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先憂後楽ブルース
フォール探題



「失礼いたします」

ハリエットのきびきびした声と共にダヴィットの部屋に入ると、そこには確かに客人がいた。ダヴィットはいつもの高そうなデスクに腰掛け、その横にはジローさんがひかえている。そして2人の目の前には、黒い髪の背の高いすらりとした男が立っていた。ハリエットの影からちらりと覗いていると、その見知らぬ男がゆっくりとこちらを向いた。

「お前はフラム家の…。…まさか、後ろの方は例のアウトサイダー様ですか」

男はハリエットの後ろに隠れる俺の存在に気がつくと、少し驚いたようにそう言った。彼の顔は日本人そのものだったがその鋭い瞳は燃えるような赤だった。

「まあ、グレンなの? こんなところで会えるなんて! 今日はどうしてここに?」

誰だよお前と言いたくなるような口調でハリエットが男に駆け寄っていく。しかしグレンという名らしい端正な顔立ちの青年は、駆け寄ってきたハリエットの手を冷たく払った。

「俺に触るな、ハリエット。手が汚れる」

「なっ、ひどいわグレン! どうしてそんなこと!」

だからお前誰なんだよと突っ込みたくなるほどの乙女モードで、ハリエットがグレンにはねつけられた手を庇う。彼女にこんな態度を取るなんて、この男はいったい何者なんだ。

「お前のような上っ面だけの女が殿下のお側にいるなど、俺は認めない。誰もがお前に騙されると思うなよ」

「何を言うのグレン、私そんなつもりじゃ…」

「どうだか、貴様の野心は何よりもわかりやすい。自分が成り上がりの小娘だということを忘れるな。いつまでも調子にのっていると痛い目を見るぞ」

ハリエットに辛辣な言葉を浴びせ、彼女の泣きそうな顔を見ても何とも思わないのか表情1つ変わらない。そんな険悪なムードの中、ダヴィットが大袈裟に咳払いをした。

「グレン、仮にも彼女は私の補佐官だ。言葉には気をつけろ」

「ああ、申し訳ございません殿下。ですが俺はいま貴方を取り調べる立場。無礼極まりないことも平気でさせていただきます」

「それとこれとは話が違うだろう」

「確かに、仰るとおり」


グレンはもう一度ダヴィットの方に身体を向けると、丁寧に頭を下げる。高そうなスーツに身を包んだその姿はさながらエリート商社マンだ。

「では、俺はこれで失礼いたします。一週間は騒がしくなるとは思いますが、何卒ご容赦頂きたい」

ダヴィットの険しい表情と同じく、グレンという男は一度も笑顔を見せることなく出て行く。だが彼が俺の前を通るとき、なぜかハリエットに対するそれとは比べものにならないほどきつく睨みつけられた。……なんで?


「うっぜー…」

俺の横に戻ってきたハリエットがグレンがいなくなった途端小さな声で呟く。なんであいつ生きてんの? という恐ろしい罵倒まで聞こえ、やはり先ほどのは演技だったのかと俺は妙に納得した。

「今の人、誰?」

「焔(ホムラ)家の次男、グレン・焔だ」

俺の質問にダヴィットが肘をつきながらうんざりした調子で教えてくれる。だが無論その名に覚えはなく、俺は首をひねるばかりだ。

「府・エスティアーゼを直轄する焔公爵の息子で、立場的には私と似たようなものよ。ま、性格は最悪だけど。今の態度見たでしょう?」

「確かに、ハリエットのことかなり嫌ってるっぽかったよな」

「あの男、普段は検事として働いてるんだけど、昔うちの叔父様が飲酒運転をして捕まって、それを権力でもみ消したのよね。それ以来うちの一族を毛嫌いしてるのよ。私はそのとばっちりをくらってるってわけ」

「へぇ…。ただ単にハリエットの本性見抜いてるだけだったりして」

「違うわよ! 失礼ね!」

そうは言っても先程のグレン・焔のハリエットへの発言はなかなか的を射ていた。それはもうすがすがしいほどに。

「で、そのグレンさんはここで何してたんだろ」

「…殿下、まさかあの男」

何かを察したらしいハリエットにダヴィットが険しい表情で頷く。それを見てハリエットが小さくうめいた。

「なに? どういうこと?」

「奴は今年のフォール探題を任されている。先程のは小手調べというところだろう」

「フォール…短大?」

「馬鹿、そっちのタンダイじゃないわよ。もう1つの方」

あのサウナ室プチ監禁事件以来、ダヴィットの前でもまったく俺に気を使わなくなったハリエットにすました口調で訂正される。もう1つの方っていえば…探題か。

「フォール探題は、不定期にレッドタワーに立ち入り調査し、王家の動向を監査する役職のことよ。だいたい2年に1度くらいの頻度で、位の高い貴族が交代で行っているの。で、今年は焔家の番ってわけ」

「…えっと、それってアレだよな。ダヴィット達が不正な金受け取ってないかーとか、年金着服してないかーとか調べる人達ってことだよな」

「…まあ、だいたいそんなところよ」

「でもそれって失礼なんじゃないのか? 仮にも王族相手にさ」

「こうでもしなければ奴らがうるさいからな。仕方あるまい」

ダヴィットはそう言いながらも表情からは本心でないのがうかがえる。確かに自分の家のことを他人にあれこれ詮索されるのは嫌だ。ましてやダヴィット達ならば何もやましいことはしてないだろうから本当に鬱陶しいだけの制度なのだろう。

「すまないリーヤ。わざわざ私に会いにきてくれたのは嬉しいのだが、私は少々ハリエットに話がある。はずしてくれ」

「えっ、うん。わかった」

出てけと言われればおとなしく出て行くが、その話とやらは俺には聞かせられない話なのか。隠し事をしている風なダヴィットの発言がどうしても引っかかる。

「そうふてくされるな、リーヤ。後でたっぷり相手をしてやるから」

「別にふてくされてはないけど…。あと相手はしなくていいよ」

俺もいい大人だ。ちょっとはみごにされたぐらいでいじけたりなんかしない。ダヴィットはたまにこうやって俺を子供扱いしてくるから困る。

「話が終わったら必ずお前の部屋へ行く。待っていろ」

「そんな気ぃ使わなくてもいいって…。俺にかまう必要ないからさ」

俺はてきとうに返事をして、手をひらひらさせながら部屋から出て行く。俺には内緒の話というのが気になったものの、言いつけに従い素直に自分の部屋へと足を向けた。


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