[携帯モード] [URL送信]

先憂後楽ブルース
ミステイク


暗殺という言葉に俺は返せる言葉がなく、はっきり言ってビビってしまったわけだがローレンは相変わらずの笑顔で、日常会話のような軽い調子で話し続ける。

「国王が暗殺されて、DBは日本侵略どころじゃなくなった。というか、侵略を続けていた理由は独裁政治同然だったその国王自身だったからね。暗殺者は捕まらなかったけど、きっと平和を望む内部の人間の仕業だろう。驚くほどあっさりと日本とDBの和平条約は結ばれた。まあ国王が死んで、ほっといてもDBが攻めてくることはなかっただろうから、日本は完全に無駄骨というかむしろ余計なことをしてしまったよね。だから、失敗。あくまで結果的にだけど」

「つまりその条約のせいで、日本はDBに従わざるをえないってこと?」

「いや、それだけじゃないけど理由の一つなのは確かだ。今は息子のテオドール陛下が王位を継いでいる。フランカ様の弟だよ。前王には8人の子供がいて、そのうち男子は2人。1人はまだ5歳で、後継者はテオドール陛下にすぐに決まったみたい」

「テオドール…」

その名を聞いて、俺の中の何かが反応した。聞いたことのない名前であることは確かなのに、いったい何に引っかかったのだろう。

「テオドール陛下って、どんな人? また戦争を始めたりしない?」

「うーん、僕は一応最近まで戦争していた国の王子だから、あんまり情報は入ってこなかったよ。噂じゃあ徹底した平和主義でもなさそうだけどね」

「…そっか」

俺のせいで戦争、なんてことにはならないと思うが、何が起こるかはわからない。アウトサイダーが幸運を呼ぶなんてただの迷信だ。

「そんな顔しないでリーヤ、君が気にする必要なんてないんだよ。ほら、こっち」

俺の表情から考えを読み取ったのか、ローレンがそんなことを言いながら俺の手を引いた。彼が指紋認証を使って目の前の小さなドアを開けると、そこから外の光と風が溢れ出してきた。

「うわぁ…!」

最上階から外に出られるとは思っていなかった俺は、そこから一望できる下の景色に感嘆の声をあげた。けれどローレンはそれには見向きもせず横の階段を上がっていく。俺も慌てて彼の後に続くと、そのさらに上に鉄筋でできた展望台のような場所があった。

「ここ、僕のお気に入りの場所なんだ。人もめったに来ないからちょっと一息つくときには愛用してる。いい風だろう」

「うん、すごく…!」

タワー一帯が遠くまで見渡せるこの場所は、タワーの中から見る景色とはひと味違っていた。ジーンと山の頂上からの景色を見たときの感覚と似ている。そこまで考えてから無性にジーンに会いたくなった俺は、まだ忘れられていないのかと唇を噛み締めた。

「ローレンは、なんで俺をここに案内してくれたの?」

あまり親しくないはずの俺に自分のお気に入りの場所をおしえるなんて、どうしてそこまで親切にしてくれるのだろう。俺には、何もできることはないというのに。

「だってリーヤ、兄さんの婚約のこと気にしてるだろう。自分のせいで兄さんが好きでもない人と結婚させられようとしてるって。気分が落ちてるだろうから、リーヤにもここを息抜きの場にしてもらおうと思ってさ」

フランカ様を最初に見たとき、ダヴィットを羨ましがってたのんきな自分を殴ってやりたい。ダヴィットがその気じゃない以上、相手がどんな美女でも苦痛でしかないはずだ。

「…どうして、俺にそこまで」

ローレンはぎゅっと俺の手を握り微笑む。その表情がジーンと重なって、俺は顔が熱くなった。

「僕はね、リーヤに日本を好きになってもらいたいんだ。居心地が悪いとか居場所がないとか思ってほしくない。きっと今、リーヤは自分がいなかったら良かったのにって少なからず考えてると思う。こんな状況になったら、みんなが思うことだ。でも誰1人としてリーヤがいなければいいなんて思ってないし、罪悪感を感じる必要なんてないんだよ。アウトサイダーが日本に現れたってわかったとき、みんなすごく喜んだはずだ。僕はその場にいなかったけど容易に予想できる。DBの人たちは自分達のところに来て欲しかっただろうから、かなり焦ってたみたいけど。アウトサイダーがいる国はそれだけで権力を持つ。だからリーヤは別に自ら何かしようなんて考える必要はない」

ローレンは俺から手を放し、手すりに手をかけ遠くを見据えた。ローレンの言葉は俺の心を軽くしてくれたけど、本当にその好意に甘えてもいいのかと考えてしまう。

「ああ、もうこんな時間か。僕はこれから予定があるから下におりるけど、リーヤはどうする? もう少しここにいる?」

「…うん、まだいてもいい?」

「いいよ、でも長居しすぎたらみんな心配するから、気をつけてね」

「うん、わかった。ありがとう、ローレン」

去っていくローレンの足音を聞きながら、俺は目前に広がる景色を眺めていた。幻想的な花火や高い場所からの眺めは好きだ。ローレンが俺の好みを知るはずがないから偶然だろうが、彼は良い場所をおしえてくれた。しかしこれ、高所恐怖症だったら絶対登れない場所だろうな。
そういえばクロエも俺を高い場所に連れてきて花火を見せてくれたことがあった。もうずいぶん昔のことのような気がする。クロエはどうしているだろうか。

俺は懐からクロエにもらった石を取り出し、太陽にかざした。こちらに来るときはお守りとして必ず持ってくるようにしている。この石を見ているとなんだか無性にクロエに会いたくなってきた。彼はまだ俺に会いたくないと思っているのだろうか。

「あっ」

一瞬だけ気をゆるめた次の瞬間、手のひらの上で転がしていた石を落としてしまった。だが幸い手すりの向こうに落ちただけで、目の前に石が転がっているのが見える。俺は柵の隙間から手をのばし石を拾おうとしたが、異様に狭い隙間に俺の手がつっかえてしまう。

「…どうしよう」

石を引き寄せるための棒のようなものがないかと辺りを見回すが、残念なことにここには何もない。かといってクロエからもらった大切な石を諦めるわけにはいかず、俺は低めの柵を乗り越えることにした。

「よっ、こらしょ」

柵は運動神経皆無の俺でも楽にまたげるし、足場も結構ある。幾度となく“落ちる”という経験をしたことのある俺は細心の注意をはらって石を拾った。しかし次の瞬間、めったに人がこないはずのこの場所の下から、ドアが勢い良く開く音がしてびびった俺は足をすべらせてしまった。

「うわああ!」

落ちる寸前で俺は目の前の手すりを両手で掴み、なんとか落下を免れる。だがいまだに足はぶらぶらと揺れており、身体を持ち上げようにも落ちないように捕まっているので精一杯だ。元ワンダーフォーゲル部としての意地を見せてやりたいところだが、自分の腕の力だけでは身体を持ち上げることはできない。

「っ、くそっ…!」

この距離ならば落ちても死にはしないだろうが、骨折ぐらいはするかもしれない。切実に助けが欲しい俺の下から、どこかで聞いたような透き通った声がこう言った。


「あ、先客だ」


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!