先憂後楽ブルース
優しさと偽りの言葉
俺にとっての最重要課題、それはダヴィットにどうやって説明し、何と言って謝るかだ。色々考えてはみたが、どんな言い方をしても彼を傷つけてしまうような気がした。
「あ、あのさダヴィット…」
「ん? 何だ?」
突然部屋にやって来た俺をにこやかに迎えてくれたダヴィットに俺は恐る恐る切り出す。彼を見ると罪悪感で胸がチクチクしたが、言わなければ俺はこのままダヴィットと結婚ということになってしまうだろう。
「いや、非常に言いづらいことなんだけどさ…」
「どうしたリーヤ、私の目を見ろ」
何と罵倒されても仕方ない。ダヴィットに嫌われたくないが、全部自分でまいた種だ。俺が意を決して顔を上げると、ダヴィットの顔が間近にあり、避ける間もなく軽いキスをされてしまった。
「………え?」
「リーヤの言いたいことならとっくにわかっている。まったく、仕様のない奴め。可愛いお前のために、私が何とかしてやろう」
「……」
キスされたこととダヴィットが言ったことが混ざりに混ざってわけがわからなくなる。そんな俺をダヴィットが満足そうな顔をして撫でていた。
「お前は私の婚約を止めるためにあんな嘘をついたのだろう?」
「えっ…ダヴィットわかってたの!?」
「それくらいは察しがつく。ありがとう、リーヤ」
「そんな、元々は俺のせいで…」
「お前のせいじゃない。DBに逆らえないこの国がお前を追い詰めたんだ。しばらくは婚約者のふりをしてもらうが、後のことはすべて任せておけ。父上と母上には私から話す」
俺の髪に唇を押し付け微笑むダヴィットに思わず身動きがとれなくなる。彼の優しい言葉に胸がいっぱいになる反面、キスされたことへの動揺が隠せない。
「どうした、リーヤ」
「だ、だってダヴィット、俺に今…」
「ここ最近、ずっとお前と会わないようにしていた私の努力と忍耐を考えたら、キスぐらいしてもいいだろう?」
「……」
それとこれとは話が別なのではとも思うが、ダヴィットに救われたのもまた事実だ。彼相手に唇と唇がくっついたぐらいでうるさく言うことはない。
「嫌だったか?」
「……別に、いいです」
「そうか、なら良かった」
俺に最低なことをされたにも関わらずダヴィットは上機嫌だ。俺はいきなりキスをされたことに少し怒っているふりをしながらも、心の中では安堵し、そしてダヴィットに感謝していた。
そして俺にはもう1人、決着をつけなければならない人がいた。別にこのままうやむやにしてしまっても良かったのかもしれないが、やはりこれからも付き合っていく上ではっきりさせておくべきだと思ったのだ。
俺はダヴィットとの話し合いを終えた後、すぐさまその男の部屋へ行き、ドアをノックした。
「リーヤだけど、入ってもいい?」
「どうぞ〜」
中から聞こえた明るい声に促されて俺は扉を開ける。そこには椅子に座り本を読みながらくつろぐローレンの姿があった。
「僕を訪ねるなんて珍しいね。何の用かな」
「ローレンと少し話しがしたくて」
俺の言葉を聞き、ローレンは読んでいた本を閉じると立ち上がって手前にあった椅子を引く。どうやらそこに座ってくれということらしい。
おとなしく腰を下ろす俺に彼は兄とはまったく違う笑みでにこにこと笑っていた。その造作はやはりジーンに似ている。
「僕はなんとなく、リーヤが来るんじゃないかと思ってた。予想が的中したよ」
「じゃあ、俺が何を話したいのかもわかってたり?」
「それはまったく予想できないな。なあに?」
俺はローレンの真っ直ぐな視線に向き合いながら、震える唇を開いた。
「ローレンって、本当はダヴィットに負けないくらい国思いだよな」
「? どういうこと?」
「…この前、俺のことが好きだって言ってくれたけど、あれ本当は嘘だったんじゃないのか?」
「……」
いきなり核心を突いたことを言ってしまったが、ローレンは顔色1つ変えなかった。もしかしたらこれもやはり予想の範囲内だったのかもしれない。
「…僕の言い分は後にして、リーヤはどうしてそう思ったの?」
