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先憂後楽ブルース
誤解からのハプニング



まだ寒さの残る春休み初日、もうすぐ3年に進級しようかという俺は早くも窮地に追い込まれていた。その原因はまさに今、目の前で般若の顔をしている俺の母親だ。


「リーヤ、あなた一体どういうつもりなの?」

「……」

合い鍵を使って、朝から俺の部屋に乗り込んで来た母さんと弟。2人が今日ここに来ることは前から知っていたが、まさかこんなにも早くやって来て、おまけに怒られてしまうとは思わなかった。
弟のリーザは母さんの後ろで正座させられている俺を険しい表情で見ているし、兄としてはどうにもいたたまれない。

「鈴木さんから聞いたわよ。あなた最近、夜遊びが激しいらしいじゃない。何日も家に帰らなかったり、学校を休むこともあるんですって? 一人暮らしを許したとき、母さんと色々約束したわよね。もう忘れちゃったの?」

「ご、ごめんなさい…」

もちろん俺は夜遊びなどしていたわけではなく、あちらの世界に入り浸っていただけなのだ。鈴木さんには家をあけていることを内緒にして欲しいと頼んでいたのだが、さすがに冬休みまったく帰らなかったのはまずかったか。

「リーヤ、母さんはあなたがそんなことをするタイプだとは思っていないわ。もし何か理由があるなら、せめて家族にはちゃんと話してちょうだい。…ほら、リーザも言ってやって」

「俺?」

「そうよ、一緒に来たいってしつこく言ってきたのあなたでしょう。お兄ちゃんにきちんと注意してあげて」

母親の怒りの目に促されたリーザが立ち上がって俺を見下ろす。何を言われるかとヒヤヒヤだった俺はひたすら俯いていた。まったく、どっちが兄だかわかりゃしない。


「…帰ってくればいいだろ、うちに」

「え?」

まさかのリーザの言葉に唖然とする俺。それに呼応するかのように母さんが立ち上がった。

「そうよリーヤ! 約束を破った以上、一人暮らしなんて贅沢な真似させられないわ。うちに住めばいいじゃない。公邸に住んだって、普通の高校生として生活できないわけじゃないでしょう?」

母さんの言葉はもっともだが、別に俺は一人暮らしにこだわっているわけでも、普通の生活に憧れているわけでもない。あの世界に行くことが困難になるのを恐れているのだ。

「お願い、母さん。俺、ここを離れたくないんだ。俺にはやりたいことがあって……わかってもらえないと思うけど、ただ遊んでるわけじゃないんだよ」

母さんの手を握り、一生のお願いとばかりに懇願する。家に連れ戻されたら、まず向こうの皆には会えなくなると思っていいだろう。そう考えると必死にならざるをえない。

「絶対留年になんてならないし、勉強もちゃんとする。その証拠に成績は落ちてなっただろ?」

いつかこんな日がくるかもしれないと予想していた俺は、学校のテストの点だけは絶対に落とさなかった。ただ元々あまりいい点ではなかったので、成績維持はそれほど難しいことではなかった。
俺の必死さに母さんは顔をしかめ、葛藤しているようだった。面立ちがはっきりしているだけに考えていることが顔に出やすい。

「……わかったわ。リーヤにやりたいことがあるっていうなら、好きなようにしなさい。でもこれ以上学校を無断で休むようなら、家に連れ戻しますからね」

母親の言葉に俺は安堵の息をつくと共に頷いた。意外と簡単に折れた母親に驚いたが、きっとまだ去年の事件が尾を引いているのだろう。俺のいうことを簡単にきいてしまうのはきっとそのせいだ。

「ありがとう母さん。大丈夫、約束はちゃんと守るよ」

難しい顔をしながらも渋々頷く母の横では弟がもっと不満げな表情をしていた。けれど特にそれ以上何かを言ってくることはなかったため、ピンチを脱した俺は2人に見えないようにほっと胸をなで下ろしたのだった。










