先憂後楽ブルース
話し合いは未だ
「ダヴィット…? ダヴィットが何だって言うんだよ」
意味深な発言をしたローレンに俺が少しだけキツい口調で問い詰めるも、彼はばつが悪そうに黙り込んでしまった。まるで口を滑らしたとでも言わんばかりの険しい表情だ。
「1つわかって欲しいのは、兄さんが日本のトップに立つ人間として生まれてきて、そしてそのための教育を20年間みっちり受けてきたってこと。次男の僕や妹のエレンとはまるで育ち方が違うんだよ」
「違うって、具体的には何が違うっていうんだ」
俺の知るダヴィットは、少し変わってはいるものの、優しくいつも助けてくれる存在だった。甘やかされすぎてこちらが恐縮してしまったり、やりすぎだろうと思うこともあるが、少なくとも信頼できる人であるのは確かだ。
「兄さんは昔から、日本のことを第一に考えるように教え込まれてる。それこそ無意識のうちに、自分の国のためになるような選択をしてきた。だから、兄さんがフランカ様かレイチェル様を好きになるなんて、比較的簡単なことだと僕は思う」
ローレンの容赦ない発言に俺の心がざわつく。もし彼の言うことが本当だとすれば、今ある問題だけではない最悪な真実が見えてくる。
「なんだよそれ…。だったら、ダヴィットが俺のことを好きだって言ったのも、ぜんぶ国のためだったってことになるじゃんか。そんなの、ダヴィットに限って…」
ずいぶん前に一度、ハリエットに似たようなことを指摘された覚えがある。そのときは軽く笑い飛ばすことができたが、今は……。
「本人も意識しないうちの行動かもしれないけど、どちらにせよこのままならすぐにわかることだ。気になるなら、一度兄さんにどうするつもりなのかきいてみればいい。強要されたものじゃない兄さんの本心を」
「……」
立場上、ダヴィットには声をかけづらくここ最近はずっと話もしていなかった。けれどローレンの言うとおり、彼とも一度話し合ってみる必要があるだろう。そう思い立った俺はローレンに断りを入れ、さっそくダヴィットの元へと向かった。
ダヴィットの居場所がわからなかった俺は、とりあえず彼の部屋に行ってみることにした。するとドアの前にはジローさんの姿があり、俺にはすぐにダヴィットが部屋の中にいることがわかった。
「リーヤ様!」
名を呼ばれて俺はジローさんに駆け寄っていく。ダヴィットとも久しぶりならば、ジローさんともずっと会っていない。
「こんにちはジローさん、ダヴィットは中に…フランカ様達と一緒ですか?」
「いいえ、今は珍しくお一人ですよ。リーヤ様が来て下さって良かった。いま殿下を呼んできますね」
「あっ、待って下さいジローさん」
部屋のドアをノックしようとするジローさんを俺は慌てて呼び止める。ダヴィットに会う前にどうしても確認しておきたいことがあった。
「すみません、ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
「はい、何でしょう」
「……もしかして、ダヴィットとローレンはあまり仲が良くないんでしょうか」
「え?」
突飛な俺の質問に、ジローさんも思わずぽかんとしてしまっている。けれどもし彼らが不仲ならば、ローレンのダヴィットに関する話には大なり小なりの脚色が入っている可能性がある。
「いったいなぜそんなことを?」
「2人が話している姿をあまり見ないので、ちょっと気になって…」
「いいえ、仲が悪いなんてとてもそんな。確かにダヴィット殿下とローレン殿下は離れて過ごされていた時間が多く、世間一般で言う兄弟の関係とは違うかもしれませんが、けして不仲ではありません。現に、ローレン殿下のDB留学は本来ならばダヴィット殿下が行かれるはずだったんです」
「? どういうことです?」
「条約締結の条件としてDBが出してきたものは、留学とは名ばかりの人質でしたから。ローレン殿下はダヴィット殿下の身代わりにと、自ら志願なさったんです。今もダヴィット殿下はそのことをお忘れになっていません。お二人はお互いのことを思いやっているはずですよ」
「そう、ですか…」
ローレンにも複雑な事情があったのだと知り驚いたが、ならばローレンがダヴィットのことを悪く言う理由はない。むしろダヴィットのことを好いていなければできないはずで、彼のいうことの信憑性は増した。
「リーヤ様? どうかなされましたか?」
暗い表情の俺にジローさんが心配そうに声をかけてくれた。
「俺は平気です。ジローさん、ダヴィットと少し話をしてもいいですか?」
俺の頼みを快く了承してくれた、ジローさんがノックをして部屋へと入っていく。
その後かなりの時間が経過してようやく扉が開き、俺が待ちかねていたダヴィットが部屋から出てきた。しかし、どうも彼の様子がいつもと違う。
「ダヴィット?」
「…リーヤか、いったい何の用だ」
しばらくすぎて懐かしさすら感じるダヴィットだが普段の高いテンションがまったくない。前までだったら俺に抱きついてくる勢いだったのに。いや、別に抱きついて欲しいわけではないが。
「忙しいときに来ちゃってごめんな。俺、ダヴィットと話したいと思って。えっ…とフランカ様とレイチェル様のこと、ダヴィットはどうするつもりなのか気になったんだ」
「…それをお前に言ってどうなる」
表情が陰るダヴィットに言葉が詰まる。そんなことがいえる立場ではないことは重々承知だが、ダヴィットの態度が別人みたいに冷たくて俺はへこたれてしまいそうだった。
「悪いがリーヤ、いま私は忙しい。話がそれだけなら帰ってくれ」
「そんな…ちょ、ダヴィット待てって!」
「殿下!」
俺の顔をまともに見ることもなく、さっさと部屋に入ってしまったダヴィットの後をジローさんが慌てて追う。呼びかけても反応してくれないダヴィットにどうすればいいかわからなくなった俺が廊下で立ち尽くしていると、再びドアが開きジローさんだけが戻ってきた。
「すみません、リーヤ様。僕が殿下を必ず説得しますので、ここでしばらくお待ち下さい」
そう言うジローさんの表情はやつれ、すでにダヴィットを散々説得した後だということが窺える。これ以上彼に迷惑をかけてはいけないと思った俺はジローさんに向かって首を振った。
「いえ…もういいんです。…話したところで、俺がダヴィットに言えることなんて、ないのかもしれません」
「リーヤ様! 殿下は…」
「突然来てしまって、ごめんなさいジローさん。…失礼します」
ローレンの衝撃的な言葉と急変したダヴィットの態度に、頭の中が混乱してぐちゃぐちゃになる。俺をどうにか引き止めたがっているジローさんを残し、半ば放心状態のままダヴィットの部屋を後にした。
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