[携帯モード] [URL送信]

先憂後楽ブルース
一日戦争


次の日、またしても暇を持て余していた俺はハリエットの執務室にいた。しかし珍しくも部屋の主は不在で、彼女が戻ってくるまで待っていようとソファーに座ってくつろいでいたところ、部屋のドアがノックされ客人がやってきた。その客人というのが昨日知り合ったばかりのダヴィットというの弟、ローレンだったので俺はかなり驚いた。


「おはようリーヤ」

「お、おはよう。ハリエットなら今いないけど…」

「ああ、リーヤに会いにきたんだよ。スローンにここだって聞いたから。いま暇?」

ドアからひょっこり顔を出したローレンは、無邪気な笑顔でそんなことを言う。突然の来訪に驚きつつも俺は座っていたソファーから腰を上げた。

「俺なんか大抵暇だけど」

「じゃあちょっとだけ僕と一緒にきてくれない? 見せたいものがあるんだ」

断る理由もないので俺は頷きローレンの後を追う。彼が俺にとても好意的なのは嬉しかったが、個人的な理由であまり彼とは一緒にいたくなかった。彼を見ていると常にジーンのことを意識してしまうからだ。見れば見るほど彼らは似ている。

「リーヤはここの暮らしはどう?もう慣れた?」

「うん、みんないい人達ばっかりだから」

「ああ、それは確かに。ここの人間はみな最高だ」

今にもスキップし出しそうな浮かれた様子でローレンは廊下を歩いていく。なぜこんなにも上機嫌なのだろう。それともこれが彼の平素なのか。

「俺に見せたいものってなに?」

「それは見てのお楽しみってことで。…あっ、やっほーデイナ。久しぶりー」

すれ違った給仕係の女性にローレンは気さくに手を振る。声をかけられた女性も顔を綻ばせながら軽く頭を下げた。

「おはようございます、ローレン様! ご無沙汰しておりました」

「しばらくこっちにいるから、またよろしくね」

「はい!」

ローレンはその後も彼女だけではなく、すれ違う人全員に声をかけていた。どうやから彼はここにいる使用人や兵士の名前をすべて覚えているらしい。わざわざ声をかけにくる使用人達もいて、彼がみんなに好かれているのがこの数分でよくわかった。

「ローレンってすごい人気者だな。っていうか気さくな感じ? 王子様なのに」

「僕は王子っていうより、みんなにとってはまだまだ悪ガキなんだよ。小さい頃は色々やらかしてたから」

「やらかしてたって、いたずらとか?」

「そうだよー。まあ今やたらみんなが挨拶してくるのは、俺が帰国したばっかりだからだけど」

そういえばローレンはつい最近までDBに留学していたといっていたか。ダヴィットからはまったくといっていいほど弟の話を聞かなかったから、全然知らなかった。

「でも2年前まで戦争していた国に留学なんて、ちょっと怖くないか?」

「うーん、多少リスクはあったけど、向こうは日本より数段テクノロジーが進んでるし、いい勉強になったよ。僕が行くことで戦争は終わったんだって日本中に知らせることができたし。DBとの戦が1日戦争って呼ばれてるのは知ってる?」

「1日戦争? どういう意味?」

「文字通り、1日で終わったんだよ」

エレベーターの前までたどり着いた俺達は豪華に装飾された箱に乗り込む。ローレンは迷わず最上階のボタンを押した。

「DBは数年前までとんでもない侵略国家でね、少しでも刃向かった国には容赦なく攻撃をしかけていたんだ。そして2年前、ついに日本が目を付けられた。その動きにいち早く気づいた日本は、悩んだ末、彼らに正式な形で戦争を申し込んだ」

「? それってどういうこと?」

戦争になりそうだからといって、自分から攻撃するなんてあまり平和的とはいえない。というか利点が見えない。なにやら暗い話になってきたが、いい機会だと思った俺は深く聞き出すことをやめられなかった。

「まずわかってほしいのは、戦争と侵略は明確な違いがあるってこと。この世界の戦争はまるでスポーツ競技のようにルールが決められている。双方が戦う時間も定められているし、飛び道具はいっさい禁止。爆撃機や銃はもちろんのこと、弓矢すらも使うことはできない」

「それって、剣を使って戦うってことだよな」

「そうだよ。たった1日だったから戦死者は少なかったけど、それでもやっぱりゼロじゃない。だけどDBの奴らに侵略されていればもっと大量の死者が出ていたはずだ。戦争でなければ、戦車も爆弾も使い放題だからね。父上も苦渋の決断だった」

ついこの間まで危機的状況にあったという日本に、俺はいいようのないショックを受けていた。戦争なんて悲惨なものにはまったく耐性がない。話を聞くだけでつらかった。
そうしている間にエレベーターは最上階にたどり着き、のんびりとした足取りでローレンは廊下を進んでいく。俺は黙ってその後を追った。

「僕は年齢の関係で出兵できなかったけど、兄さんは指揮官として立派に戦ったよ。日本軍は性能機器の扱いよりも剣術の方に勝っていたから、こっちが圧倒的に優勢だった」

「それが1日で終わったのはどうして? 何かあったの?」

俺の矢継ぎ早な質問にローレンは頷いた。

「日本が完全なる勝利をおさめたとき、父上はDB側に有利な条件で停戦を持ちかけたんだ。和平条約を結ぶことこそが、日本側の狙いだった。長期戦になれば負けるのは確実で、それまでにどうしても和平交渉を進めたかったんだよ。それでもDBが受け入れる可能性は低かったし、二度と侵略してこないという保証もなかったから、かなりの賭だったんだけど」

ローレンは表情は軽かったが言葉には重みがあった。いつか聞いておかなければならない話だとは思っていたが、やはり内容は壮絶だ。

「でも結局、それは上手くいったんだよな」

「そうだよ。でも今から考えればあれは成功じゃなく失敗だったね」

「失敗?」

「彼らは日本の和平交渉に応じた。でもそれは、当時のDBの国王が暗殺されたからだったんだ」


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!