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先憂後楽ブルース
本当の気持ち



思い悩む暇も決断する間も与えられず、決戦の日はやってきた。ハリエットから聞いた話によると、どうやら正式な婚約者を選んだ後すぐに結納式を始めるらしい。何をそんなに急いでいるのかと思うくらい事がとんとん拍子に進んでいる。頼むから時間よ止まってくれとこれほど強く願ったのは初めてだ。



そんなこんなで、フランカ様御一行がいらったしゃった時と同じ場所、同じ顔ぶれで俺達は再び集まった。違うことといえば俺が自分の意志でここにいるということぐらいだろうか。だがこれからどうするなどという具体的な計画はまったくない。静まり返った部屋で俺の隣にいるハリエットが無言のプレッシャーをかけてきているような気さえする。ああ、気が重い。

「長い間お待たせしてしまって申し訳ありません、アリソン殿」

「いえいえ、私共の我が儘を了承してくださったのは殿下でございます。このたびのこと、本当にご迷惑をおかけ致しました」

DBの使者であるアリソン・ワイクに淡々と話し続けるダヴィット。その横に立つジローさんは感情がもろに顔に出てしまっている。ダヴィットの両親はあからさまには出さないが、色々耐えているであろうことが見て取れた。

「どちらの姫と結婚するか、お決まりになられたのですね」

「はい」

うつむくレイチェル様と、自分が選ばれるであろうことを確信しているかのように堂々と胸を張るフランカ様。実際、その場にいる殆どがダヴィットが選ぶのはフランカ様だと思っていただろう。かくいう俺もその1人だ。フランカ様が絶世の美女だからという理由ではなく、ダヴィットならばレイチェル様の事情を知っていそうだし、どちらにも好意がないのなら自分の意志で来たフランカ様を選ぶのが妥当だと思ったからだ。

全員が息を呑む中、ダヴィットは相変わらず感情のかけらもないような声で単調に宣言した。

「私、ダヴィット・オリオールはレイチェル・D・ブルー妃殿下と婚約致します」

「なっ…!」

まさかのダヴィットの決断に誰もが驚き言葉を失う。ただ1人、フランカ様だけが声をあげ立ち上がった。彼女は身体を震わせ、信じられないとでもいうように拳を握り締めながらダヴィットに詰め寄る。

「な、何の冗談を言っているのかしら! ダヴィット、選ぶのはこの私でしょう?」

「…申し訳ありません、フランカ様。私は貴方のお気持ちに応えることができそうにない。これが私の選択です」

「な、な…」

フランカ様の打ちひしがれっぷりといったら、本当にダヴィットを好きだったのではないかと錯覚するほどだった。彼女はその美しすぎる顔を歪めて、今度は俯くレイチェル様に近寄っていった。

「レイチェル! 貴方も何か言いなさい! 私を差し置いて本当にダヴィットと婚約するつもり?」

「フランカ姉様…」

理不尽な責めを受けたレイチェル様は、ダヴィットに選ばれたというのに浮いた顔一つせずうなだれる。彼女の母親のことを考えると当然だが、今さら結婚はできませんなどと言えるはずもない。

「…殿下が選んでくださったなら、私は喜んでお受け致します」

「レイチェル! 何を言ってるの!」

「いいんです、姉様。もう…」

「いいわけないでしょう!」

いつでも余裕の笑みを見せていたフランカ様が周りを唖然とさせるほど必死になっている。覚悟を決めたらしいレイチェル様に、フランカ様は泣きそうな顔になりながら叫んだ。

「だって、だってあなた、お母様のことはどうするのよ!」

「……っ」

レイチェル様がはっとした顔でフランカ様を見上げる。半分以上の人間が何のことかわからず首を傾けていたが、その言葉を聞いたレイチェル様は小さく微笑んでいた。

「…姉様、やっぱり私のためだったんですね」

「ち、違うわ! 誰があなたのためなんかに!」

顔を真っ赤にして取り乱すフランカ様に、哀しげに目を伏せるレイチェル様。状況がうまく飲み込めなかった俺はこっそり横にいるハリエットに耳打ちした。

「な、なに? これってどういうこと?」

「……よくわからないけど、どうやらフランカ様がここに来たのはレイチェル様のためみたいよ」

ということはつまりあれか、フランカ様は母親と離れ離れになってしまうレイチェル様の身代わりになろうとしたということなのか。ハリエットに今一度確認しておきたかったが、説明してくれた彼女自身も驚いているようで、真っ赤になるフランカ様を唖然とした顔で見ていた。

「お気持ちだけで十分です、私の優しいお姉様。あなた様に気にかけていただける私は幸せ者です」

「だから違うって言ってるでしょう! 私は、私の方がダヴィットに相応しいから、ただそれだけのことで…」

突然涙をぽろぽろとこぼしだしたフランカ様に全員がぎょっとした。正しく言うとダヴィット以外の全員だ。ダヴィットはどうやらレイチェル様のこともフランカ様が求婚してきた理由もわかっていたらしい。…恐ろしい男だ。
けれど、だとすればなぜ結婚相手にレイチェル様の方を選んだのだろう。

「私は、私のためにしか動かない人間だもの。知ってるでしょう? あなたのためなんかに、こんなことしない」

「はい、わかってます。私はそんな姉様が昔から大好きです」

「……っ」

レイチェル様はその場で崩れ落ちるフランカ様の肩を支え、ぎゅっと抱きしめた。中身と立場が逆転したかのような2人に俺は驚きを隠せない。

「…嫌よ、嫌なの。私はレイチェルと離れたくはないわ」

自分が妹の身代わりになって、日本に来る。けれど本当はレイチェル様と離れたくない。それがいつも取り澄ました顔をしていたフランカ様の本音だった。…なんてことだ、それじゃあレイチェル様の気持ちとまったく同じじゃないか。

「フ、フランカ様、どうなされたのですか…!?」

アリソン・ワイクが慌ててフランカ様に駆け寄るが彼女はレイチェル様から離れようとしない。異常を感じた周りがざわつく中、俺とダヴィットだけは微動だにしなかった。

…レイチェル様の身代わりになろうとしたフランカ様に比べて、俺は何なんだ。彼女達を見ても立ちすくむだけで何もできない。アウトサイダーは幸福をもたらす存在のはずなのに、俺は彼らを不幸にしかしていないじゃないか。

「ごめんなさい、アリソン。私ったら…」

「違うんです、アリソンさん。お姉様は私のために」

フランカ様が泣いたって、ダヴィットが拒否したって事態は好転しない。だったらこの問題を解決できる人間は誰だ。

…そんなの、俺以外にいないだろ。


気がついたときには俺はすでに大きく息を吸い込み、1人覚悟を決めていた。



「ちょっと待ったぁ!!」


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