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先憂後楽ブルース
片思いは



自分の気持ちの整理がどうしてもつきそうになかった俺は、頭の中がごちゃごちゃになったままジーンを探すため家から飛び出した。今からではジーンの居場所などわからないだろうと諦めかけていたが、予想に反してジーンは玄関の扉のすぐ横にうずくまっていた。


「…なにしてんの、ジーン」

膝に顔をうずめていたジーンがゆっくりと俺を見上げる。にこっと笑いかけられて、先ほど自分の気持ちを自覚したばかりの俺はそれだけで息が止まりそうだった。

「リーヤを待ってた」

「えっ、なんで?」

「リーヤなら、追いかけてきてくれるかなと思って」

そう言って立ち上がったジーンは俺の鼻をぎゅっとつまむ。してやったり、という彼の顔に俺は首を傾げた。

「どうして俺が追いかけるって…」

「失恋して落ち込んでる僕を慰めにきてくれたんじゃないの?」

彼のどこか茶化すような口調が気になったが、ジーンの額が俺の肩に乗せられ訊きたいことは全部吹っ飛んでしまう。なんだこいつ、わざとなのか。可愛すぎんだよ、この野郎。

「いま、すっごくリーヤに慰められたい。駄目?」

「だめ、じゃない…」

俺がジーンの背中に手をまわすと、ジーンも俺の身体をそっと抱きしめてきた。どうしよう、どうしよう! 俺、やっぱりジーンが好きだ。本人を目の前にすると改めてそう思う。心臓なんて今にも爆発しそうなくらいだ。

「…ジーン、どうしてあんなこと言ったんだ」

俺の口から出てきたのは慰めとは程遠い言葉だった。けれど俺はああいうことができたジーンをすごいと思う反面、いつか後悔するんじゃないかと心配だったのだ。

「いい加減、諦めなきゃいけないってずっと前からわかってたんだ。あれは僕なりの決別で、ただのきっかけづくりだよ。…やっと、吹っ切れそうだったから」

諦めなきゃいけない? 吹っ切れそう? ジーンは俺の知らないうちに、ずっと抱えてきた気持ちを手放す覚悟をしていたのか。しかし彼はいつそれを決心したのだろう。まさかあの山登りの効果だとでもいうのだろうか。

そう悶々と考えていると、俺を抱きしめるジーンの力が強くなった。彼にとっては何気ないことでも、俺には違う。もう羞恥も悦びもいっぱいいっぱいだ。

「リーヤがいてくれて良かった。ありがとう」

そのジーンのお礼の言葉が、俺はもう嬉しくて嬉しくて涙が出るかと思った。有頂天とはこういうことをいうのか。もう今なら何でもできそうな気さえする。ジーンに俺の気持ちを伝えることだって──

「ジーン!」

「ん?」

「俺、ジーンのこと…」


と、俺が勢いに任せて一世一大の告白をしようとしていたまさにその時、ドラマみたいなタイミングの悪さで邪魔が入った。すぐ横の玄関の扉が突然開き、中からタビサさんと彼女に引きずられたラスティさんが出てきたのだ。

「あれ。2人とも、そんなとこで何やってるの?」

「タ、タビサさんこそどうして……」

抱き合ったままだった俺達は慌てて距離を取り、笑顔を取り繕う。幸い、不自然に密着していたことに対して突っ込みを入れられることはなかった。

「私達は今からデート! ラスが明日から仕事入ってるって言うから、今日しかないと思って」

「えっ、もう帰っちゃうんですか?」

「うん、2人で出かけられることなんてめったにないし。行けるときに行かなきゃね」

ふとタビサさんの手元を見ると自分とラスティさんの2人分の荷物が抱えられている。彼女はもう一方の手で捕まえていたラスティさんから手を放すと、いきなりジーンの頭をつかみ頬にキスをした。

