先憂後楽ブルース
めいめいの事情
ダヴィット暗殺を回避する方法、それは確かに存在する。一時的なものでしかないが、俺はこれしか思い付かなかった。
唯一の希望、いや、悪い言い方をすればそもそもの原因ともいえる人物を探していた俺は、ようやく目当ての人達を見つけ、大声で呼び掛けながら駆け寄っていった。
「フランカ様! レイチェル様!」
俺の声に振り替える二人の女性、とその護衛達。一番に反応してくれたのは顔のそばかすがチャーミングなレイチェル様だった。
「そのお声はリーヤ様! お久しぶりですね」
少し話しただけだというのに俺の声を覚えていてくれたレイチェル様にちょっと感動。彼女は軽い足取りで俺の元までやってきて可愛らしい笑顔を見せてくれる。後ろの護衛の存在が気になったが極力目をあわせないようにした。
「城に帰られていたことは存じておりました。またお会いできて嬉しいです」
「いえ、こちらこそ……」
男性恐怖症だが、なぜか男らしくない俺は平気なレイチェル様。彼女に手を握られどきりとしてしまうも、横からのびてきた細い指に俺の手ははたかれた。
「あーら、リーヤ君じゃなーい。私もいるのに挨拶もなしだなんて、フランカさんのことは忘れちゃったかなー?」
「いいえ! まさか!」
素の状態で話しかけてくださったフランカ様はこれまた思わず見惚れてしまうような笑みを見せていたが、目はまったく笑っていなかった。その冷たい瞳は静かに語っている。レイチェルに触るな、と。
「俺はまさか、まだお二人がこちらにいらっしゃるとは思いませんでした。なぜこれほど長く日本に滞在に?」
我ながら直球すぎるだろうかと言ってしまってから反省する。暗に帰ってくれといっているようなものだろう。二人があまり深く考えるタイプではないといいのだが。
「そんなの、リーヤ君に関係あるのかな」
「お、お姉様! ……リーヤ様、私達は日本のご好意に甘えさせてもらっているのです。私達、とても日本が大好きですし、このお城も居心地がいいものですから」
日本を好いてくれているのは嬉しいのだが、状況を考えればここはすぐにでもお帰りいただきたいところだ。だが事情を知らない彼女達に本当のことなんて言えない。さて、どうしたものか。
「でもお姉様、やはりそろそろ戻らなければ。日本の方々にもご迷惑が」
「迷惑だなんて! 美しいフランカ様のお姿を拝見できて日本国民は大満足ですよ」
ちなみに今のはフランカ様ご自身のお言葉で、俺の意見ではない。彼女のナルシスト節は今でも健在らしい。
「しかし私もそろそろここを出た方がよいと思っていたんです。母のことも心配ですし」
「やぁだ、レイチェルったら。ミシェル様の容態は良好との連絡があったところじゃない」
「ですが、アリソンさんからも早く戻るように再三言われていますし…」
「あんな短気な男のことなんて気にするだけ無駄無駄」
二人の会話を聞く限りでは、どうやら日本に滞在し続けている原因はフランカ様の方にあるらしい。レイチェル様の説得にもまったく応じようとしないが、それほどまでしてなぜ日本にいたいのだろうか。
「でもお姉様……むっ」
口を閉じようとしないレイチェル様の顎をフランカ様は笑顔で掴みあげる。レイチェル様の唇はタコのようになってしまった。
「何を勘違いしてるのかなぁ、レイチェルは。あなたは私のいうことをきいてればいいんだから。そんな当たり前のことも忘れちゃったのかしら」
「ふ、ふあんははま」
「お返事は?」
「…………ふあい」
「よろしい」
フランカ様は愛おしそうにレイチェル様の頬をぺちぺちと2回叩いてから、俺に向き直った。
「私達はしばらくここにお邪魔させてもらうつもり。だからレイチェル共々よろしくね、リーヤ君」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
「ふふ、そんな強張らなくたっていいんだよー」
フランカ様には俺の言わんとすることがわかっていたみたいだ。今の俺達の会話を要約すると、「さっさと帰ってくれ」、「嫌だ」ということになるのだろう。
