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先憂後楽ブルース
一方的な恋敵


「あ、あんたはさっきの…!」

俺のすぐ後ろにいたのは、今朝方ダヴィットの部屋にいたフォール探題の人だった。彼の燃えるような瞳に睨みつけられ、ついつい身体がすくんでしまう。名前は確か…グレンさんだったか。

「アウトサイダーがこんな場所に何の用だ」

「えっ、いや別に…」

それあんたに関係あんの!? という文句をすんでのところで飲み込む。この人いったいどういうつもりなんだろう。赤の他人といってもいい間柄なのに、変な人だ。

「フィースに会いにきたのか」

「フィースのこと知ってるんですか?」

「質問に質問で返すな。俺はあいつの…」

グレンさんの言葉を最後まで聞くことはできなかった。突然、フィースがいるという部屋の扉がゆっくりと開かれたのだ。ドアの前であれだけ騒がしくしていたら当然だと思うが、中から出てきたのはフィースではなかった。

「あれっ、リーヤさん? …ってグレンさんまで!? お二人とも何なされてるんですか?」

「ノイ!」

俺たちを見上げていたのは、フィースの右腕で船大工のノイだった。相変わらずちっちゃくて可愛い。

「久しぶり、ノイ」

「お久しぶりですリーヤさん! またお会いできて嬉しいです。今日はいったいどのようなご用件で?」

「恋人に会いに来るのに理由がいるのか」

当然ながら、今のは俺の発言ではない。俺の隣で不機嫌面をさらしているグレンさんがノイに冷たく言い放ったのだ。

「恋人!? あなたフィースの恋人なんですか!?」

「そうだ。何か文句でも?」

「…いえ」

鋭い視線をぶつけられ俺は即刻目をそらす。まさかフィースの毒牙が地方にまでのびているとは思わなかった。こんな真面目で冷酷そうな人もフィースにはメロメロになってしまうのだと思うと、改めて彼のフェロモンが恐ろしくなる。

「あの、いま船長は部屋にいませんので、お二人とも部屋でお待ちください」

「ノイ、フィースがいないんだったら俺別の時間でも…」

「船長はトイレに行ってるだけなんですぐに戻りますよ。王子に待ちぼうけをくらわされているようなので、今なら時間がありますし。さあ、どうぞ入って」

グレンさんがいるときは何も言いたくないので出直そう作戦はあえなく失敗した。忙しいフィースを俺の都合で振り回すわけにもいかないので、おとなしくノイに続くとグレンさんも当然のようについてきた。

ノイに誘導され、高そうなソファーに2人並んで腰かける。はっきりいって気まずい。ノイがいてくれたらまだマシだったかもしれないが、彼はフィースを呼びに行くといってそそくさと部屋を出て行ってしまった。

「おい、アウトサイダー」

なんか人種で呼びかけられた。もう俺のことはほっといてくれたらいいのに。

「…なんですか」

「お前のことは知っている。フィースの比較的新しい恋人だろう」

「は!?」

彼は視線だけで人を射殺せそうな目で俺を見ていた。敵対心メラメラだ。初めて会ったとき睨まれた理由がようやくわかった。

「あいつはお前を好きだと言ったかもしれないが、あまりうぬぼれないことだ。あいつの特別はたくさんいる」

「……」

なんだ、この人。フィースのことよくわかってんじゃん。フィースの恋人ってもっと盲目になってるかと思ったが、周りが見えなくなるほど骨抜きにされているわけではないようだ。

「フィースの恋人が何人いるかわかってるんですか。俺にとやかく言う前にそっちをどうにかしたらいいでしょう」

俺に関わるなという意思表示のつもりでわざと冷たく言い放つ。ところが彼は引くどころかさらに挑戦的な視線を寄越した。

「アウトサイダー、お前は最終的に誰がフィースと結婚すると思う」

「へ…? いや、そんなの俺にわかるわけ…」

「考えろ。フィースが自分から誰か1人を選ぶことはまず有り得ない。とすると、どうなる?」

「どうなる、って言われても」

「俺は十中八九、フィースの親が決めると見ている。あいつの恋人の中から、最も高貴な家柄を持つ者と息子を婚約させるはずだ。その点において俺は有利といえる。力ある公爵家の次男、まさにうってつけだ」

「はぁ…。それは良かったですね」

もうすぐフィースに別れを告げる身としては関係ない話だ。この男とフィースが結婚することには違和感しか感じないが、反対する理由もない。

「邪魔になるとすれば、俺と同じ公爵家のテルサ・ファレルかミリア・レイノルズぐらいだが、あそこは王家と懇意だからな。男、ということを除けば俺ほど有力な候補者はいないだろう」

「あの、そういうのってやっぱり女性の方が有利なんですか?」

「当たり前だろう。女は何もしなくても子供が産める」

「……」

まさかとは思うがこの人、自分とフィースの子供を作る気じゃ…いやいやいや、深く考えるのはよそう。

「だが現実問題、俺より圧倒的に地位が高いライバルが1人いる」

「それって、もしかしてダヴィットの妹さん?」

「まさか。あの方は王族だ。レジスタンスのグッド一家と姻戚関係を結ぶなど不可能」

「それじゃあいったい…」

「わからないのか? お前だ、アウトサイダー」

「え」

どういうことだと唖然とする俺が何かを言い返す前に、部屋の扉が開いた。重苦しい雰囲気の部屋に現れたのは、笑顔のフィースと険しい表情のノイだった。

「2人とも、久しぶ…」

「フィース!」

「うおっ」

にこにこしながら歩いてくるフィースに向かって、先手必勝! とばかりにグレンさんが飛びついていく。相も変わらず精悍な体つきのフィースは、バランスを崩しながらもグレンさんをしっかり受け止めた。

「グレン! どうしてここに?」

「今回のフォール探題に選ばれたんだ。ああフィース、死ぬほど会いたかった」

恋人同士の熱い抱擁をかわす2人の横にいる俺とノイの気まずさといったらなかった。ノイは慣れているのか冷めた目で彼らを見ていたが、一応フィースの恋人という立場の俺はリアクションに困った。

「グレンに会えて嬉しいよ。いつの間にリーヤと仲良くな…んっ」

フィースの視線が俺に向けられる寸前、グレンさんがフィースの首に手を回し強引に口づけた。開いた口がふさがらない俺の目の前でディープキスは続く。ノイは顔をそむけ、俺は一気に脱力した。

「…ごめんフィース。俺、帰る」

ようやく終わった長いキスの後、俺はフィースにそう告げドアに向かって歩き出した。すぐにノイに止められそうになったが、俺は彼の制止をやんわり振り払った。

「待てよリーヤ、俺に用事があったんじゃないのか?」

「いや、顔見に来ただけだから。会えて良かったよフィース」

本当は好きな人ができたからと別れを切り出すつもりだったが、今のやりとりを見ていて気が変わった。いちいち律儀に報告するなんてまったくもってアホらしい。誰が好き好んでフラれたことをわざわざ公表するっていうんだ。

別にフィースのことが好きなわけではないが、今のはなんとなくムカついた。なげやり気味にドアを開いた俺は、呼び止める声を無視してその場を後にした。


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