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先憂後楽ブルース
消えない想い


その日からDBのお姫様による文字通りのダヴィット争奪戦が始まった。といってもアタックしているのはほとんどフランカ様で、レイチェル様はすっかり萎縮してしまっているらしい。らしい、というのはこれが俺の見た情報ではなくすべてハリエットから聞いた話だからだ。俺はDBのお姫様達が来てからほとんどダヴィットとは話せていない。彼女達がいるのをわかっていながら俺の方からダヴィットの元に行くのは気が引けるし、ダヴィットも俺のところへは来なくなってしまった。



「カキノーチ、私あのフランカ様について調べてみたの」

隙をもてあましていた俺が昼食をとっていたとき、同じ席についていたハリエットがそんなことを言いだした。

「…ハリエットも暇なんだな」

「暇じゃないわよ! ただ殿下がフランカ様とレイチェル様をもてなしてるから、私の仕事がないだけ! なによ、知りたくないの?」

「そりゃ知りたいといえば知りたいけど…、ハリエットはそんなん調べてどうするんだよ」

「フランカ様が殿下に求婚する理由がわかるかもしれないでしょう」

「うーん…」

別にもう単なる一目惚れでいいじゃないかと思うのだが、ハリエットはそうは考えていないようだった。だが仮にフランカ様を遠ざけられたとしても結局ダヴィットはレイチェル様と結婚することになってしまうだけだろうに。

「フランカ様って他の姫様達より露出が多い割に、プライベートなことに関する情報が少ないのよね。逆に言えばそれだけDBとしては秘密にしときたいことがあるってわけよ」

「秘密にしておきたいこと?」

「彼女、噂ではかなりの変わり者らしいわ。これまできた縁談を次々と断ってるのもそうだけど基本人間に興味がないみたいで、DBのお偉方は彼女の扱いに相当苦労してるみたいよ」

ハリエットの話を聞いて特使のアリソン・ワイクの困り果てた表情を思い出した。確かにあれはすっかり振り回されているように見えたが、…人間に興味がないって、いったいどういう意味なんだ。

「今回だって我が儘を無理やり通して日本に来たに違いないわ。DB側としては彼女を日本に嫁になんて出したくないはずだろうし」

「厄介者なのに?」

「中身が少々問題ありでも世界一の美女よ。何を捨ててでも娶りたいって男が腐るほどいるはず。フランカ様がどういうつもりか知らないけど、私は彼女の言葉を純粋に信じる気にはなれないわね。何か企んでるはずよ」

「何かってなんだよ」

「それはわからないけど」

だったら調べた意味ないじゃん、という言葉が飛び出そうになったがなんとか我慢した。そんな生意気な口をきこうものなら彼女にはっ倒されそうだ。

「でもフランカ様がダヴィットと結婚して、どんな得があるんだって感じだよな。やっぱりただの一目惚れじゃないのか? …ダヴィット、普通にかっこいいし」

「もしそうならなおのこと問題よ! 殿下が籠絡されたらどうする気?」

「ああ、そうなったらとても困ったことになるね」

「「!」」

会話にいきなり割り込んできた声に、俺達は驚き振り返る。そこには俺の見知らぬ若い男が立っていた。だが俺とは違い彼の正体を知っているらしいハリエットは、目をこれでもかというぐらいまん丸くさせて飛び上がった。

「ロ、ローレン様!」

「初めまして、ミス・フラム。会えて嬉しいよ」

直立不動のハリエットにほのぼのとした様子で話しかける若い美形の男。かなり地位の高い人だということはわかるが、いったい誰なのだろう。

「カキノーチ、こちらダヴィット殿下の弟のローレン様よ」

「ダヴィットの弟!?」

「よろしくね」

仰天する俺にローレン様は人のよさそうな笑みを見せる。金髪に青い瞳と彫りの深い顔立ちは、育ちの良さがにじみ出ていた。ダヴィットにはあまり似ていないような気がする。違う系統の美青年だ。しかしどこか懐かしい感じがするのはなぜだろう?

「初めましてローレン様、リーヤ・垣ノ内といいます」

「ローレンって呼んでほしいな。僕達たしか同い年だし」

「そうなんですか?」

「そうそう、だから敬語も使う必要ないよ」

「ローレン様!」

ハリエットがかなり慌てた様子で口を挟んできた。緊張しているのかいまだに背筋をピンとのばしたままだ。

「どうしてこちらにいらしているんですか? 私、何も聞いておりませんが」

「言ってないからね。父上にも母上にも内緒できたんだ。だってどうせ知らせたって、フランカ様の来日で僕の帰国なんか二の次にされちゃうだろう。だったらサプライズにするのもいいかなって」

「な…」

絶句するハリエットを見てダヴィット弟はいたずらっ子のように微笑む。話が見えない俺はハリエットに視線で説明を求めた。

「カキノーチ、ローレン様は今までDBにご留学なさっていたのよ。ローレン様、ご帰還なさっていることを陛下や殿下はもうご存知なのですか?」

「ああ、父上達にはついさっき挨拶してきたんだ。兄さんにはまだ。あっ、こっそりおしえちゃ駄目だよハリエット。僕の楽しみを奪わないでね」

「はぁ…でしたら早く殿下のもとに行かれた方が。すぐに噂になってしまいますよ」

「だって、兄さんの側にはフランカ様がずっと張り付いてるんだもん。気軽に話しかけられないよ。それに…」

ローレンは話の途中でハリエットが俺に目線を移し、すっと手を差し出すと俺に握手を求められる。俺はわけがわからないながらも迷わずその手をとった。

「噂のアウトサイダーと話してみたかったんだ。兄さんだけじゃなく、僕ともぜひ仲良くしてほしくて」

彼を見ていると感じる違和感、どこか見覚えがあるような気がする感覚の正体を探ろうとしていた俺は、ローレンの友好的な言葉にああ、とかうん、とかとぼけた返事をしていた。握手をしながら不躾にも顔をまじまじと見つめる俺に、ローレン様は微笑み優しい表情を見せてくれた。

「じゃあ僕は今から兄さんを驚かせに行ってくるよ。またね、リーヤ」

「あ…っ」

名前を呼ばれた瞬間、彼に感じていた既視感の理由がわかった。ローレンはジーンに似ているのだ。雰囲気だけの話ではない。顔立ちも兄のダヴィットよりよっぽど似ている。意識的にジーンのことを頭から追い出そうとしていなかったら、とっくに気づけていただろうと思うほど2人は似ていた。

ローレンは俺とハリエットに愛想良く手を振ると、楽しそうな足取りで部屋を出ていく。俺は彼が姿を消したドアからしばらく目が離すことができなかった。


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