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先憂後楽ブルース
沈黙の部屋


突然現れた男達は、そろいもそろって警備隊の証であるスキンヘッドだった。誰もがその場を動けず、事の成り行きを見守っていると中央にいた男が俺達に紙を突きつけた。

「緊急通達! 特例措置により今年のフォール探題は即刻中止! グレン・焔特別検査官にはすみやかにタワーからの退去を命じます」

「…なんだと?」

男がはきはきとした口調で告げた言葉は思いがけないものだった。それを聞いて訳が分からないまま神の助けとばかりに手放しで喜ぶ俺の横で、当然ながらグレンが怒りの抗議をしていた。

「馬鹿な! 誰の権限でそんなことを…っ、説明しろ!」

「今は非常事態としか申し上げられません」

「ふざけるな!」

今にも殴りかからんばかりのグレンを部下と数人の警備隊員がなだめる。その様子を冷めた目で見ながら、ハリエットが紙を掲げていたスキンヘッドさんに近づいていった。

「スローン隊長、これは一体どういうことですか?」

「これはこれは、フラム補佐官。こんな場所で奇遇ですね。聞いての通り、今年のフォール探題は中止となりました。こちらは陛下からの正式な通知書です。司法長官のサインもあります。ほら、こちらに」

「……確かに。でも一体なぜ」

「それは陛下から直々にお聞きになるのが良いかと。殿下の執務室にフラム補佐官、そしてアウトサイダー様をお連れするよう命を受けております。どうぞこちらに」

「…わかりました。付き添いは不要です。カキノーチ様は私がお連れ致しますので、ご苦労様でした。スローン隊長」

隊長さんは意味深な笑みを浮かべると、踵を返し部下の元へと戻っていった。ハリエットは未だに声を荒げて探題続行を申し立てるグレンを一瞥し、俺の腕を引いて部屋を出るよう促した。











「あのタイミングで中止なんて、ほんと幸運だよな。グレンさん相当怒ってたけど」

「グレンじゃなくても怒るわよ。説明もなしに急に中止なんて言われたら」

早足のハリエットになんとかついて行きながら、俺はダヴィットの部屋を目指していた。喜ぶ俺とは対照的にハリエットの表情は明るくない。

「なんだよハリエット、せっかく間一髪で危機を脱したのに」

「ほんとにそうだったらいいんだけどね。よっぽどのことがない限りフォール探題は止められないから。嫌な予感がするわ」

「? 今までに中止になったことってないの?」

「かなり前に一度だけ。そのときは当時の陛下が心臓発作で倒れられて、探題どころじゃ…」

「ええ!?」

ハリエットがぼそりと言ったその言葉に俺は今更ながら焦る。彼女の表情が良くなかった理由がようやくわかった。

「探題が取り止めになる理由ってそれだけじゃないよな? 誰も死んだりしてないよな?」

「多分ね。でも説明を受けるのが殿下の部屋、というのが気になるわ。殿下に何かあったのかもしれない」

「そ、そんなっ」

先ほどまでピンピンしていたダヴィットの姿を思い起こし、大丈夫だと自分を落ち着かせる。ダヴィットには最後通達のような酷い発言をしてしまった。あれが最後の言葉になんてしたくない。

「…ダヴィット、大丈夫だよな」

「心配する気持ちはわかるけど、とにかく今は殿下の部屋へ急ぎましょう。あの方の無事な姿を見ればあなたも安心できるでしょう」

小さく頷いた俺はハリエットの後に続きダヴィットの部屋を目指す。耐えきれないほどの不安を抱えながら、ほとんど駆け足に近い速度で俺達は廊下を進んでいった。










「ダヴィット!」

部屋の前にいた警備隊の男を押しのけドアを開けると、そこには健康そのもののダヴィットが立っていて俺はとりあえずほっとした。その脇にはいつものようにジローさんと珍しくダーリンさんの姿もあったが、彼女の表情は暗く顔色も悪かった。彼女だけではない。この部屋全体に重苦しい空気が漂っている。

「大丈夫なのかダヴィット! どこも怪我とか…」

「失礼いたします殿下! たった今スローン隊長がフォール探題を引き上げさせました。いったい何があったのですか」

ハリエットが俺の言葉を遮りダヴィットを問い詰めると、彼は深刻な顔をして目を伏せる。憔悴しているダヴィットに代わってジローさんが答えてくれた。

「ハリエット、先ほどこのような書状が陛下の元に届けられました。僕達も今し方、陛下からお話を聞いたばかりで」

ジローさんから手渡された紙に素早く目を通すハリエット。彼女のすぐ横から覗いていた俺だが、すべて英語だったのですぐに諦めた。

「こ、これは…っ」

「なに? 何て書いてあるの?」

ハリエットの尋常じゃない驚き方を見て、俺は早く教えてくれとせっつく。彼女は一度大きく深呼吸してから簡潔に説明してくれた。

「ディーブルーランドから、殿下へ正式に縁談の話が来たの」

「えっ!」

縁談……って見合いか!? そのディーブルーランドって、確か2年前この日本と戦争した国だ。どこかのテーマパークっぽい名前だが絶大な権力を持っていて、かなりの侵略国家だったと聞いている。

「以前から縁談の話は出ていたけど、まさかもうこんな正式な書状が届けられるなんて…。やだ、釣書まであるじゃない!」

「ディーブルーランドって、前にハリエットが話してくれた、うちと衝突したとこだよな」

「そう。ディーブルーランド、略してDB。領土、人口、科学技術、国際的地位。すべてがパーフェクトのクソったれ国家よ」

「縁談の申し込みが来たのって、やっぱり俺のせい?」

「当然。申し込みなんて優しいものじゃないけどね。DBのお姫様と殿下が結婚すればアウトサイダーを持つ日本との繋がりができ、同時に殿下とカキノーチの婚約を破棄することができるわ。DBの目的はまさにそれよ」

「…そんなこと、絶対させるもんですか!」

ずっと顔を青くさせながらも無表情だったダーリンさんが、突然険しい表情で怒鳴った。ダヴィットを慕いながらも立場上想いを告げることのできない彼女は、以前、ダヴィットには本当に好きな人と結ばれて欲しいと話していた。今回の件はダーリンさんにとって苦痛でしかないのだろう。

「落ち着けダーリン、お前が取り乱してどうする。相手はDBの妃殿下だ。こちらの意思がどうあれ丁重にお迎えしなければならない」

当人であるダヴィットはいたって冷静に、淡々と話していた。その目には諦めの色さえうかがえる。淡白なダヴィットの様子に、俺は違和感を感じずにはいられなかった。

「で、そのお姫様はいつこちらに?」

「明後日には到着する」

「明後日!? 急すぎます!」

「何かしらの対策をとられる前に、ということでしょう。僕も色々考えてみましたが、何も手だてが…」

いつもは穏やかなジローさんも今は悔しそうに唇を噛み締めている。俺もダヴィットの告白を断った身とはいえ、彼の不本意な結婚など望んでいない。ダヴィットに何もしてやれないどころか、声をかけることすらできない自分に、俺はほとほと嫌気が差した。


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