先憂後楽ブルース
お馬鹿な人たち
「おいハリエット・フラム! ここにいるのはわかってる! 今すぐ開けろ!」
突然、外から聞こえたグレン・焔の怒鳴り声に俺とハリエットは思わず顔を見合わせる。なぜ俺達の存在がグレンさんにバレているのかはわからないが、とてもマズい状況に追い込まれいることだけは理解した。
「ハリエットどうする?」
「あと少しだけ待って! すぐにシャットダウンするから!」
何もできない俺はただオロオロするばかりで、外からの怒声にいちいちビクついていた。そのうちドアを無理やり壊されてしまうのではないか。そんな光景が想像できるぐらいグレン・焔の怒声はひどかった。
「いいわカキノーチ! ドアを開けて!」
「ど、どうやって開けるの?」
「緑のボタンを押せば開くから!」
「緑ってどれ!?」
「ああもう、どいて!」
ハリエットは俺を横へ追いやると小さな薄緑のボタンを押す。すると途端に目の前の扉が開いた。そこには般若のような顔をしたグレン・焔が立っている…かと思えば、なぜか彼はカメラらしきものを構えて俺達に向けていた。
「グレン、あなた何を…」
その奇怪な行動の理由を訊ねようとしたハリエットをグレンさんはパシャリと写真に撮る。そして唖然とする俺達に満面の笑みを見せた。
「ついに証拠をつかんだぞアウトサイダー! これでお前も終わりだ」
「…俺? てか何の証拠!?」
「浮気の証拠に決まってる。…ふん、なるほど。ここは人気も少ないし、密会には最適の場所だ」
「浮気って、誰と誰が」
「とぼけるな、お前とそこの雌ギツネに決まってる」
「はあ!?」
俺とハリエットが浮気!? この男、ついさっきまでドアの外でブチギレていたかと思えば、今度は何とんでもないことほざいてやがんだ。
「意味わかんねぇ! 誰がハリエットと浮気なんか…むがっ」
即座に否定しようとした俺の口はハリエットの手に勢い良く押さえつけられる。俺の疑心がこもった視線を無視してハリエットはグレン・焔を睨みつけた。
「確かに、あなたの言うとおりだわ」
「んんっ!?」
なに認めちゃってんの!? と抗議する間もなく膝をハリエットに容赦なく蹴り飛ばされる。いいから口裏をあわせろ、と視線が命令してきた。
「せっかくアウトサイダーを口説き落とそうとしてたのに、とんだ邪魔が入ったわ。まあ、あっさり断られたけど。でもあなたが邪魔しなければ上手くいっていたかもしれないのに」
「…ついに本性を見せたか。野心家のお前の考えそうなことだ」
ハリエットがようやく手を放してくれたので、俺はすぐに息を吸い込み呼吸をととのえた。どうやら彼女はここに2人でいた理由を、奴の勘違いに便乗してでっち上げる気らしい。かなり不本意ではあるが他にいい案があるわけでもない。自ら悪者になってくれたハリエットに免じて、俺は何も訂正はしなかった。
「そういうあなたは、どうしてこんな場所にいるのかしら。まさか、たまたまなんてふざけたこと言わないでしょう?」
「ふん、俺はこの2日、そこのアウトサイダーを見張っていた。たった2日で尻尾を出すとは、お前はまったくもってフィースに相応しくない」
嘲るような表情で俺を見下ろしながらグレンは容赦ない言葉をぶつけてくる。別に彼とフィースを取り合いする気はないけれど、なんとなく腹がたった。尾行に全然気づけなかったのも悔しい。そういえば昨日、フィースに会いに行こうとしたとき、この男と鉢合わせしていたな。てっきり偶然だとばかり思っていたがそれは間違いだったようだ。ていうかちゃんと仕事しろよ。
「お前とアウトサイダーの関係が怪しいことは前々から感づいていた。そこへ舞い込んだフォール探題の話、利用しない手はない。せっかくレッドタワーに来ることができるんだぞ。フィースにお前の浮気の証拠を見せ、ライバルを1人でも減らしてやる」
「…ちょっと待って、まさかあなた、カキノーチとグッド・ジュニアを別れさせるためにここに来て、わざわざ彼の後をつけてたっていうの?」
「だからそうだとさっきから言ってるだろう」
「……っばっっかじゃないの!」
ハリエットの罵倒に全面的に賛同だ。俺とハリエットの関係が怪しいとは聞き捨てならないが、その証拠を掴むのがグレンさんのそもそもの目的だったことにびっくりだ。この人はまだ比較的まともな人間だと勝手ながら思っていたのに。
「馬鹿だと? お前は恋をしたことがないからそんなことが言えるんだ。お前みたいな自分のことしか考えていない女には一生わからないだろうがな。俺のフィースへの愛は本物だ。何としてもあいつを手に入れる。そのためには手段も厭わない」
「……」
かしこい人だとばかり思っていたグレンさんのアホ丸出しの発言に、俺とハリエットは一気に脱力する。隣にいる部下の皆さんも、この人の暴走を止めてやればいいのに。
「俺はこれをフィースに見せる。そしてお前との関係を必ず終わらせてやる」
「はあ…」
それは一向にかまわないのだが、俺とハリエットに変な噂がたたないだろうか。ほんと、それだけが心配だ。
「さて、証拠も掴んだことだし、さっそく仕事に取りかかるか。まずはこの部屋からだ。PCを起動しろ」
「「え」」
すっかり気がゆるんでいた俺とハリエットは、彼のまさかの発言に思わず声をあげてしまう。動揺して動けないでいる俺とは違いハリエットきわめて落ち着き払った様子でグレンさんに近づいた。
「待ちなさいグレン、こんな場所よりももっと先に調べるところがあるんじゃないの?」
「せっかくシステム管理室に来たんだ。別にここからでもかまわないだろう」
部下に指示を出し着々と調査を進めていくグレンさんに、ハリエットはそれ以上何も言わなかった。俺は慌ててハリエットの腕を引っ張り耳元に小声で話しかけた。
「マズいんじゃないのかハリエット、早くなんとかして止めなきゃ」
「でも、これ以上何か言ったら怪しまれちゃう」
「書き換えはできたの?」
「まさか、あんな短時間じゃ無理よ」
「じゃあどうするんだよ」
「グレンが奇跡的に気づかないことを祈るしかないわ」
「……」
ハリエットのその言葉に俺ももう何も言えず、ただ黙ってグレンさん達を見ているしかできなかった。ところが次の瞬間、再び扉が開かれ、何者かがこの部屋にずかずかと乗り込んできた。
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