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先憂後楽ブルース
弟には言えないこと




身代わりの件がどうにかまとまった後、ローレンは俺に話があるとこっそり耳打ちしてきた。しかも二人きりで。
何だろうと思いつつ俺は弟をジローさん達に任せ、ローレンを自分の部屋に招き入れた。ジーンに似た笑みを顔に貼り付けながら部屋に入った彼は、またしても深く頭を下げた。

「リーヤ、僕らの無理な願いを聞き入れてくれてありがとう。改めてお礼を言うよ」

「いや、礼なら弟に言ってくれ。俺は何も……」

「ああ、もちろん。リーザのおかげで兄さんは安全だ」

椅子に腰掛けたローレンに続き、俺もテーブルをはさんだ真向かいの椅子に座る。彼はダヴィットに関してすっかり安心しているようだったが、俺はまだそこまで楽観的になることができなかった。

「まさかリーヤの弟があそこまで兄さんに似ているとはね。いや、あれは似ているなんてレベルじゃないな。癖まで一緒だなんて、驚いたよ」

やはりローレンも気づいていたか。考え事をするとき耳の裏をこするあの癖。俺も初めて見たときはかなりの衝撃だった。

「…もしかすると、彼は兄さんと遺伝子的にも同じ人間なのかもしれないね」

「同じ?」

「ああ。リーヤ達は異種誕アウトサイダーだろう。兄さんと同じまったく同じ人間がいたっておかしくないさ」

「でも、俺の父さんは純粋な日本人だし、両親の顔からして全然違うんだけど……」

「そうなの? だったら違うのかもね。ただ、限りなく近い人間というのは確かだと思うよ」

そう言いながらもローレンはなぜか嬉しそうだった。本気でこれでもうダヴィットは大丈夫だと確信しているのだろうか。

「それにしても、リーヤとリーザはずいぶん仲が良いんだね。ちょっとびっくりしたよ。まるで兄弟じゃないみたいだ。それとも、一般の兄弟はあんなものなのかな」

「いや、俺達は結構特殊だと思う……」

ローレンの言葉になんとなく含むものを感じながら俺は自分とリーザのことについて考えていた。一般的な仲の良い兄弟とは微妙にずれていることは十分に自覚している。付き合いたてのカップルだってこんなにベタベタしないだろう。とはいっても主に俺が弟にまとわりついているだけなのだが。

「昔は仲が悪かったんだ。色々あって仲直りしたんだけど、まだ距離感がつかめないところがあって。でも今は弟が好きだし、弟も俺のことを……好き、なんだと思う」

照れながらこんなことを言う俺ってかなりキモい。けれどローレンはそんな俺を馬鹿にすることもなく、微笑ましそうな表情になっただけだった。

「だったら尚更、今回は僕のいう通りにしてもらった方がいいかな」

「ん? なに?」

まるで内緒話でもするようにずずいと身を乗り出してくるローレン。ここには俺達しかいないというのに用心深い男だ。

「リーザには、リーヤと兄さんの婚約話は内緒にして欲しいんだ」

「へっ」

彼の“お願い”に俺は驚きのあまり固まってしまった。驚いたのは他でもない、その件を弟にどう説明するか自分はすっかり失念していたからである。

「気を悪くしないで欲しいんだけど、やっぱり兄が自分そっくりの男と付き合ってるなんて、あまり気分の良いものではないと思うんだ。せっかくあの身代わり大作戦を了承してもらえたんだし、波風をたてたくないんだよ。ね、リーヤもそう思わない?」

「え、あ、うん……。そだね……」

そう、まったくもってローレンのいう通り。むしろ俺が何でそのことにすぐ気がつかなかったのか。ダヴィットとの婚約はなにがなんでも弟に隠しておかなければならない優先事項のはずだ。

「でも、隠すことなんかほんとにできるのかな。もう国民的に知れわたっている周知の事実な気がするんだけど」

「民衆を口止めする必要なんかない。話す機会がないだろうからね。テレビだって連日王子の婚約話を放送してるわけじゃないし。リーザはずっと兄さんの側にいるんだから、兄の側近達に口止めしておいたら平気さ」