その後、久しぶりに会えた家族に近況を話していた俺だったが、その途中、母さんの携帯に電話がかかってきた。母さんは誰とは言わなかった(おそらく父親だ)が、急に呼ばれてしまったらしくリーザ共々帰ることになった。俺も行こうと誘われたが丁重にお断りしておいた。父親にはできるだけ会いたくない。母さんもそれがわかっているのかしつこく誘ってきたりはしなかった。

母さん達がいなくなった部屋で、俺はしばらく家をあけるという内容のメモを鈴木さん宛てに書き、テーブルの上に残しておいた。あんな話し合いをしておいて、そんなすぐにあっちの世界に行くのかお前はという感じだが、学校を休めない以上すぐにでも行動しなくてはならない。

部屋のバルコニーに出た俺は、いつものように柵に手をかけ身を乗り出した。このトリップ方法にはいつまでたっても慣れないが、ずっとこうしていては目撃者が出てしまうかもしれない。誰にも見られないうちにと俺が足をかけたそのとき、背後から叫び声が聞こえた。

「兄貴!」

振り向いたときにはすでに、顔を真っ青にした弟が俺の身体をつかんで乱暴に引き戻すところだった。俺とリーザはその場に派手に転がった。

「お前、帰ったんじゃなかったのか…!?」

「兄貴の様子が変だったから戻ってきたんだよ! なに、なにしてんだよ兄貴っ…なんで飛び降り自殺なんか!」

「え」

まずい。どうやら弟に最悪な誤解を与えてしまったらしい。あの光景を目にしてしまったら誰でも誤解するだろうが。なにしろ勘違いなどではなく本当に飛び降りようとしていたのだから。

「やだ、嫌だよ兄貴…。頼むから死なないでくれ。俺、兄貴がいなきゃ…」

普段べったりしてくることなどない弟が、顔をぐしゃぐしゃにしてすがりついてくる。その必死な様子にちょっと感動してしまった俺はリーザを優しくあやすように抱きしめた。

「待て、ちょっと落ち着け。俺は別に飛び降りようとしたわけじゃない」

「嘘つけ! だって今、足かけようとして…」

「ちょっと運動してただけだって。ストレッチみたいなもんだよ」

我ながらなんて無理のある言い訳。だが苦しかろうが無理無理だろうが、もうごまかし通すしかない。案の定納得していない様子のリーザに俺は白々しいほどのため息をつき、再び苦しい言い訳を始めた。

「リーザ、ちょっと冷静になって考えてみろよ。俺が自殺なんてするタイプだと思うか? そんな繊細な人間じゃないだろ?」

「…………た、確かに」

よくよく考えてみれば失礼な話なのだが、とりあえずリーザはその説明に納得した。その放心した隙を狙い起き上がらせ、俺は弟を玄関の方へ引きずっていった。

「わかったらさっさと戻れよ。母さん待たせてんだろ」

「でも…」

「でもじゃない。心配してくれんのは嬉しいけど、あんまり酷い勘違いされると俺も傷つくんだからな。ほら、馬鹿なこと言ってないでもう行け」

「…わかったよ」

納得いかない顔をしながらも靴を履き家を出る弟を見送って、俺は再びバルコニーに出た。

前回の結婚騒ぎがあってから長いこと向こうに行っていない。色々と気がかりな問題を残していってしまったので、こっちにいる間もずっと落ち着かなかったのだ。そしてやっと春休みが来て向こうに行けると思った矢先の母親の来訪。ごまかせられたからいいようなものの、今日のあれには本当にヒヤヒヤさせられた。

辺りを見回し、周囲に人影がないことを確認する。再び足をかけ一気に飛び降りようとしたとき、後ろから誰かに勢い良く飛びつかれた。

「なっ…」

振り向かなくても、誰なのかわかる。同じことの繰り返しだ。ただ1つ違ったのは、俺の身体がすでにバルコニーから落ちようとしていたこと。

「兄貴…!」

そして、俺を助けようとした弟も身体を宙に投げ出してしまったことだ。


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