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先憂後楽ブルース
足音もなく


固い地面の上で身を寄せ合って眠った俺達は、野宿をした割には気持ちよく目覚めることができた。水やお茶をたくさん持ってきておいて良かった。少なくとも喉の乾きで苦しむことはない。

「ねえリーヤ、せっかくここまで登ったんだから、やっぱり頂上まで行ってみない?」

一通り帰る身仕度をし終えたジーンがそんな提案をしてくる。昨日あれだけ怯えていた男の発言とは思えない。彼にどんな心境の変化があったのだろうか。

「本気かよジーン。早く下山した方がよくないか? また熊に会わないとも限らないんだぞ」

「大丈夫だよ。本当にもうすぐそこだろうし」

そういって山の頂上あたりを見上げるジーン。ひょっとすると彼は純粋に山頂まで登ってみたいと思っているのかもしれない。

「…わかった。ジーンが行きたいっていうなら」

「行きたい!」

ジーンの笑顔に促され俺も登山意欲がわいてくる。リュックを担いだ俺達は、再び上へと目指すことに決めた。










山頂には、30分もしないうちに到着することができた。俺達は本当にあと少しのところで熊と遭遇してしまったらしい。
てっぺんは見晴らし台のように盛り上がって小高い丘になっており、辺りの景色が一望できる。当然ながら俺達の他に人の姿はない。

「うわあ…!」

ここから見える景観に心奪われていたのは俺よりもジーンの方だった。彼は草村の上を駆け抜け、一番見晴らしのよさそうな場所で思いっきり背伸びをする。

「リーヤすごい! ここ下がよく見えるよ!」

「ジーン、あんまり乗り出しすぎて落ちるなよ」

小さな子供のように無邪気に喜ぶジーンを見ていると、微笑ましくなると同時に少し心配になる。子を想う親の心境に近いだろうか。

「でも、この世界の人はしょっちゅう飛び回ってるんだから、こんな景色見飽きてるんじゃないのか」

「車に乗ってる時とはやっぱり違うよー。それに運転中は景色を楽しんでる余裕なんてないしね」

「ふーん…」

興奮気味に自分の気持ちを伝えようとしてくるジーンに、俺も山頂の心地よい風をその身に受けながら彼と同じように都市全体を見渡す。タワーで見ていたときにも感じたことだが、ここはずいぶんと殺風景な場所だ。一面に広がる砂地というのも悪くはないが、あまり俺の趣味ではない。
それでも、ジーンが喜んでくれたなら俺は満足だった。ここに到着するまで色々あったが、今は彼が目の前で楽しそうに笑ってくれている。それが俺にとってはなによりの朗報だ。

「僕たち、こんなところまで自分の足で登ってきたんだよね。そう考えるとなんかすごくない?」

「…うん、そうだね」

背負っていた荷物を地面におろし、ジーンの一挙一動を可愛く思いながら曖昧に返事を返す。俺の心の中を読み取ったのかやけに不満げな顔をされた。

「なんでそんな風に笑うんだよ」

「ははっ」

いちいちテンションを上げて感動するジーンを見ていると無意識に顔がにやけてしまう。普段の彼とはまるで別人のような、無邪気で含みのない表情。おそらくこれが彼の素なのだろう。ジーンが俺に素直に接してくれるようになって本当に嬉しかった。

「ジーン、高い場所にきたらこれをやらなきゃ」

これ以上ない程に浮かれきっていた俺は手をメガホン代わりにしながら深く息を吸い込み、定番中の定番である言葉を思いっきり叫んだ。

「やっほー!!」

俺の横にいたジーンの肩がビクリと跳ねる。突然叫びだした俺に驚いたようだ。

「えっ、ど、どうしたのリーヤ。知り合いでもいた?」

「アホか。いたとしてこんなとこから見えるかよ」

この世界に高い場所から叫ぶ習慣はないのか。…ないんだろうな。でなければジーンがこんな風にしどろもどろになっているはずがない。

「山頂ではこう叫ぶのがセオリーなの。そんな不審者の扱いに困ってるような顔すんなよ」

「あっ、そうなんだ。『やっほー』って、なんだか可愛いね。誰に向かって言ってるの?」

「いや、誰にとかってのはないけど。つーか別に決まりじゃないし、何て言ってもいいんだけどね」

「へぇ……」

しばらくの間、なにやら考え込んでいたジーンだが、やがて俺と同じように手を構えて大きな声で力一杯叫んだ。


「大好きだー!!」

「……え」

その後も、がむしゃらに好きだ好きだと叫ぶジーンを見て俺は唖然とするしかない。失恋した時『××のバカヤロー!』なんて怒りと悲しみを吐き出したりする人もいるが、無論ジーンがそんな暴言を吐くことはなかった。むしろジーンの叫びはその逆。今まで長い間ずっと押し隠してきたであろう彼の大切な恋心だった。

一通り叫び続けて満足したのか、やけに清々しい表情で口を閉じるジーン。ずっと自分の胸の中にしまいっぱなしだった想いだ。こんなに堂々と主張したことなどなかったのだろう。

「こんな姿、誰にも見られたくないなぁ」

「…俺、ばっちり見ちゃったけど」

自嘲気味に笑うジーンに一応伝えておくと、彼は自分の肩の荷をおろし俺を優しい目で見つめる。リーヤはいいんだよ、と言外に伝えられているようで俺はなんだか気恥ずかしくなってしまった。

「ジーンに好きになってもらえた人は、きっと死ぬほど幸せだね」

漠然と思ったことがするすると口に出てジーンが目を見開く。彼の青い瞳がより一層綺麗に見えた。

「そう、かな…」

「そうだよ」

ひたすら溜めてきた恋心を今ようやく吐露できて、ふっきれた様子を見せながらも、ジーンはどこか寂しげではあった。けして割り切れない気持ちが彼の中にあることは明白だ。


「ジーンも絶対幸せになるよ。これから、もっと」

「……うん、」

ジーンにはどうか早く幸せになってほしい。他の人の何倍も重いであろう恋の苦しみから、すぐにでも彼を解放してやりたい。そんな願いを込めて彼の手を握る。熱を持つその指先から、俺の気持ちが届くように祈りながら。


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あきゅろす。
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