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先憂後楽ブルース
たった一つの方法



ローレンと別れて即刻ハリエットの部屋(といっても仕事場のようなもの)に行った俺は、突然やって来た訪問者に驚く彼女を無視して助けを求めた。初めて足を踏み入れたハリエットの私室はシンプルで、不要な物は置いてないであろう簡素な部屋だった。


「ハリエット! 大変!」

「カキノーチ? な、なに勝手に入ってきてんの…」

「ノックしたよ!」

「返事されてから開けなさいよ」

彼女のもっともな言葉に言い返す余裕もなく、一刻も早くすべてぶちまけてしまいたかった俺はハリエットに詰め寄る。ただならぬ様子の俺に気づいたのか、ハリエットは俺のために椅子を引いてくれた。

「大変なことってなに? まあ、あらかた予想はついてるけど。ダヴィット殿下のことでしょう」

「それもあるんだけど、もう色んなことがありすぎて…」

俺は今日聞いた事をすべてハリエットに話した。ダヴィットに拒絶されたこと、ローレンに告白されたこと、ダヴィットが俺を、好きではないかもしれないということ、全部だ。

「嘘でしょ…。まさかローレン殿下までカキノーチを……ショックだわ。いったい何がいいのかしら」

「そ、そこ? いや確かにそこもかなり大事件だけどさ」

俺としてはダヴィットとの話に注目してほしかったのだが。てっきりオーバーなリアクションをとってくれると思っていたハリエットは、意外にも壁に寄りかかったかなりリラックスした態度で俺の話を聞いていた。

「で、なに。カキノーチは、殿下がカキノーチを好きって言ってたのは嘘だとか思ってるわけ?」

「嘘ってわけじゃないけど…。もしダヴィットが俺のこと、アウトサイダーとしてしか見てなかったとしたら、やっぱ嫌だし…」

「馬っ鹿じゃないの!」

つかつかと俺に近寄ってきたハリエットが突然手を振り上げ、殴られると思った俺は反射的に目を閉じる。けれど予想した衝撃は来ず代わりに頬をギュッと強くつねられた。

「は、はひえ…」

「カキノーチのそういうとこ、本っ当に面倒くさい! どーして殿下の気持ちが分からないのよ! 殿下はね、カキノーチに会いたくないの!」

「そ、それはわかって…痛い痛い!」

「違う!」

ぐにぐにと俺のほっぺたを一通り弄んだ後、ようやく手を離してくれたハリエットの顔は怒りに歪んでいる。俺はヒリヒリする顔をさすりながら、睨んでくるハリエットにすっかりビビってしまっていた。

「殿下はカキノーチのこと諦めようとしてるのよ! 殿下はあのDBのお姫様のどちらかと絶対に結婚しなきゃいけないんだから。いまカキノーチに会えばその決心が鈍るでしょ! どうしてそれがわかんないの!」

「えっ、絶対に結婚しなきゃ駄目なの?」

「当たり前じゃない! いくら殿下がカキノーチのこと好きでも、国の事より自分の片思いを優先させるなんてできるわけないんだから! この馬鹿!」

「ば、ばか…」

ハリエットに思い切り罵倒されてショックだったと同時に自分の考えの足りなさに愕然とした。確かに両想いならいざしらず、好きな人がいるからというだけで自分の国より権力のある大国に逆らえるわけがない。そのせいで国交関係が悪くなれば取り返しのつかないことになる。いつものダヴィットが自由な男というイメージがあるから思い至らなかったが、よくよく考えてみれば至極当然のことだ。

「でも、だったら俺はどうすれば…。このまま黙って見てるわけにはいかない」

「1つだけ、DBとの婚約を無効にする方法があるわ」

「えっ、なに!?」

ハリエットの言葉に飛びつく俺を見て盛大にため息をつかれてしまう。彼女の目には諦めと落胆の色があった。

「あんたね、ちょっとは自分で考えなさいよ」

「だ、だって…」

「このヘタレ! だいたい私だって意地悪でおしえないんじゃないんだからね。というかこれだけ言って方法が分からないことにびっくりよ。カキノーチに頭を下げに行こうとしたお姉ちゃ……ゾルゲ補佐官を何度止めたことか」

「ゾルゲ補佐官って、ダーリンさん? ダーリンさんが何で俺に頭なんか…」

「カキノーチがお馬鹿さんだからでしょう」

「へ」

俺をさんざん馬鹿呼ばわりした後、またしても深く深くため息をつくハリエット。彼女自身も椅子に座り腕を組んで神妙な顔つきになった。

「もっと物事を簡単に考えてみてよ。そしたらすぐわかるから」

「そんなこと急に言われても…。ヒントだけでもくれない?」

「………なら訊くけど、少し前にローレン殿下としてたフランカ様は何でカキノーチを口説かないのかって話。その答えは見つかった?」

「それは単に俺が好みじゃないからだろ」

「違うわよ!」

イラついた様子のハリエットを見て俺はなんとか彼女が望む答えを導き出そうとしたが、どうにもピンとこない。だいたいどうして今フランカ様の話が出てきたのだろう。

「単に、自分に惚れさせるのが無理だと思ったから、じゃないのか」

「確かにそれが一番の理由よ。でもそんなのダヴィット殿下だって同じじゃない。だったらカキノーチと殿下の大きな違いはなに?」

「ダヴィットと違って、俺には強制することができない?」

「そう、当たり。DBとアウトサイダーじゃアウトサイダーの方が主導権を握ってるのよ。…これだけ言ったら、いくらカキノーチでも殿下を救う方法がわかるでしょう」

「……え、いやちょっと待ってよハリエット。それって、まさか俺に……」

頼むから違うと言ってくれという願いを込めてハリエットに引きつった笑みを見せたが、無情にも彼女は姿勢を正して俺に向き直り頷く。真面目で有無を言わさぬ瞳に見つめられ俺は何も言えなくなった。

「私も誰もあなたに強要することはできないし、そんなことをすれば後々問題になるかもしれない。だからこそ誰もカキノーチに言わなかったけど、ここのみんなはきっと同じ気持ちよ」

「………」

ダヴィットを助ける方法は意外と簡単に見つかった。けれどそれはかなりの犠牲を払う、一筋縄ではいかないたった一つの効果的な方法だった。


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