「よくよく考えてみれば誰でもわかるよ。王子が結婚できなくなったら今度はその弟だなんて都合が良すぎる。むしろ不審に思わない方がおかしい」
「へぇ…今日のリーヤは探偵さんみたいだね。もっと聞かせてよ。根拠はそれだけ?」
俺としては一世一代の対決として臨んだこの状況を、ローレンは楽しんでいるみたいだった。俺の考えが間違っていたのだとしたらかなり失礼な話なのだが…やはり図星だったのだろうか。
「妙だと思ったのは、ローレンが俺のこと、よく知らないフリをしていたからだ」
「知らないふり?」
「ローレンは俺がダヴィットを好きじゃないって知ってたのに、知らないフリをした。俺とダヴィットの婚約関係は実際のところ形だけのものだったけど、DBにいたローレンがそれを知るわけがない。俺を事前に調べていたことを悟られたくなかったんだ」
「へぇ…。でもそれじゃあ証拠としては弱いよね、探偵さん」
「…後は、こんなイケメンが俺に惚れるわけがないっていう常識論かな?」
確かに、俺の推測は当てずっぽうに近いものだが、もし俺を騙す気がないなら普通にアウトサイダーを調べていたこと話すはずだ。ローレンには隠す理由がない。彼の性格なら尚更だ。
「でもだいたいはあってるよ。僕はリーヤ・垣ノ内を徹底的に調べていた。もちろん、兄さんと本当は恋愛関係にないことはとっくに知っていた。でも、どうしてわかったの?」
あっさり認めたローレンに俺は少し拍子抜けする。けれど俺の方も自分の考えにかなり自信を持っていたので別に驚きはしなかった。
「ローレンは俺をタワーの頂上に呼んでくれたとき、慰めてくれたよな。ダヴィットが結婚させられようとしてることに、俺が責任を感じているだろうからって」
「……確かに、言ったかもしれない」
途端にローレンの表情が曇る。おそらく自分の失敗に気がついたのだろう。
「あれは本当なら…」
「失恋の痛み、そう言うべきだった。ああ、間違ったよ」
ローレンの悔しそうな顔は意外と子供っぽく可愛らしい。俺は話を続けた。
「俺はそのとき、ローレンが俺とダヴィットのこと知ってるんだろうと思った。でもその後、ローレンは嘘をついただろう」
「………リーヤってさ、意外と色々考えてるよね」
「ちょっとは頭使って考えろって、気の強い知り合いに言われたからな」
ローレンは観念したとばかりに両手を上げ降参のポーズをとる。俺の推測が当たっていて良かったと思うと同時に、大真面目に告白の返事を返さなくって本当に良かったと安堵した。
「でもさあ、僕がリーヤを調べてたってわかっただけじゃなかなか気づけないよね。やっぱり僕の告白が嘘臭かったのかなー」
「いや、あれは見事な演技だったよ…」
なまじジーンと顔が似ているだけに本当にドキドキしてしまったのは内緒だ。というか俺はもっとローレンに怒ってもいい気がするんだが。
「でも俺、1つだけわからないことがあるんだけど」
「なに?」
「どうしてローレンは、ダヴィットのこと信用するななんて言ったんだよ」
彼が俺に求婚した理由は十中八九国のためだ。ダヴィットがあんなことになってしまったから、自分が身代わりを買って出たのだ。自らDBの人質になったあの時のように。
「俺がダヴィットを好きじゃないってわかってたんなら、わざわざ嫌うように仕向ける必要なんかないんじゃ…」
「あぁ、リーヤはそこのところがわかってないな。別に僕は兄さんを嫌いになって欲しかったわけじゃない。僕がああ言ったのは、ただ本当にそう思っているからだ」
「え?」
「――確かに僕は、リーヤがアウトサイダーじゃなかったら結婚を申し込まなかったけど、リーヤのことは好きだよ。だからこそこうやって忠告してる」
ローレンの真剣な眼差し。俺の頭の中は嫌な予感で埋め尽くされていく。
「それって、まさか…」
「僕が兄さんに関して言ったことは嘘じゃない。それを忘れないで、リーヤ」
「……っ」
すべて解決したはずだったダヴィットへの疑心や不安。そのすべてが再び這い上ってくるのを感じ、俺は言葉を失っていた。
第5話 完
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