先憂後楽ブルース
美女とヘタレ
「つっかれた……!」
洗濯の後、リビングを思い切りひっくり返し、もう年末の大掃除の勢いでスッミズミまでキレイにした。もうヘロヘロの俺に対してゼゼはハタキ片手に満足げだ。
「食事にしましょう」
ゼゼの言葉にすでに昼飯時になっていたことに気づく。どうりで腹が減るわけだ。
「何作るの?」
自慢じゃないが俺は料理なんてしたことない。
「シチューを作りマース。デモその前にちょっと休憩」
ゼゼはそう言ってソファでバテている俺に温かいココアを出してくれた。
「わぁ、ありがとう」
微笑みながらゼゼは俺の目の前に座る。
「ゼゼは飲まないの?」
「今はいいデス」
彼女はふーふーココアを冷まして飲む俺をにこにこ見つめていた。
「なんかごめんな。俺、なんにも出来なくて」
自分の無力さがまたしてもよくわかった。洗濯もろくに出来ないなんて。
でもゼゼはそんな俺に優しくにっこり笑顔を見せる。
「リーヤ、頑張ってマスよ。エライエライ」
そんな小さな子供をほめるみ親みたいに言われても、全然腹が立たなかった。ゼゼの心がこもった言い方のせいなのか、それとも彼女が年上だからなのか。
「うん、だって頑張らないと、この家追い出されちゃうし…」
俺はクロエのことを思い出しながら呟いた。
ゼゼはそんな俺に気づき、表情を甘く崩す。彼女は見た者すべてを和ませる笑顔を持っていた。
「クロエはリーヤのコト、追い出したりシませんよ」
やたら自信満々でそんなこと言うもんだから、熱々のココアが入ったマグカップを掴み損ねる。
「どうして?」
「だって、クロエはリーヤのコト、気に入ってマスから」
「ぅえぇって熱っ!」
動揺しすぎてココアの熱さを忘れていた。舌がしびれる。絶対やけどしたな。
「なっ、何で?」
クロエが俺のこと気に入ってる?
んなわけないだろ。
「クロエは、まずキライな人は、家にいれマセン」
…それって、イコール俺を気に入ってるってことにはならないんじゃないか?
俺の気持ちを察したのかゼゼは困った顔になった。
「ホントデスよー、クロエがドウキョさせるなんて、よっぽどなんデスからっ」
「……はぁ」
いくらそんな可愛く必死に言われたって信じられんもんは信じられん。
「ダテクウムシモスキズキ、ってやつデス」
「それ、ほめてないよな」
知ってる日本のことわざを披露してご満悦のゼゼは聞いちゃいない。てかちょっと間違ってるし。
「クロエが俺を、気に入る理由ないし…」
昨日のクロエとの心のキャッチボールを思い出す。ヤツは俺のボールを受け取らないばかりか、わざとキツい球を思い切りぶつけてきた。
「きっとリーヤ可愛いからデス」
おい。
「いや俺可愛くないし、理由がそれだったらクロエただの変態じゃんか」
本人のいないうちに変なキャラが出来あがってるぞ。
「リーヤ可愛いデスよー」
可愛いというより美人な年上の女性に可愛いと言われ、なんだか恥ずかしいやら照れるやらでよくわからなくなってきた。
「うーぁーもうこの話は終わり! クロエがどう思おうと今は関係ない。家事とか、ちゃんと出来た方がいいし。あの赤毛の子も…恐いし」
俺の住み込みバイトもう1人の反対派、…彼女の名前は確かイルカ・カマリー。あだ名はカマ。
「赤毛? イルちゃんのことデスか?」
ゼゼはそう呼んでないみたいだけど。
「イルちゃん、とてーも優しーデスよ」
「…そうかな」
彼女は、イルちゃんは、昨日も最後まで俺を疎ましそうに見ることをやめなかった。同年代の女子なんてそんなものだ。
「そーデスよ、リーヤ、ゴカイしてマス。イルちゃんすごくすごく、優しーんデスからっ」
ゼゼは拳を握りながらクロエの時よりももっと必死に誤解だとうったえている。多分女同士、仲がいいんだろうな。
「わかった、わかったから立ち上がらないで」
このままじゃ怒らせてしまいそうなので、俺は慌てて宥めにかかった。
ゼゼもつい熱くなってしまった自分に気づき、ばつが悪そうに握っていた手を下ろす。
「ごめんなさいリーヤ」
椅子に座りシュンとうなだれて謝るゼゼが、なんだか幼く見えた。
「いいよいいよ、俺も悪かった。あの子はゼゼにとって大切な友達なんだな」
俺の言葉にゼゼは嬉しそうに微笑んだ。
「はい。ゼゼ、イルちゃん大好きデス」
まるで愛の告白でもするかのようにそう言うと、ゼゼは勢いよく立ち上がる。
「ご飯作りマスね。手伝ってくれマスか?」
「もちろん」
笑顔で女性にそんなこと言われたら、やったことのない料理にだって、挑戦しようってもんだ。
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