先憂後楽ブルース
お姫様の本音
申し出を快く了承してくれたレイチェル様と一緒に、俺は人気のない場所まで移動した。警備の人には少し離れた場所に立ってもらい会話が聞こえないようにした。
「すみませんレイチェル様、お時間をとらせてしまって」
「い、いいえリーヤ様。あなた様とお話できて私は光栄です」
フランカ様と違い俺に対してどこまでも丁寧なレイチェル様。彼女達はまるきり正反対だ。
「いきなりで不躾なんですが、俺の質問に答えていただけませんか」
「? 何でしょう?」
「レイチェル様はダヴィットのこと、どう思われていますか。結婚したいとお考えですか?」
そんな大切なことをぶっちゃけてくれるかどうかが気になっていた俺だが、暗い表情の彼女の反応は意外なものだった。
「本当にごめんなさいリーヤ様、私があなた方の邪魔になっていることは承知しております」
「え、いや別にそれはいいんです。俺とダヴィットは恋愛関係になかったですから」
「そ、そうなんですか!? 本当に?」
「ええ、まあ。内緒ですよ」
俺の告白がよっぽど衝撃的だったのか、彼女は口をあんぐりと開けながら何度も確かめてきた。ぶっちゃけてしまったのは彼女ではなく俺の方なのかもしれない。
「だからもし、レイチェル様がダヴィットに好意を持っているなら正直に話して欲しいんです」
「…ええ、リーヤ様が私に本当のことを話してくださったのですから、私もありのままを答えましょう。ダヴィット様のことでしたら、私は……私の意志は関係ありません。ダヴィット様はフランカ姉様を選びます。お姉様がダヴィット様をお慕いしている以上、私は身を引くだけです」
何かが引っかかる彼女の言い方。自分の感情を押さえ込んでいるようだ。それはまるで彼女がダヴィットのことを…。
「もしかして、好きなんですか?」
俺のストレートな質問に彼女はまたしても驚き、顔を真っ赤にさせ俯いた。
「わ、私はそんなにわかりやすいんでしょうか…。どうしておわかりになったのです?」
「……」
俺が思うことはただ1つ、これは困ったことになった、だ。愛のないフランカ様と婚約するよりはレイチェル様と結婚した方がいいだろうし、これはいい知らせなのかもしれない。だが……。
「私の我が儘など通らないことはわかっております。でも、こんな私をかまってくださったのはあの方だけ。ずっと、ずっと私の心の支えで――」
「ちょ、ちょっと待って。レイチェル様とダヴィットって初対面じゃなかったんですか?」
「え? あ、はい、ダヴィット様とお会いするのは今回が初めてで…」
「だったら、さっきのずっと心の支えだったってのは?」
「え?」
きょとんとした顔で俺を見上げるレイチェル様だったが、すぐ合点がいったらしく言いにくそうに眉を顰めながらも話してくれた。
「ああ、リーヤ様は少しだけ勘違いなさっています。…私が離れがたく思っているのは、ダヴィット殿下ではなくフランカ姉様なのです」
「へ?」
今度はレイチェル様ではなく俺がきょとんとする番だった。レイチェル様は馬鹿みたいに唖然とする俺に優しく微笑みかけてきた。
「視力をなくしても、私にはこのコンタクトがあります。ですが、色々と障害は残ります。行動が限られ、積極的でもない私には親しい友は1人もいませんでした。そんな私に話しかけてくださったのがフランカ姉様です」
正直、フランカ様に対してあまりいい印象がなかった俺は驚いた。レイチェル様とフランカ様の間に友好関係が築かれていたことにもびっくりだ。
「フランカ姉様は私を買い物に付き添わせては、荷物を持たせてくださいました。私はフランカ姉様のために飲み物をご用意したり、とにかく何でもしました」
「……何だかフランカ様のパシリになってるような気が」
「私はそれが嬉しかった! 誰の役にも立たない、助けられるだけだった私が誰かのためになにかできる。それが私の生きがいでした。例え使われているだけでも、私はフランカ姉様が好きです」
はっきりと断言したレイチェル様は途中で恥ずかしくなったのか、顔を赤らめ俯きがちになった。
「じゃあ、レイチェル様としてはフランカ様にダヴィットとは結婚して欲しくない。だからといって自分が結婚したいわけでもない、ということですか」
「…はい。ダヴィット様はとても素敵な方だとは思いますが、お姉様と離れることを考えると悲しいです。それに私には彼との結婚に踏み切れない訳があるのです」
「? 訳?」
俺の質問にレイチェル様は表情を曇らせる。どうやらかなり重い理由のようだ。
「私…私っ、実は…」
「実は?」
「男の人が、駄目なんです…!!」
「――はい?」
本日2度めの衝撃に愕然とする俺を見て、レイチェル様は顔を覆い隠し嘆き始めた。
「昔から、男の人って恐くて、最近じゃマシになりましたけど、前はまともに話すことも出来なかったんです。今でも1メートル以内には近づけません」
「でも、この護衛の人たちは…?」
「彼らにも1メートル以下近づくことを許していません。このままじゃいけないって、自分でもわかってるんです。でもどうしても無理で、こんなんことではダヴィット様やフランカ姉様にも呆れられてしまいます!」
俺にマジな涙を見せながらレイチェル様は頭を抱えている。確かに男性恐怖症は困るだろうが、俺にはもっと気になることがあった。
「俺との距離は、さっきからずっと1メートルないと思うんですけど…」
「ええ、リーヤ様はどうやら私も平気みたいです。優しいし、男独特の荒々しさもないですし」
「あ、そう……」
フランカ様だけではなくレイチェル様にも男扱いされないってどういうことなんだ。ちょっと自信なくすぞ。
「初対面の男の方が恐くないなんて、私初めての経験です。リーヤ様、よろしければこれからも私の話し相手になっていただけませんか」
「…よ、喜んで」
「ありがとうございます!」
はしゃぐレイチェル様とは対照的にすっかり意気消沈した俺は、差し出した手を彼女に強く握られる。そしてそれ以上何かを聞き出す気力もなく、レイチェル様との話はあっさりと終わってしまった。
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