「レイチェル、あなたは先に部屋に戻ってなさい」
「へ?」
「私はリーヤ君とお話があるの、内緒のお話」
だからあなた達も立ち去りなさいと言わんばかりの視線を護衛達に向けるフランカ様。こんな突然の命令には慣れているのか、レイチェル様と護衛の男達はこちらに一礼すると、すぐに背を向け歩いてしまった。
「やっと二人きりになれたね」
「……二人きりになる意味がわかりませんが、そうですね」
意味深なことを言うフランカ様は機嫌良さそうににこにこと笑っている。俺の反応を見て面白がっているようだ。
「そういえば私、リーヤ君の弟を見たよ」
「えっ、リーザですか?」
「そうそうリーザ君、かっこいいね。でも挨拶してくれないから、隣のダヴィットと見分けがつかなくて困ったな」
ということはリーザはフランカ様の前でもダヴィットのふりをしているということだろうか。いや、フランカ様達の護衛の中に暗殺者がいるということを前提とするならそれも当然だ。
「でも、あの二人は俺でも見分けがつきませんから」
「えっ、リーヤ君でもダメなの? 一緒にいるとき大変じゃない?」
「あまり一緒にいる機会がないんです。今はあの二人、とても忙しいですし」
「ふーーん」
自分からふってきた話題なのにあまり興味がなさそうだ。そしてなぜかダヴィットと瓜二つであることにもそれほど驚いていない。さすが他人に興味が持てない人だけのことはある。
「もしかして、リーヤ君がダヴィットと婚約してるってこと弟君に隠してるのは、やっぱり気まずいからなのかな?」
「え……まさか、フランカ様にも口止めを?」
「された。しゃべっちゃダメだよって、キツそうな感じのお姉さんに。でも隠してたって、いつかはバレると思うんだけど」
「……ご迷惑をおかけしてます」
キツそうなお姉さん、はきっとダーリンさんのことだろう。客人相手のハリエットは猫被ってるから優しげな印象しか持たれないはずだ。
だがここまでの人達に口裏をあわせてもらうなんて、なんだか隠し通せる自信がなくなってきたぞ。……いや待て、こんなことは二の次だ。今はフランカに自国に帰りたいと思わせることが先決だろう。
「失礼ですが、フランカ様はなぜ今も日本に留まっておられるのですか?」
「日本はいいところだもん。まあ景色は最悪だし空気は淀んでるけど、快適だし許容範囲かな」
いいところと褒めた割には日本をボロクソに言ってくれる。景色はともかくそこまで空気は淀んでないだろう。
「……理由なら前に言ったよ、リーヤ君。DBに帰ったら怒られるから気が重いんだ、って。それにレイチェルともこんな風には一緒にいられなくなるし」
「しかし、どうせいつかは帰らなければならないでしょう?」
「そうだけど、私怒られるのって嫌いなんだもん。だいたいリーヤ君は、なぜ私達をそんなに帰したいの?」
「そ、それは……」
言えない。あなたの護衛達がダヴィットを殺そうとしているからですだなんて。言えば日本から撤退してくれるかもしれないが、そこまで彼女を信じていいのか疑問だ。
「んー? 言えないほどの理由っていったい……あ、わかった!」
「えっ」
「リーヤ君、ダヴィットが私のこと好きになったりしないか心配なんだ〜! かっわいい〜!」
「は?」
唖然とする俺を無視してフランカ様は感慨深く頷く。自分の思いつきを信じて疑わない様子だ。
「うんうん、その気持ちはすっごくわかるよ。そりゃ心配にもなるよねー。1度は求婚してた美女に周りをうろちょろされちゃあねぇ。なんかごめんね! でも恋に障害は付き物なんだから、これくらいでめげちゃダメだよ」
「は、はあ……」
「頑張ってね、リーヤ君。私は応援してるから!」
納得して満足したのか、バイバーイと手を振り歩き去っていくフランカ様。俺はそのスキップでもしかねない上機嫌な後ろ姿を引き留めることはできなかった。
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