「ジーン、色々ありがとっ。あなたってやっぱり男前!」

「なっ…」

な、何してんだこの人! なんて羨ましいことを…!
キスをされたジーンは思いっきり硬直してしまっている。まあそれは俺にもいえることだが。

「また遊びに来るから! クロエにもよろしく言っといてね! アディオス!」

そうやってあっさり別れを告げたタビサさんは、ラスティさんを半ば引きずりながらスタスタと歩いていく。嵐のようにやってきて嵐のように去っていくタビサさんの背中を、俺とジーンは言葉もなく見送った。


「な、なんかすごい人だったな…」

横にいるジーンに同意を求めると、彼の顔が赤く火照っていて俺は言葉を失った。原因は言うまでもない、先ほどのタビサさんからのキスだ。

吹っ切れそう、だなんて嘘もいいとこだ。何年も諦められなかった気持ちを昨日今日で忘れられるはずがない。ジーンはまだタビサさんが好きなのだ。わかりきっていたことなのに、俺はどうしてこんなにつらいんだろう。

「本当にいいの? ジーン。言わないままで…」

「うん、いい」

迷わず即答したジーンに俺は言いようのない不満を覚える。だって、そんなんじゃいつまでたっても気持ちの整理なんてつかないんじゃないだろうか。

「何でなんだよジーン! まだ諦めきれてないんだろ? だったらいっそ──」

「だって仕方ないだろ! 言ったところで受け入れてもらえる可能性なんかないんだから!」

いつもなら直情的に大声を出したりしないジーンに怒鳴られ、俺ははっとする。自分は何を言ってるんだ。ジーンに、何を言わせる気だ。

「仮に1パーセント、いや2パーセントあったとしても、そんなの可能性がないのと同じだよ。迷惑にしかならない気持ちなら、言わない方がマシだ」

「……ごめん」

俺は最低な奴だ。ジーンがまだタビサさんのこと好きだと知って、早く吹っ切れて欲しくて告白させようとするなんて。ジーンがどれだけ傷つくかなんて考えもしないで。

「謝らないで、リーヤが悪いんじゃないよ。僕のために言ってくれてるんだってわかってるから」

「……ジーン」

「まだ諦められそうにないけど、こんな穏やかな気持ちであの2人を見送れたのは初めてなんだ。だから、もう終わりにしようと思う。絶対に伝えない、だからこの気持ちは一生忘れない。それで、いいんだ」

そう言ったジーンの表情は寂寥感を漂わせながらもどこか晴れやかで、自分の感情の落ち着く場所を見つけたようだった。
ジーンは心を決めた。だったら、俺は──?

「いつか時が解決してくれるのを待つよ。今まではあの人しか見えてなかったけど、これからは積極的に出会いを探してみようと思う。案外早く、素敵な彼女ができるかもしれないしね」

暗い顔をしたままだった俺に気づいたジーンは、わざと明るい口調でそんなことを言った。けれどそんなジーンの言葉に、俺は現実を思い知らされる。
そう、ジーンは女しか好きにならない。これもわかりきっていたことだ。でも俺はそんなこと関係ないと思っていた。ついさっきまでは。


「そういえばリーヤ、さっき何言いかけてたの?」

「えっ」

「僕に何か言おうとしてただろう」

「……」

よくそんなこと覚えてたなと頭の隅で思いながら、俺は必死に考えていた。多分、今が決断の時なのだ。ここで自分の気持ちを伝えられなければ、これから先、一生告白なんてできない。そして後悔する。当然だ。
でも言ったところでどうなる。性別という分厚い壁を越えて、ジーンは俺を好きになってくれるだろうか。──ああ、なにを馬鹿げたことを。俺のどこにそんな魅力があるっていうんだ。夢を見るのも大概にしろって話だ。

迷惑にしかならない気持ちならいらない。ほんと…その通りだな、ジーン。


「……いいや。なんでもないよ」


他人に偉そうな口をきいておきながら、自分は何もできない。弱虫で意気地のない俺は、やっと自覚したその想いに、そっと蓋をした。

第4話 完

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あきゅろす。
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