先憂後楽ブルース
近距離関係
その後、すぐさまうちの弟、リーザがアウトサイダーとして国民の前にお披露目された。その様子は全世界に生中継され、その存在は誰もが知るところとなった。アウトサイダーがこんな短期間に二人も来るなど前例がないらしく、俺の時とは比べ物にならないくらいの騒ぎだったらしい。二人のアウトサイダー出現に多少不安視される声もあったが、これもまた幸運の前触れに違いないと世界中の大方の人間が湧いた。またその容姿がダヴィットに瓜二つであることも注目され、まったく同じ格好で並ぶ二人の姿はテレビで放映され、リーザとダヴィットは一躍時の人となっていった。
「それはいいんだけど、何で俺はこんなにも蚊帳の外なんだろ」
でかい一人言を呟いた俺に、目の前に座る男が眉をしかめる。黒いジャージ姿の彼は付き合ってられないとばかりに肩をすくめた。
「知らねぇよ。お前いらねぇんじゃねーの」
「ひでぇ! ひでぇよクロエ」
ただでさえ弱っていた心に容赦ない言葉が突き刺さる。身代わり作戦が始まってから、リーザとダヴィットにはまったくといっていいほど会えなくなってしまった。最初は忙しいもんなと納得していた俺だが、近くにいるのに会えないなんて拷問がこれ以上続けば弟不足で禁断症状が出てしまう。
「……さみしい」
「うぜぇから静かにしろよ。集中できねぇだろ」
勝手に人の寝室に押し掛けといて目の前で本を読みだした男に言われたくない。ここに住むとか勝手なことを言いだした時はどうなることかと思っていたが、一体どんな手を使ったのかクロエはすっかりここで寝起きをするようになった。こんなロイヤルファミリーの職場兼自宅に一般市民が簡単に住めてしまっていいのだろうか。この国の行く末が心配になってきた。
「ていうか、クロエは学校行かなくていいのかよ」
「テストでいい点取れりゃ大丈夫」
いったい何なんだその理屈は。普通の高校2年生といえば来年の受験に備えて皆そわそわしているものじゃないのか。まあそう言う俺なんか今年で3年になるわけだけど。
「クロエ」
「なんだよ」
「ジーンどうしてる? もう大学生?」
「…………ああ」
クロエは嫌そうな顔になりながらも渋々といった感じで答えてくれた。懐かしい顔を思いだし、無性に彼に会いたくなってくる。
「そっか…、おめでとうって言いたいな」
「だったらうちに来ればいいだろ」
「だからそれは無理なんだって」
弟の件が落ち着かない限り俺はここから離れられないし、そもそも今ジーンに会えばどうなるかわからない。あれから長い月日がたったが1日に1度は必ず彼のことを考えてしまう。もうかなりあの時の気持ちとは決別できたつもりだが、本人を見てしまったらふりだしに戻りかねない。
「でも今、兄貴大学に入ったばっかですげぇ忙しいみたいだし、ここには来れねえよ。だからお前がうちに来るしかねぇ」
「今はいい。そのうち色々落ち着いたら会いに行くよ」
「ふーん」
クロエは感情の読めない微妙な表情をして、すぐ本に視線を戻した。もっと突っ込まれると思っていただけにちょっと拍子抜けだ。
「別にお前は兄貴のことはもうどうでもいいんだろ」
「え」
「だってそうじゃねえか。あの馬鹿王子と例えフリであろうと婚約したんだ。兄貴がそれを知ることになんのはわかってたはずだ。なのに誤解をとくこともしないでこのままでいいなんて言う。兄貴がどうでも良くなった証拠だろ」
「……」
どうでも良くなった、なんてことは断じてないがクロエの的を射た考えに俺はかなりびっくりさせられた。確かに、俺はダヴィットとの婚約を申し出た時、ジーンに誤解されるなどという発想にはならなかった。本来ならばそこが気になって仕方がないはずだ。ただ単にジーンとどうにかなるつもりがないからなのかもしれないが、これはいい兆候かもしれない。ダヴィットとのことは、ジーンのことを諦めるきっかけになったのかも。もうジーンに誤解されていてもかまわない。どのみち俺とジーンの仲が変わることはないのだから。
「なあなあクロエ、ローレンってジーンと似てると思わねぇ?」
「あー…まあな。胡散臭いとこがそっくりだ」
「ジーンは胡散臭くないって」
「じゃああの王子は胡散臭いのか?」
「そういう意味じゃないけどさ」
あの無邪気な笑顔で俺を騙し、婚約までしようとしていたことを思うとローレンはどうにも胡散臭い。兄思いなところもあるし悪い人ではないのだが。
「ローレンといえば、ダヴィットはなに考えてんだろうなぁ」
前回ローレンに言われた言葉は今でも俺の頭にこびりついている。ダヴィットは俺への気持ちを錯覚しているかもしれない。そんなローレンの考えを否定しきれない自分がいる。
「なんだよリーヤ、あの馬鹿王子に何かされたのか?」
「そういうわけじゃないよ。ただ俺がちょっと1人で悩んでるだけで」
なによりダヴィットと話すとき疑心暗鬼になってしまう自分が嫌だ。好意を素直に受け取ってしまうことに躊躇いを感じてしまう。
「……あのバカ王子と弟がお前に会わないのは、お前を守るためなんじゃねえの」
「え?」
「だって暗殺者から狙われてんだろ? お前を巻き添えにしたくねえのかもよ」
唐突に話を戻すから何のことか一瞬わからなかった。クロエの考えはもっともかもしれないが、それじゃあ意味ないだろ! とっっ込まずにらいられない。
「まさか。リーザとダヴィットの安全が保証されるっていうから了承したのに、危険なら意味ないだろ」
精一杯否定するも、自分の言葉とは裏腹にどんどん不安になってくる。認めたくはないがクロエの考えはあながち間違いではないだろうと思う。むしろそれしかないような気さえしてきた。
「もしくは、お前がいたら見分けがついちまうからか」
「見分け?」
「バカ王子と弟、どっちもお前と近い人間じゃねえか。お前の前で演技なんかできないんだろ」
「……」
確かに、俺もダヴィットとリーザの見分けがつかない状態では話しかけづらい。演技をしている弟はもっとやりにくいはずだ。
「クロエの言うとおりかもな……」
「理由がわかって良かったじゃねえか。あんな奴のことでぐたぐた悩むな」
「うん。でもこれがずっと続くのかと思うと、やっぱり寂しいよ…」
額をテーブルにくっつけ嘆く俺を見てクロエが呆れたようにため息をつく。俺の頭にでかい手がのせられ、一瞬強く鷲掴みにされた。
「いっ…!」
「俺がいるからいいだろ。我が儘言ってんじゃねぇ」
容赦ない力に頭が割れるように痛んだが、クロエを怒る気にはなれなかった。こいつがこんな風に俺を気遣ってくれるなんて珍しい。
「ありがとう、クロエ」
「……別に」
俺が礼を言うとぶっきらぼうに返事をされる。その不器用な優しさに俺の心はクロエへの感謝の気持ちで一杯になった。
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