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先憂後楽ブルース
嘘つきな王子様



その日の夕暮れ、自室にこもってベッドの中にいた俺の耳にノックの音が聞こえ、外からいつもドアの前に立っていてくれている兵士に声をかけられた。

「アウトサイダー様、ローレン殿下がお越しになられています」

「…どうぞ、通して下さい」

扉がゆっくりと開きローレンが入ってくると同時に起き上がりベッドに腰かける。ローレンは走ってきたのか少し息があがっていた。

「リーヤ! 兄さんが、明日正式にDBの姫のどちらと結婚するか発表するって! 今…っ」

「ああ…、そうなんだ」

「リーヤ?」

ローレンの言葉にもうまく反応することができない。ダヴィットに拒絶され、俺は自分で思うよりずっとショックを受けていたらしい。

「リーヤ、兄さんと話したの?」

「いいや、俺と話すことはないって追い返された」

「……」

ローレンはヘコむ俺になんと声をかければいいかわからないようで、言葉を探すように視線をさまよわせている。どういう慰め方をされても惨めになるだけだとわかっていた俺はさらっと話を変えた。

「ジローさんから聞いたんだけど、ローレンってダヴィットををかばってDBに行ったんだって? 兄貴思いなんだな」

俺の言葉にローレンは一変して険しい表情を見せ、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。彼はそのまま俺の隣に腰かけ前方を見据えた。

「兄さんは戦場に出ていたから、向こうの人間の恨みを買っているはずだ。…兄さんが行けば、事故に見せかけて殺されるかもしれないと思った。僕の方が生きて帰れる可能性があったから。兄思いとか、そんなんじゃないよ」

怒りを押し殺すような声でそんなことを言うローレンの今まで見たことのないような横顔に、俺は思わず息を呑む。ジーンに似ている似ているとずっと思ってきたが、こんな表情をされるとそうもいえなくなる。もしジーンが本気で怒ったらこんな顔になるのかもしれないが。

「でも、そんなのダヴィットは納得したのか? 自分の代わりに弟が危険な目にあうなんて、普通は嫌だろ」

「僕が直接兄に言ったわけじゃないから、本当のことはわからない。でも多分、父上が兄を説き伏せたんだと思うよ。将来王となる人間としての自覚を持てとでも言えば、兄さんは自分の意志ぐらい簡単に曲げそうだ」

ローレンの話を聞きながら俺はどんどん暗闇にはまっていくような気がした。本当にダヴィットは国のためになるなら何でもできるような人間なのだろうか。しかしこれといった特徴もない俺に出会ってすぐ一目惚れするなんておかしいとずっと思っていたのだ。それが無意識のうちであろうが国のために選択したことならば納得がいく。ダヴィットのことは恋愛感情で好きにはなれなかったが、いつも無条件で優しくしてくれたダヴィットが俺は大好きだった。それがすべてアウトサイダーだからなのだと思うと……なんだか無性に悲しくなってきた。

「でも、もしかしたら全部ただの考えすぎかもしれない。兄さんの行動は本当にすべて自分の意志なのかも。それは僕にはわからないし、ひょっとしたら兄さん自身にもわから…」

「だったら何で!」

やや情緒不安定になっていた俺はついローレンに向かって怒鳴ってしまう。行き場のない感情をどこかにぶつけてしまいたかった。

「何で、何でローレンはわざわざそんなこと言うんだよ! 別に俺におしえる必要なんかなかっただろ。ダヴィットがどんな人間だって、俺はこれからもずっとあいつことを疑っていかなきゃならない。そんなの…っ」

