先憂後楽ブルース
恋愛相談
ジーンへの恋慕をいさぎよく諦めた俺は、一度自分のマンションへ帰った後、冬休みを利用して再びこちらに帰ってきていた。けれど今回はジーンの家には行かず、ずっとタワーの自室にこもりきりでだった。離れていればすぐに忘れられると思っていたのだが、何をしていてもジーンの顔がちらつく毎日が今も続いている。もともと普通に女の子が好きな俺が男を好きになってしまったのだから、これが生半可な感情ではないと自分自身わかっていたはずだった。それでもやっぱり忘れられないのはつらい。この実らない片思いの悩みを誰かに相談したくてたまらなかった。
「で、どうしてそれを私に言うの?」
勇気を出してカミングアウトした相手、綺麗な銀髪をサイドでまとめあげているハリエットは心底迷惑そうな顔で俺を睨みつける。なぜ彼女に打ち明けたのか、答えは簡単。他に話せそうな人がいなかったのだ。あまり思い出したくないことだが、前に俺はなりゆきで彼女の恋愛相談にのったことがある。俺が原因? で残念な結果に終わってしまったが、ハリエットになら今の俺の悩みを話せる気がしたのだ。
「その片思いの相手は誰? クロエ? だったら告白したら一発だと思うけど」
「何でそうなるんだよ。違うよ」
「えっ、クロエじゃないの!? 男って言うからてっきり…。じゃあ一体誰なのよ」
「…ごめん、それは内緒の方向で」
「ふーん、まあ無理には聞かないけど。ならとっとと告白すれば? あ、そろった」
「だから告白は無理だって言ったじゃん。ああっ、それ俺も覚えてたのに」
ちなみに本当にどうでもいいことだが、俺達はいま神経衰弱の真っ最中だ。やったことないというわりにハリエットは強かった。まぁ俺もルールを知ってる程度のレベルだが。
「人には告白させといて自分は言わないってどうよ。しかも理由が望みないからとか、ただのいくじなしじゃない」
「うっ…」
ごもっとも。ハリエットの言うとおりだ。けれどわかってはいても、行動に移せないことなんて人生にはたくさんある。
「で、どんな人なの」
「え」
「それぐらい訊いたっていいでしょう。その人のどこが好きなの? どんな人?」
質問責めにする割にはなぜか口調は冷静で事務的だった。しかしその内容は俺を動揺させるには十分だ。
「一言でいって…」
「うん」
「……物凄く、可愛い」
「可愛い? 男なのに?」
怪訝そうなハリエットに俺は赤面しつつ頷く。覚えていたカードの位置は全部どこかへ吹っ飛んだ。
「あー、なるほどそっち系ね。でもカキノーチの知り合いにそんな可愛い男の子いた? あっ、まさかあの女装好きのイルカ・カマリーじゃないでしょうね」
「違うよ! 恐ろしいこと言うなって!」
「ならいいけど。私、ああいうチャラチャラしたタイプ苦手なのよね」
なんかこれと似たようなことをイルもハリエットに対して言っていたような気がする。もしかして犬猿の仲だったのはクロエとハリエットではなく、イルとハリエットなのか?
「それにしても、このことを殿下が知ったら何て言うか…。カキノーチのことあんなに好いてるのに、私慰められる自身ないわよ。俺には好きな人がいるからって、もう早めにカキノーチから断った方がいいんじゃない?」
ダヴィットの話が出て俺のトランプをつかむ手が一瞬震えた。それはジーンを好きになる前から常々思っていたことだ。というか、すでに断ってはいるんだが。
「実は俺、一応ダヴィットに好きな人ができたことは伝えたんだけど」
「…わーお」
大げさに目を大きく見開き、肩をすくめてみせるハリエット。どうやら好奇心がそそられたようだ。
「でも反応すっごく薄かった。『付き合ってるのか』って訊かれて片思いだって答えたら、『なら問題ない』だって…。そういうもんなの?」
リアクションの大きさなら今のハリエットの方が勝っていたぐらいだ。正直、これでもうダヴィットは俺のことを諦めて普通の友達になれるかもしれないという期待を持っていたのだが、そう甘くはなかった。
「どうかしら。でも殿下、最近ちょっとピリピリしてたわよ。きっとそれが原因ね」
「ほんとに?」
「まあ、あんまり一緒にいないからわかんないけど」
ハリエットの淡々とした言葉に俺は首を傾げる。彼女は俺と話しながら器用に同じ柄のカードを着実にそろえていた。脳味噌が2つあるんじゃないかと疑いそうになるほど正確に記憶している。
「一緒にいないって、ハリエットはダヴィットの秘書的な感じじゃないの?」
「そうだけど、殿下があんまり側にいさせてくれないの。今日だってカキノーチの相手押し付けられてるし」
「あ、これ嫌々だったんだ…」
「そうでもないわ。殿下ってとてもいい方だし尊敬もしてるけど、あまり人を寄せ付けないようにしてるのよね。誰にでも礼儀正しいんだけど、一線引いてるっていうか。ジローさんにクリスさん、あとグッド・ジュニアとカキノーチとか、心開いてるように見える人も結構いるけど」
「そうなのか? 俺にはよくわかんないなぁ」
「だってあの人、着替えやら給仕やら身の回りの世話全部ジローさんにやらせてるのよ? そんなの普通ありえないでしょ!」
「ああ、それは俺も思ってた」
とその時、ハリエットが胸元に入れていた携帯電話をおもむろに取り出し、その小刻みに揺れている近未来的な携帯の画面を確認しだした。するとみるみるうちにハリエットの額に皺が刻み込まれていく。
「どうしたの? 何かあった?」
「殿下からのお呼びだしよ。殿下の執務室にお客様らしいわ。私なんかをわざわざ呼び出さなきゃいけないってことは、公式でしかもかなり重要人物だと思う。でも変ね…、普通大事な客人が来るなら何日も前から連絡があるはずなのに」
「へぇ…、誰なんだろ。気になるな」
「あら、だったらカキノーチも行く?」
「えっ、いいの!?」
「その権利はあるわ。ここに1人でいても暇でしょう。負けるだけのゲームを続ける意味もないでしょうし」
「どーせ俺は集中力も記憶力もないですよ…」
ハリエットが椅子から立ち上がり、俺もそれに続く。途中で終わらせたトランプ達を机に残して、俺達はダヴィットのもとへ向かった。
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