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先憂後楽ブルース
わかってない客人


ダヴィット達に閉め出され自分の部屋でのんびりくつろいでいた俺の元へ、めずらしくお客さんがやってきた。10分ほど自分の部屋で暇な時間を過ごしていた俺だが、ベッドの上でうとうとしていると、ドアが静かにノックされスキンヘッドの警備隊の人に、客人が来たと呼び出されたのだ。


「客人って、いったい誰なんですか?」

客を待たせているという部屋に向かう途中、俺は警備隊の人に訊ねる。彼は無表情のまま淡々と答えてくれた。

「ジーン・クリス・ダラー様です」

「えっ」

彼の口から出た名前に俺は思わず声をあげる。今回、俺はこちらの世界にきたことをジーン達に伝えていない。それなのにどうして俺がきたことを知っているんだ。

警備隊の彼は俺をタワー中央の大きなロビーまでつれていくと、一礼をして立ち去っていった。辺りを見回してみると、壁際の簡素な椅子にジーンが座っていた。

「ジーン!」

声をかけるとジーンは俺が来たことに気づき、嬉しそうに駆け寄ってくる。久々に見ると一段とかっこよく見えるのだから美形の力はすごい。いや、恋の力か?

「リーヤ! 会いたかった!」

「わっ」

駆け寄ってきた勢いのまま抱きつかれ倒れそうになったものの、よろける身体をジーンが優しく支えてくれた。

「ジーン、どうしてここに?」

「リーヤに会いにきたに決まってるだろう。こっちに来てるってわかってびっくりしたんだから。どうして僕の家に来てくれないの?」

「ご、ごめん」

ジーンの手にが腰にまわされ椅子まで誘導される。椅子に座るとなぜかぎゅっと手を握られた。

「僕、ずっとリーヤに会いたかった。いつもならすぐ僕らに会いに来てくれるのに、今回は連絡すらしてくれないなんて」

「…うん、ごめんジーン」

「もしかして、僕のせい?」

「えっ!?」

ものの見事に正確を言い当てられ俺は動揺する。確かに俺が彼の家に行かなかったのはジーンに会いたくなかったからだ。ジーンのことを忘れるには会わないのが一番だと思った。だがそんな理由、ジーンに知られるわけにはいかない。

「違う、ジーンのせいじゃない。俺がジーンを避けるわけないだろ」

「リーヤ…」

ジーンの俺の手を握る力が強くなる。か、顔が近い…!

「良かったー…、僕うじうじしすぎてリーヤに呆れられたのかと思った」

「それは、絶対ないよ。…それよりジーン、どうして俺がここにいることがわかったの? 知ってるはずないよね?」

「情報の早い身内がいるんだ」

したり顔でウインクをするジーンを見て、俺はなんとなく察した。情報源はおそらくエクトルだ。あいつ、まだ性懲りもなく犯罪行為に手を染めているのか。

「ああ、そんな顔しないで。せっかく会いにきたんだ、僕はリーヤの笑った顔が見たい。僕ではリーヤを笑顔にしてあげられないかな?」

「…そういうことは、俺じゃなくて恋人にいった方がいいと思う」

一瞬、愛の言葉を囁かれたのかと錯覚しそうになるほど甘いジーンの態度に、俺は困ってしまう。けれど俺のちょっとした拒絶の態度はジーンにはばっちり伝わってしまった。

「リーヤ、ほんとに僕のこと嫌になってない? ダメなとこがあったら言って。すぐ直すから」

「駄目なとこなんかないよ。ジーンは、今のままでいい」

そう言い切った途端、俺はジーンにぎゅーっと抱きしめられる。俺は胸のドキドキをおさえるために自分の腕で胸を押さえつけた。

「じゃあどうしてすぐ来てくれなかったの? 僕、すごく寂しかった」

「そ、それは─」

「…もしかして、クロエと喧嘩でもした?」

「へ?」

「クロエ、いつもはリーヤリーヤうるさいのに、来たこと伝えても無反応だったから」

「……」

前回、クロエと俺は苦い別れ方をしてしまった。嫌な言い方をすれば、俺はクロエよりもジーンをとってしまった。でもそれはあの状況だったからであって、確かに俺はジーンのことを好いているが、クロエのことも同じくらい好きなのだ。違いは恋愛感情があるか否か、それだけ。

「何があったのかわからないけど、早く仲直りした方がいいよ。クロエの奴、口は悪いけどリーヤのこと本当に好いてるし、どんな酷い言葉だって本気じゃないんだからね」

「…うん」

俺の表情から、ジーンは俺がクロエと喧嘩したから来ないのだと推測したようだ。勝手ながら俺はそれを利用させてもらった。それにクロエと気まずい関係にあるのは事実だ。話し合う必要があるのだろうが、俺はそれを先延ばしにしてしまっている。

「クロエと仲直りする準備ができたらすぐ家に来て、約束だよ」

「わかった」

ジーンは自分の小指と俺の小指を絡ませ指切りげんまんをする。こういうことをされて照れてしまうあたり、まだ俺はジーンが好きで好きでたまらないんだなぁと思う。俺はいつになったら、このジーンへの気持ちを忘れられるのだろうか。

「じゃあ僕、帰るね」

「えっ、もう?」

つい別れを惜しむ言葉を口にしてしまい、俺は唇を噛んだ。ジーンは残念そうな表情をつくり、荷物を抱えて立ち上がる。

「リーヤが来たこと今朝知ったから、これから予定を入れちゃってるんだ。今更ドタキャンなんてできないし」

「誰かと遊びに行くの?」

「うん、合コン」

「ごっ、合コン!?」

ジーンにはあまりに似つかわしくないその響きに俺は絶句する。合コンなんて行くタイプには全然見えない。

「今まではそういう系の誘いは全部断ってきたけど、これからは積極的に参加しようと思って。せっかくの出会いの場は大切にしないと」

「そ、そっか…」

タビサさんのことを諦めるとジーンが言ったあの日から、いつかこんな日が来るのであろうことはわかっていた。けれど実際に本人から聞くと、思っていたよりずっとショックだ。ジーンがどこの誰ともしれない女に取られるなんて、考えるだけでつらい。

「こんな風に前向きでいられるのはリーヤのおかげだよ、リーヤがいなかったら、僕は今もタビサさんのことばかりで周りを見れていなかったかもしれない。…失恋を忘れるには、新しい恋しかないしね」

にこにこと笑うジーンを見ていると良かったと思う反面、余計なことをしてしまったのではないかという利己的な感情も出てくる。だが一度言わないと決めた以上、ジーンを不安にさせるような態度をとるわけにはいかない。

「俺も応援するよ、ジーン。早くいい人見つかるといいね」

「ありがとう、リーヤ。じゃあまた」

「うん、来てくれてありがとう。ジーンも遊んでばっかいないで勉強しろよ」

「わかってるって」

ジーンは帰り際に俺の額に優しくキスをして、小走りで帰っていく。その背中を見送りながら俺は自分の額を手で押さえ、脱力した。


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あきゅろす。
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