先憂後楽ブルース
5人の暗殺阻止計画
到着して早々、俺は弟と一緒に別室に通された。俺達をここまで案内してきたのはダーリンさん、ジローさん、そしてダヴィットの弟のローレンの3人だ。ローレンはリーザを見て最初こそかなり驚いていたようだったが、すぐにジローさんとダーリンさんに何かを耳打ちしていた。そして何故かそれからすぐに俺達がここに連れてこられたのだ。嫌な予感がするのはローレンに騙されそうになったことがあるからだろうか。
「いきなりごめんねリーヤ。リーザ君も」
にっこりと微笑むローレンを見ているとジーンを思いだして、顔が緩みそうになる。しかし彼の言うことには何かしらの裏があるはずだ。
「リーザで結構です、殿下」
「そう? だったら僕のこともローレンでいいんだよ、リーザ。それにしても、見れば見るほど兄さんにそっくりだ。正直に言って見分けられる自信はないなぁ」
「……そう言うあなたは、ダヴィット殿下にはあまり似ていらっしゃらないんですね。兄弟なんでしょう」
「僕は父親似なんだよ」
丁寧な言葉使いをするリーザと笑顔を貼り付けたローレンの間に嫌な亀裂が走った気がした。初めて会ってから数分とたっていないはずなのに、この冷めたムードは何なのか。確かに、どんな時も冷静でクールな弟と、人にイタズラを仕掛けるのが好きな茶目っ気たっぷりなローレンでは、水と油になるのはなんとなくわかるが。
「まあ、そんなことは一先ず置いといて。実は、2人に頼みがあるんだ」
ほらきた。断言できる。絶対にろくなお願いじゃない。
「今、この城はかなりピリピリした状況でね、警備もかなり厳重になっている。リーザも、リーヤの弟じゃなかったらこんな簡単にタワーには入れなかっただろう」
「ど、どうして? 何かあったの?」
俺が質問すると同時に部屋の中が静寂に包まれる。その重苦しい沈黙を破ったのはジローさんだった。
「リーヤ様、僕達が今から言うことはまだ未確認の情報のため、あまり鵜呑みにしないで欲しいのですが…」
「何ですか? 早く言ってください」
「…殿下に、暗殺の危険が」
「え?」
ジローさんとローレンの真剣な顔、そして顔面蒼白のダーリンさん。嫌な予感はしていたが、まさかダヴィットが命を狙われているなんて。俺はただただ唖然とするばかりだ。
「どうして? 何でダヴィットが殺されなきゃならないんですか」
「…情報が入ったのは、前回リーヤ様が帰られてからすぐのことです。DBにいる我々の密偵から、殿下の暗殺計画があるとの警告が入りました」
「DB? なぜ彼らが…」
そう言ってから、俺は1つの可能性にぶち当たる。しかしそれを認めてしまうのは、どうにもつらいことだった。
「まさかとは思いますが、ダヴィットとフランカ様達の婚約が破棄になったからですか? そんな馬鹿げたことはないでしよう」
「それがあるんだよ、リーヤ。DBのくそったれは何でも1番にならなきゃ気がすまない。自分達より遥かに劣る国、日本がアウトサイダーの守護を受けていることに我慢ならないのさ。しかもあの絶世の美女、フランカ様の誘いを鼻にもかけないなんて、DBの面目丸つぶれだ」
「そんな!」
自分のせいでダヴィットに迷惑がかかるのは我慢できなかった。彼は大切な恩人だ。せっかく政略結婚を阻止できたと思ったら、まさか今度は命を狙われるなんて。そんな理不尽な話があってたまるか。
「ただ勘違いしないで欲しいのは、これがDB全体の意思ではないってことだ。どうやら一部のアウトサイダーの力を盲信する一派が暴走したらしい。まあ、これすらも確実な情報ではないけどね」
「だとしてもおかしいよ。そんなことのためにダヴィットを狙うなんて。また戦争になってしまうかもしれないのに」
「そんなことはたいした問題じゃないんだろう。それに、僕は別の狙いがあるんじゃないかと思ってる」
「別の狙い?」
「ああ、DBは兄さんの暗殺という情報をわざと外に漏洩させることで、アウトサイダーとの仲を裂くつもりなんじゃないかな。命を狙われるぐらいならリーヤがいない方がマシだってね」
「な、なるほど」
確かにそれなら何も王子暗殺などというリスクを侵すこともない。むしろハッタリの可能性の方が高いのではないのか。
「ただ、兄さんがそんな奴らの思い通りに動くわけがないけどね。命を狙われたところでリーヤを嫌うような性格してないし、現にしなかった。だからこそ僕らは兄さんを心配してる。業を煮やしたDBが、本当に兄さんを殺してしまうんじゃないかって」
ローレンだけではなく、ジローさんやダーリンさんの顔も強張っている。2人は考えたくもなかったことを口に出されて感情を隠しきれないようだった。
ジローさんもダーリンさんもダヴィットが大事なのだ。いや、そんなの彼らだけじゃない。もちろん俺だって同じ気持ちだ。
「DBには優秀な殺し屋がいます。そいつがすでにタワーに潜伏しているという情報も」
「まさか、どうやって侵入したんですか!?」
心なしかいつもよりやつれているジローさんの言葉に、俺はいよいよ不安になってきた。もしダヴィットに何かあったら、そんなこと想像するだけでぞっとする。
「それが…フランカ様とイチェル様がまだDBへ帰られていないので、タワー内部にはDBの人間がいるんです」
「えっ、そりゃまたどうして…」
「お二方とも日本が気に入ったんでしょう。表向きにはとっくに帰国していることになっていますので、特使のワイク様を始めほとんど者がすでにおられないのですが。未だにかなりの人数の姫様達の護衛がタワー内を闊歩しています」
「その中に殺し屋が紛れ込んでいるかもしれないということですか」
「断定はできません。確かめることもままならない状況です。1人1人を暗殺者として取り調べたりしたら、DBは黙っていないでしょう」
「……」
だったらさっさとフランカ様達にはお帰り願えばいいのかもしれないが、誰も彼女にそんなことは言えない。単独で日本に残るなんて我が儘が通じるのも彼女ぐらいだろう。しかしレイチェル様にはDBに病気の母親がいるのだから、それほど長居はしたくないと思うのだが…。
「まあ、そのおかげで僕はまだここにいられるんだけどね。でもこんなことになるくらいなら帰って下さった方が良かったのかもしれない」
「あっ、そうか…」
そういえばローレンは今DBに留学中だったか。DBの内部に密偵がいるということに若干驚いていたが、彼に危険が及ばないようにするためには当然の措置かもしれない。
「そこで、だ。僕達からリーヤとリーザにお願いがある。もちろん、2人が了承してくれればの話だけどね」
「…言ってくれ」
ローレンの凄みのある真剣な表情に、そのお願いの内容を知らないうちから俺はすでに受け入れるつもりだった。しかし俺に深く頭を下げたローレンが口にしたことは、とても笑顔で聞き入れられるものではなかった。
「頼む、リーザ。ここにいる間、兄の身代わりになってもらえないだろうか」
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