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先憂後楽ブルース
案ずるより産むが易し



「暗殺者を遠ざけるためにフランカ様にお帰りいただくっていうのは最もな案だと思うけど、例えそれが成功したって殿下の身が危険じゃなくなるわけじゃないと思うのよ」

「うーん、確かに」

ハリエットの最もな言葉にクロエを除く一同が考え込む。誰もが口を閉ざす中、ローレンがのんびりと口を開いた。

「フランカ様だっていつまでもこちらにいられるわけじゃない。いくら彼女の地位が高いからといって、そろそろ国に帰るよう御達しがくるんじゃないかな」

「そ、そんな楽観的に構えてていいものなの?」

「心配しなくてもフランカ様は早いうちにDBに戻られると思うよ。なんなら、僕から連絡してみようか」

「え、そんなことできるのか!?」

驚く俺にローレンはしょうがないなぁとでも言いたげな笑顔を見せた。また馬鹿な勘違いをしてしまったらしい。

「いや、そうじゃなくてね。僕がDBに戻るには今こっちにある長距離用乗用機が必要だろう。それでもし僕が戻っちゃったらフランカ様達が帰れなくなってしまう。だから僕がDBに戻りたい旨を伝えたら、フランカ様達も一緒に戻らざるを得なくなるんじゃないかな、と思って」

「あ、なるほど…」

これ以上ない名案に俺が圧倒されていると、向かいにいるハリエットが浮かない顔で首を振った。

「ですが、やはり殿下の命が危険にさらされていることには変わりありません。それにその作戦では、ローレン様が日本にいられなくなってしまうではありませんか……」

「残念だけど、仕方ないよ。それにどうせ、僕はすぐに戻ることになるんだし。兄さんの安全には代えられないだろう?」

「………はい」

ローレンはすっと椅子から立ち上がり、ハリエットの側まで歩み寄る。何をするのかと思っていると、ローレンは彼女の頭に手を置いてよしよしと撫で始めた。

「僕から父上に話してみる。多分今なら時間があいてるだろうしね」

「い、今からですか?」

「善は急げだよ」

「…ローレン!」

足早に出ていこうとしたローレンを、俺は反射的に呼び止めていた。不思議そうな顔で首を傾けるローレンに、何と言ってよいかわからず視線をさ迷わせる。しかし俺をまっすぐ見つめてくる彼を見て、言わなければならないことはたった1つだと気づいた。


「……ありがとう、ローレン」

彼はなぜだか一瞬、意表を突かれたような顔をした。けれどすぐにいつもの優しい笑顔を見せてくれる。

「いいよ、リーヤ。どういたしまして」










ローレンが出ていってしまってからのハリエットの落ち込みっぷりといったらなかった。まだ本当にDBに行ってしまったわけでもないのに、今生の別れの後みたいになってしまっている。

「ああ、ローレン様…」

「……うぜぇ」

嘆くハリエットに辛辣な言葉を浴びせるクロエ。俺はといえばその場に立ち尽くしたまま、ローレンが出ていった扉を見ていた。

「……ローレンは優しいな。それに、兄思いだ」

「なに当たり前のこと言ってんのよ! ローレン様ほど思いやりのある方はいらっしゃらないわ」

「……」

だったら、彼はなぜダヴィットのことをあんな風に言うのだろう。わざとダヴィットを悪く言うような男じゃないことはわかっている。ダヴィットのことを勘違いしているのか、それとも。


「ハリエット」

「なによ」

「ダヴィットは、俺を好きだっていうんだ」

「…………し、知ってるけど。だから?」

「でもそれって、本気なのかな。俺がアウトサイダーじゃなくても、ダヴィットはあんな風に思ってくれたのかな」

「なあにそれ! カキノーチったら、まだそんなこと言ってるの?」

「ただの俺の考えすぎ…か」

「知らないわよそんなの。カキノーチがそう思うんならそうなんじゃない」

「……」

「何、その目」

「いや、だって」

てっきり否定してくれるものだとばかり思っていたのに、返ってきたのは以外と辛辣な言葉だった。この前は俺の横っ面を叩く勢いで馬鹿なことを言った俺を責めてくれたのに。
俺の心の内を悟ったのか、ハリエットは無感情に淡々と言った。

「あの時は、殿下がカキノーチに冷たくあたった理由をおしえてあげただけ。だいたい、私は殿下のお側に仕えてからまだ1年もたってないのよ。カキノーチの方がよっぽど殿下を知ってるんじゃないの」

「それは、……そうなのかな」

「ローレン様がカキノーチにそんなこと仰るからには、それなりの理由があるのでしょう。それは私にはわからないし、個人的にも判断できないわ」

正直に答えてくれているのは嬉しいのだが、そんな話を聞くと相談する前以上に悩みそうだ。というか、彼女の言葉1つ1つが刺々しくて口調も冷たい。俺にイライラしているのが見てとれる。

「それに、本当に嘘が上手い人間なら、私とカキノーチを騙すなんて簡単よ」

「ハリエット……」

「もっと確かな情報が知りたいなら、殿下の昔からの知り合いに聞いてみたらいいでしょう。否定して欲しいなら、ジローさんかゾルゲ補佐官に訊くのが一番だと思うわ。あの二人なら殿下のマイナスになるようなこと、言わないし。でも、探ってることは殿下に知られないようにしなさいよ。どちらにしても都合が悪すぎる」

彼女の言葉に俺は頷くこともできずに強く拳を握る。立ち上がったハリエットはそのまま仕事をしていたデスクに戻り、扉を指差した。

「話が終わったなら出ていってちょうだい。長居されたら迷惑よ」

「ハリエット…」

「なに」

「……や、なんでもないです」


これは完全に怒っている。今は下手に声をかけない方がいい。

「出るぞリーヤ」

クロエに促され、俺はハリエットの部屋を後にする。廊下をずいぶん歩いたところで俺は深いため息をついた。

「ハリエット、怒ってたなぁ…」

「ほっとけ、あんなの半分八つ当たりだ。よっぽどあのローレン様とやらを慕ってんだろ。珍しいこともあるもんだな」

「珍しい?」

「あの女、あんなあからさまに他人を慕うような性格してねぇと思ってた」

「……」

確かにクロエの言うとおり、ハリエットは好意をあからさまに表に出すような人ではなかった。クロエを好きだった時も、まったく態度に表していなかったようだったし、俺の知らないうちにそんなにローレンと仲良くなっていたのだろうか。

「ま、そんなの別にどーでもいいけど。俺には関係ねぇし」

ハリエットに心から慕う人ができたなら、きっとそれはいいことだ。だが俺はクロエのように関係ないと流すこともできず、何か心に引っ掛かるものを感じていた。


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あきゅろす。
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