・ダラーと申します。正真正銘、クロエとジーンの父親ですよ」

「ち、ちっとも気づかなかった……」

「クロエ、なぜリーヤ様に言わなかったんだい?」

「わざわざオヤジの話なんかするかよ。かっこわりぃ」

「カッコ悪くはないだろう。こんな凛々しいパパに対してなんてこと言うんだ。いやしかし、お前は年々タビサに似てくるなぁ。もう目にいれても痛くないぐらい可愛いよ」

「気色悪ぃから離れろクソジジイ」

クロエの黒髪を愛おしそうにわしゃわしゃと撫でるクリスさん。俺だけおいてけぼりをくらって完全に二人の世界だ。

「男の子って、なんでこうも親に冷たいんだろうね。ジーンは他人行儀だし、クロエは全然かまってくれないし。あーあ、可愛い娘が欲しかったなぁ」

「だったらさっさと誰かとガキ作って俺の前から消え失せろ」

「うそうそ、嘘に決まってるだろ〜クロエ。パパはクロエとジーンがいればそれでいいんだから」

息子にデレデレなクリスさんに開いた口がふさがらない。子供に甘いところはタビサさんそっくりだ。タビサさんはクロエには厳しかったけど、クリスさんはそうでもないらしい。

「お前の冷たいところも大好きだよ、タビサそっくりで。だからそんなにいじけないで」

「いじけてねぇよ!」

「あの」

いい加減見ているのがつらくなった俺は親子の会話に割って入る。クリスさんはようやく俺の方を見てくれた。

「実は俺、クリスさんに相談がありまして」

「私に? 珍しいこともあるものですね。わかりました、私の力の及ぶ範囲で協力いたしましょう」

「ありがとうございます。で相談というのは、ダヴィットのことなのですが……」

「殿下がどうかなされました?」

なんとなくだがクリスさんにはダヴィットのことを話しづらかった。しかしここまできて後には引けない。俺は意を決して話を続けた。

「俺は、ダヴィットがわからないんです。ダヴィットは俺のことを好きだと言ってくれましたが、俺がアウトサイダーでなくとも同じことを言ってくれたでしょうか。疑うこと自体、失礼なことだとはわかっているんですが……」

ちらっと様子を窺うとクリスさんは目を見開いて俺を凝視していた。やっぱり、こんなこと言わない方が良かっただろうか。

「……ぷっ、あっはっはっはっ!」

「…っ!?」

突然、声高らかに笑いだしたクリスさんに俺とクロエは後ずさる。何がそんなにおかしいのかまったくわからないが、まさかこんな反応をされるとは思わなかった。

「いやー、失礼。あまりに驚いたものですから。よもやそんな可愛らしい相談だとは」

「か、可愛らしい……!?」

俺としては真剣に悩んでいることだったので笑われるなんてショックだったのだが、クリスさんからしてみれば些末な問題であるらしい。彼は目尻に滲んだ涙を拭い、可笑しそうに話し出した。

「そんなことをお訊ねなさるということは、リーヤ様、殿下に相当惚れ込んでおられるのですね」

「え!?」

「ちげぇよ、こいつのはただの不信感だ」

一応クロエが否定してくれたものの、そういう考え方もあるのかと驚愕してしまった。しかしそんな事実はいっさいない。

「殿下が知ったら、きっとお喜びになると思いますよ」

「いいい、言わなくていいです!」

「そうですか?」

そうこうしているうちにもクリスさんのにやにや笑いは止まらない。こりゃあもう、まともなアドバイスはもらえないなと腕をくんで剥れていると、クリスさんか俺の頭を優しく撫でた。

「リーヤ様がアウトサイダーでなくとも、殿下が求婚なさったかどうかは私にはわかりません。しかし、そんなことはさして重要ではないでしょう」

「重要じゃない?」

「はい、大事なのはリーヤ様のお気持ちです。すべてはリーヤ様がお決めになること。あなたから見たダヴィット殿下、それが答えなのだと思いますよ」

「……」

「可愛い王子と愛らしいリーヤ様、私はお似合いだと思いますけどね」

「なーにがお似合いだ。馬鹿馬鹿しい」

ふてぶてしく吐き捨てたクロエにクリスさんはまたしても笑顔で抱きついた。暴れようとする息子を力業でおさえつけて俺に微笑みかける。

「私も昔はこんな切ない思いをしたこともありました。どうも気の強い女性を好きになってしまう傾向が強くて」

「てめえの話なんかリーヤはどうでもいいんだっつの! つか放せ」

「はは、クロエは相変わらず酷いなあ。小さい頃は私がオムツをかえてあげていたというのに」

「嘘つけ! んなことしたことねぇだろ!」

「あるさ。2、3回だけど。クロエが産まれて1年もしないうちに離婚しちゃったからさぁ」

「にしても少ねぇよ!」

「んー、クロエは怒った顔も可愛いー」

すりすりと頬擦りしてくるクリスさんを身体を後ろへ反らして躱そうとするクロエ。じゃれあう親子の横で、俺は1人クリスさんの言葉の意味を考えていた。


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