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先憂後楽ブルース
それぞれの過去と境遇



これからどうするべきなのか、1人では答えが見つかりそうにもなかった俺は、結局その日のうちに他人に相談してしまっていた。最初はハリエットに話すつもりでいたが、彼女は運悪く仕事中だった。さすがのハリエットも毎日暇というわけではないらしい。どうしようかと悩む俺に、城の兵士達と閑談中だったローレンが声をかけてくれた。


「…というか、DBのお姫様達と話す機会が多いリーヤが羨ましいよ。僕なんかずっと向こうにいたのに、彼女達に話しかけるチャンスすらなかったんだから」

「それは…やっぱ日本の王子様だからじゃないか?」

ローレンはつまらなさそうにしているが、つい最近まで戦争をしていた国の王子と気軽に話そうという姫はいないのではないか。彼自身は気さくで話しかけやすい人柄をしているのだから、きっと周囲が気後れしてしまっていたのだろう。



俺とローレンは誰にも邪魔されないよう、例の見晴らしのいい最上階に行き、レイチェル様のことを話しあった。ローレンは特に驚いた様子もなく、俺の話を淡々と聞いていた。

「レイチェル様は男が苦手っていうのは、向こうの貴族達の間では有名な話だよ」

「そうなの?」

「うん。彼女、結構重度だから。フランカ様にそんな懐いてるとは思わなかったけど」

つい最近までDBにいたローレンは意外と情報通で、レイチェル様達のことにも詳しかった。そればかりか、ローレンは俺や他の日本人が知らない情報もたくさん持っていた。

「でも、レイチェル様が日本に来たくない理由は、男嫌いの他にもあると思う」

「フランカ様と別れたくないから、じゃなくて?」

「それはそうなんだけどね。実は、彼女の母はとても身体が弱くて、ここ最近は病状が思わしくないんだ。許される限りの時間、レイチェル様は母親の側にいたいんじゃないかな」

「お母さんが?」

ローレンの言葉に軽い衝撃を受けた俺は思わず言葉を失う。レイチェル様は俺の前で明るく振る舞っていたが、もしかしたら胸中はつらかったのだろうか。もし自分の親が病気ならば俺だって片時も離れたくはない。

「でも、そういう事情があるならダヴィットとの婚姻はご破算、せめて延期にならなかったの?」

「彼女の母親が病気がちなのは、今に始まったことじゃないからね。レイチェル様がお生まれになる前からのことだし」

病気の母親と離れるのが嫌だというのは当然の理屈だ。ダヴィットとの結婚、それがイコール母親との別れならばこれほど残酷なことはないだろう。

「だったら、最後の手段としてお母さんも日本に来てもらうっていうのは?」

俺の提案に、ローレンは一瞬眉を顰め難しい顔をした。何かおかしなことを言ったかと心配になったが、ローレンはすぐに普段の表情に戻り、ちょっと笑いながら首を振った。

「それは無理だよ。病気の人をDBから日本にだなんて。本人もそれは望まないと思うよ」

「……」

ローレンの断定的な口調は気になったが、俺は内心焦り切羽詰まっていた。なんとかしてレイチェル様とダヴィットの婚約を阻止しなければ、彼女は母親と会えなくなってしまう。そんなことになれば、どうしたってレイチェル様は幸せにはなれないだろう。

「まあまあ、リーヤ。そんな暗い顔にならないで。そうやってすぐ感情移入するのはよくないよ。レイチェル様の母君は病弱ではあるけど、50歳になられた今でもベッドから出られないこと以外は健康な人とお変わりないんだから」

ローレンはそう言ってくれたが、だからといってレイチェル様と母親を引き離してもいいわけではないし、俺のせいならばなおさら心苦しく感じてしまう。レイチェル様は俺が気にしてしまうかもしれないと思って、母親のことは言わないでいてくれたのだろうか。

「レイチェル様のお母上であるミシェル様は元々正妻だった方でね、お身体の調子がずっと悪くて子供を産むことができなかったんだ。だから側室の1人だったフランカ様の母君、デボラ様に白羽の矢が立った。デボラ様はたいへん美しい方で、ようやくレイチェル様がお生まれになった頃には、陛下はデボラ様にすっかり骨抜きになっていたらしいよ。王宮はデボラ様に乗っ取られ、ミシェル様は城の片隅に追いやられた」

「でも、その王様は暗殺されたんだよな」

「うん、だけどそれよりもずっと前に、デボラ様の方が亡くなられてる」

「ど、どうして?」

俺の質問にローレンは一瞬ためらう仕草を見せた。だがここまできたら話すしかないと思ったのか、険しい表情で口を開いた。

「詳しいことはわからないけど、旅行中に盗賊に襲われて怪我を負ったらしい。そのときわずか12歳だったフランカ様の目の前でね」

「まさか、殺されたってこと…?」

「そういうことになるのかな。フランカ様は目の前で母親を殺されそうになっただけじゃなく、その盗賊に誘拐されたんだ。結局盗賊が捕まってフランカ様が解放されるまで1年、デボラ様は娘の無事を確認する前に亡くなってしまった。盗賊に負わされた怪我のせいだとも、娘を誘拐されたショックで自ら命を経ったとも言われている。本当のところは知らないけどね」

「1年って…」

フランカ様の悲しい過去に、俺は絶句してしまった。普段はあんな楽天的で飄々とした態度をとっているように見えても、彼女の背後には壮絶な体験があるのだ。長い間誘拐され、しかもそれが原因で母親が死んでしまうだなんて。普通の人が経験することではない。

「一見華やかな王族にはトラブルは少なからずある。あまり知られてはいないけど、フランカ様の境遇は他の比じゃない。彼女の強さには周囲も驚かされているはずだ」

確か、フランカ様はとても弟を大切にしていた。純粋に弟が可愛いという気持ちもあるだろうが、父親も母親もいない、弟だけが唯一の肉親で家族だというのがあってのことかもしれない。

「もし、フランカ様がダヴィットと結婚したら、弟には会えなくなっちゃうのかな…」

「まあ、フランカ様なら普通にDBに会いに帰りそうだけどね。レイチェル様とは立場も状況も性格も違うし。どちらにしろ、前にも言った通りリーヤが責任を感じる必要はないと思うよ」

「でも、フランカ様もレイチェル様も、ダヴィットだって望まない結婚なのに…」

「本当にそうかな?」

ローレンが軽く言い放ったその言葉に俺は思わず硬直する。彼は俺が好きなジーンに似た笑みを浮かべた後、ちょっと悲しそうな顔をして言葉を続けた。

「僕が言うようなことではないかもしれないけど、兄を――ダヴィット殿下を信用しすぎるのはあまり良いことじゃないよ、リーヤ」


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