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先憂後楽ブルース
過ちの後始末


「ダヴィットの立場がって、どういう意味?」

俺はハリエットと階段で上の階まで延々と登っている途中、険しい表情の彼女から詳しい話を聞いた。

「この前、ちょっとした騒動があったでしょう」

「そんなのここでは毎日あるけど」

「ほら、あたしがあなたとグッド・ジュニアを誘い込んで…」

「ああ、あのハリエットに閉じ込められたやつか」

「……」

あのときのことを思い出して少し嫌味っぽくいってやると、ハリエットは階段を上りながら落ち込んだように俯いた。

「あれで私とエレン様があなたのことを閉じ込めたでしょう。そのことがグレンにバレそうなのよ」

「え、それってまずいの?」

「究極にまずいわ」

ハリエットはかなり深刻な顔をしていたが俺にはその理由がわからなかった。確かに非人道的行為だとは思うが俺もフィースも許してるのだから何も問題ないだろう。

「あなたは知らないでしょうけど、この世界ではアウトサイダーに関して法律で色々厳しく取り決めがされているの。国家憲法にはアウトサイダーに関する記述が82もあるのよ。その中の1つ、アウトサイダーの行動の自由を侵害してはならないってのに引っかかっちゃってるのよ」

「俺を閉じ込めたことが? でも俺は別に気にしてないけど」

「カキノーチが気にしてるかどうかは関係ないわ」

ようやく階段を登りきったハリエットは早足で廊下を突き進んでいく。ここが何階か確認するのを忘れたが、来たことのないフロアだった。

「例えばもし、あなたが悪意を持った見知らぬ輩に閉じ込められたとするでしょう。そいつが捕まり裁判にかけられても、間違いなくエレン様の件持ち出して抗議するわね。お姫様はよくて、自分達は駄目なのか。そんなの王家の横暴だ、って」

「…なんだよそれ、その言い分はめちゃくちゃだろ。俺はハリエットがしたことだって咎める気はないんだぞ」

「それはありがとう。でもあなたの意思は関係ないの。殿下達がアウトサイダーを懐柔してたんだって言われたらそこでおしまいだから。殿下はそういう前例を作りたくなくて、あの件を隠したのよ」

渋い顔つきで歩いていたハリエットは廊下の突き当たりのこじんまりとしたドアの前で足を止める。そしてドアの横に取り付けられた怪しげな機械を指差した。

「カキノーチ、ここに指をのせて」

「あっ、これ知ってる! なんか指紋認証とかいうやつだろ。でも俺の指紋で開くの?」

「カキノーチの立場は殿下と同等なのよ。このタワー内で入れない場所なんかないわ。殿下の指紋でももちろん開くんだけど、記録が残ったら面倒だからね。ここ私は立ち入りを許可されてない場所だから、あなたを連れてきたってわけ。カキノーチの指紋はすでに登録済みだし」

「いつのまに…」

ハリエットが暗証番号を素早く押し、俺が人差し指をのせると彼女の言うとおり頑丈そうな扉がいとも簡単に開いた。ハリエットに続いて中に入ると、そこはたくさんのコードがむき出しになった機械で埋め尽くされた部屋だった。

「で、ここで何するの?」

「タワーにいる警備隊には勤務記録をつけなきゃいけないっていう義務があるんだけど、私があなたを閉じ込めたとき彼らを使ったから何人かの記録に謎の空白ができてるのよ。書き換えができるのはこのメインコンピューターだけだから、わざわざここまで来たの」

「探題の人も、そんな細かいところまで調べないんじゃないのか?」

「普通の奴ならね。だから私も殿下も油断してたんだけど、今年のフォール探題で来たのがグレンだったから。あいつ、すっごい神経質で細かいことにすぐ気づくの。それは奴が検事として働いてるときに嫌でも見せつけられてるわ」

ハリエットは中央にあるパソコンに指を這わせ滑らせるようにしてタイピングしていく。長ったらしいアクセスコードを入力しあっという間に勤務記録表のページを開いていた。

「思ったんだけどさ、立場がまずいのはダヴィットじゃなくてハリエットとエレンちゃんじゃないのか? ダヴィットはしらなかったことなんだし」

「隠蔽したのは殿下だもの。それに私はクビですむかもしれないけど、殿下は将来この国のトップになる方なのよ。非常にまずいわ。一度隠した以上、最後まで隠し遠さなきゃ」

ハリエットの意見はもっともだが彼女が自分はクビだけですむ、なんて言ったことがひっかかった。クビになんてなろうものなら発狂しかねないイメージを俺は彼女に持っていたが、それは間違いだったのか。それともこの件がもしバレたらクビですら甘く思えるほどの罰が待っているのか。どちらにせよダヴィットがかなり危機的状況に追い込まれていることに違いはない。エレベーターではなく階段でこっそりここにきた理由を俺はなんとなく察した。

「この部屋の監視カメラの映像は別のものと差し換えてるし、あとは記録さえ辻褄をあわせれば大丈夫よ。警備隊とグッド・ジュニアにはすでに口裏をあわせてもらってる。だからカキノーチもお願いね」

「なるほど、昨日フィースがダヴィットに会いに来た理由はそれか。でももし俺がグレンさんに聞かれたらどうすりゃいいんだよ」

「その時間はグッド・ジュニアと会ってたってことになってるから、そう答えてくれれば問題ないけど。ああ、カキノーチ。悪いんだけど誰かがこっち来ないかドア口で見張っててくれない」

「了解」

「ありがと、まあ誰も来ないと思うけど一応ね」

俺ハリエットに頼まれた通りドアからひょっこり顔を出して廊下の先を見張っていた。このフロアは人の気配がなく、突き当たりにあるのでこの部屋に用事でもなければこないような場所だ。まず人なんて現れないだろう。

「えっ、ちょ…おい嘘だろ」

そう思っていた矢先のこと、俺の目が見覚えのある黒髪の男を捉えた。部下を引き連れ廊下に現れたのは、他でもないグレン・焔その人だったのだ。

「ハリエットやばい! グレンさん来た!」

「…はあ!? 嘘でしょ!? そんなの絶対ありえないわ!こんなとこ真っ先に調べる場所じゃないじゃない!」

「でもほんとにこっち来てるんだって! どうする? どうすんの!?」

「グレンを足止めして!」

「む、無理っ」

「じゃあそのドア閉めて! 早く!」

俺はその指示に喜んで従い素早くドアを閉める。ハリエットはドアのすぐ横にあった外側に取り付けられていたものと同じ指紋認証機器のカバーを開き、むき出しになった機器を少々いじくっていた。

「よし、これでオッケー」

「なにしたの?」

「暗証番号を書き換えたのよ。グレンもしばらくは入ってこれないはず」

ハリエットは素早くパソコンに戻ると再び記録を改ざん作業を始める。そのときちょうどグレンさん達の足音が聞こえた。

「間に合いそう?」

「どうかしら。どれだけ時間がかせげるかにかかってるわ」

「俺に何かできることある?」

「じゃあ私達がこの部屋にいるもっともらしい理由を考えて」

「ええっ!?」

俺が足りない頭を必死でひねっている間、外からはグレンさんのいらついた声が聞こえた。扉に開かないことに対しての悪態だ。どうやらまだ時間をかせげそうだが、焦れば焦るほどいい案など思いつかず、俺はハリエットと扉を交互に見ることしかできなかった。


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あきゅろす。
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