「リーヤ!」

小さな子供みたいに癇癪を起こした俺をローレンがぎゅっと抱きしめた。びっくりした俺は頭の中が真っ白になりローレンの腕の中で硬直する。

「ごめんね、ごめんねリーヤ。リーヤの言うとおりだ。僕、ほんとに無神経だった」

ローレンに耳元で謝られ、はっと気がつく。自分は彼にいったい何を言ってるんだろう。こんなのただの八つ当たりだ。

「ご、ごめんローレン。俺、ちょっとショックだっただけなんだ。ローレンに当たるなんて、うわっ、恥ずかしい!」

「ううん。僕、リーヤの気持ちを全然考えていなかった。リーヤは兄さんの恋人なのに…」

「ちょ、ちょっと待って! 俺はダヴィットと付き合ってなんかないぞ。今までの言動なんか未練たらたらな元恋人みたいな感じだったけど!」

「え、付き合ってないの?」

「知らなかった?」

「うん」

俺はてっきりローレンはもう知っているものだとばかり思っていたのだが。…あれ、何で俺はそう思ってたんだっけ。

「そうか…。ならリーヤは兄さんのことが好きってわけじゃないんだ?」

「…恋愛感情では」

悲しいやら情けないやらで泣きそうになっていた俺は必死に涙をこらえながらローレンの質問に答える。大の男がこんなことで泣くなんて恥ずかしすぎる。…というか俺はいつまで抱きしめられていればいいのだろう。

「だったらリーヤ、僕と付き合ってよ」

「…―――は?」

ローレンから発せられた言葉は突飛すぎて理解が追いつかなかった。この世界にきて俺は色々驚かされてきたが今の発言はトップ3に入る衝撃的セリフだ。たとえ冗談でも恐ろしい。

「それって、もしかして告白?」

「もちろん」

「…本気じゃないよな?」

「そんな冗談は言わないよ」

俺を抱きしめていた腕を放したローレンが、にこにこと微笑みかけてくるが俺はちっとも笑えない。むしろ冗談であってほしかった。

「な、なんで? 俺の何がいいわけ?」

「世話を焼きたくなるようなところと、単純なところかな。まあほとんど一目惚れに近いんだけど。リーヤ、すごく可愛いから」

うわ、この俺が可愛いとかダヴィットとおんなじこと言ってるよこの人。これだけ悩んでて今更アレだが、もしかすると単にオリオール一族の趣味が総じて悪いだけなのかもしれない。

「僕ならリーヤのこと大切にするし、絶対に悲しい思いをさせたりしないよ。次男だし、国のことよりもリーヤを優先するって約束できる」

「いや、そういう問題じゃなくて」

次男とか、女の人には魅力的な響きかもしれないが俺はお断りだ。なまじジーンと顔が似ているだけに大切にするとか言われるとドキドキしてしまうが、彼はジーンではないし恋愛対象として考えたことはない。俺が一人動揺しまくっていると、ローレンが手の甲にいきなり唇を落としてきたものだから思わず飛び上がってしまった。

「うおおい!」

「あっ、リーヤ」

慌てて手を振り払ったために後ろに倒れ込んだ俺を庇おうとして、結果的にローレンが俺に覆い被さる状況になる。さっさとどけばいいものを彼は何を思ったのか心配そうな顔をして俺の頬に親指で触れてきた。

「危ないよ、リーヤ。そんなに恥ずかしがって。拒否されたのかと思っただろう」

「…拒否したんですけどね」

「僕、リーヤは押しに弱いタイプだと思うんだよね。しばらく頑張ってみるから、返事はいつでもいいよ」

ローレンはそう言って上からあっさりどいてくれたので俺は心の底からほっとした。この人の話を聞かない強引さといい、兄と同じで手が早いのではないかとビクビクしていたのだ。

「ロ、ローレン。もうすぐ夕食の時間だし、そろそろ…」

「そうだリーヤ、良かったら一緒に食べない?」

「俺はちょっと約束があるんで! ごめんなさい!」

ほんとは約束なんてないがこんな状態でローレンと食事なんてとてもとれない。時々一緒になるハリエットに頼んで今日は俺と食べてもらおう。

「じゃ、じゃあローレン、また明日!」

これ以上何か言われる前にと俺はベッドから這い出してドアへと一直線に向かう。ローレンの突然の告白に頭の中をぐちゃぐちゃにされた俺は混乱のままハリエットの部屋へと向かった。


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