先憂後楽ブルース
決意と暗躍
翌日の朝目覚めたとき、薄着をしていたため少し肌寒かった。まだ寝ぼけたまま暖を取るため縮こまっていると、急に何かに身体を包み込まれる。居心地がよくてつい身を任せてしまったが、それが人の体温だと気づいた瞬間あっという間に眠気が吹っ飛んだ。
「おはよう、リーヤ」
「ダ、ダヴィット! お前なんでここに…っ」
俺はキングサイズのベッドの端まで寄り侵入者から距離をとる。気が動転している俺を見て、ダヴィットは楽しそうに笑った。
「リーヤを起こしにきたんだが、寝顔があまりに可愛くてな。起こしたくなくなってしまった」
「うわっ、そんなこと冗談でもいうなよ…」
俺の寝顔が可愛いなんて絶対ありえない。やっぱりダヴィットの目はどうかしてる。
「昨日は行けなくてすまない。色々とやらなければならないことがあって」
「えっ? ああ、それは別にいいっていったじゃん。いちいちそんなことで機嫌悪くしたりしないし」
気にしてないよということを伝えるためにわざと陽気に笑いながら答える。けれど次の瞬間、俺ににじりよってきたダヴィットに手を掴まれベッドに引き倒された。
「…っ、なにすんだよダヴィット!」
「リーヤ」
ダヴィットの真剣な顔がゆっくりと近づいてくる。思わず身を強ばらせると、ダヴィットはそれ以上近づくのをやめてくれた。
「どうしてお前はそんな態度ばかりとるんだ。どうして私を拒絶する」
「いや、別に拒絶はしてないだろ」
「ならばなぜ、こんなに辛抱強く待っているのに、いつまでたっても私を好きにならない」
「は?」
またわけのわからないことを言い出したダヴィットに唖然としてしまう。こいつの思考回路はやっぱり意味不明だ。
「何で俺がダヴィットを好きになるの前提なんだよ」
「それが運命だからだ」
「運命って……俺そういうのよくわかんないけど、そう思う根拠は何なんだ」
占いとかそういう非科学的なことは元々あまり信じられないたちだ。真剣に運命だなどと言われても逆にしらけるだけだった。
「根拠、と問われると確実なものはないが、私が初めてリーヤに会ったとき、結婚するまでを即座に想像することができた」
「………ごめん、ますます意味がわからん。できたから何なんだ? それが理由なのか?」
「決定打は違うが、それだけでも私にとっては初めてのことだった。なのにお前ときたら、他の男なんかにうつつを抜かして、どういうつもりだ。婚儀を遅らせても何の意味もない。むしろ不都合だ。早く覚悟を決めろ、リーヤ」
「……」
本気で苛立ちを感じているらしいダヴィットに詰め寄られ、俺は下手なことが言えなくなった。もうここまできたら結婚はできない、とはっきり言い渡すべきか。それでこの男が納得してくれるとは思えないのだが。
「ダヴィット、俺、好きな人がいるんだ」
「…知ってる」
「今は、その人のことしか考えられない。でもこれから先その人のことを忘れられたとしても、ダヴィットを恋愛対象として好きになることはない」
「……」
「ごめん。でも俺は、ダヴィットとは友達になりたいんだ。それじゃ駄目なのか?」
わかってくれ、と俺を見下ろすダヴィットに必死に訴えかける。すかさずダヴィットが何か言おうとしたが、その前に俺の部屋の扉がノックされた。
「すみません、殿下。時間が…」
外から聞こえてきたのは若干焦り気味のハリエットの声だった。ダヴィットはしかめっ面をして、俺の身体を解放するとすぐにハリエットに「入れ」と言った。
「失礼します、殿下。お邪魔してすみません。ですがお急ぎにならないと…」
「わかっている。もうよい、リーヤとはまた話す」
ハリエットはベッドに寝たままの俺を見て、一瞬驚いたようだったがすぐに視線をダヴィットに戻す。てっきり2人して去っていくのかと思いきや、ダヴィットは何かをハリエットに言い残し1人だけ出て行った。
「さあ、早く起きてカキノーチ。行くわよ」
「え? 俺?」
ようやくもそもそと起き出す俺にハリエットは渋面をつくる。いいからさっさと動けと言わんばかりの冷たい目が俺に突き刺さった。
「朝食を食べている暇はないわ。顔を洗って着替えたら、すぐに部屋から出てきて。ほら、シャキシャキ動いて!」
ハリエットに言われた通り、俺はわけもわからず顔を洗い着替えるだけ着替えて、外へと出された。早足のハリエットにつられて俺の足も自然と早くなる。
「何の用なんだよ、こんな朝っぱらから…」
「あら、もう8時半すぎよ。学校がある日なら遅刻じゃない」
「俺は学校なんか行かないもん。つかハリエットこそ学校はどうしたんだよ」
「今は週2回だけ通ってるの」
「えっ、そんなの許されんの!?」
「テストでいい点さえ取ればね」
「! マジかよ…」
頭がよければ学校行かなくていいとか教育として間違ってるぞ。そういえば俺の出席日数は大丈夫だろうか…。家政婦の鈴木さんには友達の家に泊まりに行くって嘘をついてこっちに来てしまっている。
「カキノーチ、まだ目が半分寝てるわよ。ちゃんと顔は洗った?」
「誰かさんが隣で急かすからきちんとは洗えなかったんだよ」
うるさい小言にすかさず反抗する俺に、ハリエットは気にした様子もなく肩をすくめる。そんな態度の彼女を見て、目的地もわからず歩かされていた俺はつい不満をもらした。
「つか、俺はいったいどこに連れて行かれてんだよ。まさかまたサウナ室じゃないだろうな」
その瞬間、ハリエットの表情が強張ったのを俺は見逃さなかった。この話題はハリエットには禁句だったか。
「そのことなんだけど、実はちょっとした問題があって」
「そのこと?」
「カキノーチ」
張り詰めた糸のようなきりっとした口調。ハリエットは周り見回し人気がないのをを確認してから、俺にとんでもないことを言い出した。
「あなたに協力してほしいの。このままじゃ、殿下の立場が危ないわ」
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