「それは、そうかもしれないけど。……ダヴィットもそうした方がいいって?」

「兄さんには今から話すよ。多分賛同してくれるんじゃないかな」

「後からバレたときがすっげえ怖い」

「大丈夫だよ。兄さんは使用人も寄せ付けようとしないし、僕らが気を付ければ隠し通せる」

ローレンの提案に反対する理由はなかった。もし俺が弟の立場だったら、どんなに寛容になっても気のいいものではない。DBとの婚約騒動から時間がたっていない今、俺とダヴィットは愛し合っているのだと周りには思わせなければならないのだ。兄のそんな姿を見たリーザが何て思うか。うわあ……想像したくもないや。

「じゃあリーヤ、婚約の話は弟君には秘密ってことでいいかな」

「……ああ。俺としても、ぜひそうしてくれたら嬉しいよ」

こんなことでせっかく修復できた弟との仲を壊したくはない。弟を騙すことになるとわかっていても、俺は率先してローレンの計画に乗るしかなかった。











「す、すげぇ……!」

隣に並ぶダヴィットとローレンの姿を見た瞬間、俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。そこにはまったく同じ人間が二人いた。完璧な相対美とでもいうべきか。美しいシンメトリーだ。本気で見分けがつかない自分にちょっと落ち込んだりもした。

「リーヤ」

俺から見て左側にいる男が表情を和らげながら俺の名を呼んだ。どうやらこちらがダヴィットらしい。

「お前の大事な弟を、私のために危険に晒すことになってしまってすまない。本当に申し訳なく思っている」

「いや、それは元々俺にも責任があるわけだし……」

ぎゅっと俺の手を握り始めるダヴィットに俺は半歩下がる。おいおい弟の前だぞ。ちゃんと話が通っているのかと俺は思わずローレンに目配せした。

「兄さん、感謝の気持ちはわかるけどリーヤが困惑してるよ。スキンシップが激しいのも困りものだね」

ダヴィットの手を取り自然な動作で俺達を離れさせる。ローレンの後ろに控えていたジローさんが誇らしげに俺に視線を向けダヴィットとリーザを見比べた。

「どうですか、リーヤ様。我ながら素晴らしい出来だとは思うのですが」

「も、文句なしにそっくりです。これはジローさんが?」

「はい。ゾルゲ補佐官にも手伝っていただいて。しかし何かを施すまでもありませんでした。私共はカツラと服を用意しただけです」

すっかりダヴィットになったリーザを見ると、恥ずかしいのか顔を赤らめ目を伏せてしまった。落ち着きなく自分の偽物の髪の毛を触っている。

「リーザ、お前顔が赤いぞ」

「……こんな格好をしたら兄貴だってそうなる。まさか自分が長髪になる日がくるなんて」

「ははっ、俺がやったらキモいだけだけどリーザは様になってるよ。ダヴィットそっくりだ」

「目の前に自分がいるみたいで、変な感じだ」

そう言ってリーザは改めてダヴィットをじろじろと観察し始める。戸惑っている弟とは違いダヴィットはいたって普通だった。

「リーザ、今日初めて会った私を快く助けてくれて感謝している。私のふりをするのは難しいだろうから、私がリーザを真似よう。こちらの世界に慣れない異種誕アウトサイダーとしての振る舞いを心掛ける。といっても、仕事はやらなければならないがな」

すでに話がついているのかリーザは大人しく頷く。その瞬間、ノックの音が聞こえ無表情のダーリンさんが部屋に入ってきた。

「お話中、失礼致します。リーヤ様、貴方にどうしても会いたいというお客様が中央ロビーまで来られております」

「俺?」

「ダーリン、今は取り込み中だ。引き取ってもらえないのか」

そう言ったのはダヴィットで、ダーリンさんは途端に真っ赤になって地面とにらめっこを始めてしまう。こんなにわかりやすく意識しているのに気づかないダヴィットはある意味すごい。

「それが……相手が相手でして。無碍に追い返すわけにも」

「誰だ?」

ダーリンさんは一瞬ではあるが微妙な躊躇いを見せた。何だろうと不思議に思っていると彼女は口調に疲労感を滲ませながら答えた。

「――クロエです。どこで情報を手に入れたかは明白ですが、クロエ・ダリル・ダラーがリーヤ様に会わせろと怒鳴り散らしております」


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あきゅろす。
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