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先憂後楽ブルース
恋は溶けないまま


2人並んで夕飯代わりのお菓子を食べている間も、ジーンは俺に怪我させてしまったことをしきりに気にしていた。俺が何度大丈夫だといっても納得してくれない。それはもうこちらがうんざりする程に。

「リーヤ、どこか痛むところはない? ああ、救急セットも持ってくれば良かった」

「俺なら平気だって。女じゃないんだから、そんな気にしなくてもいいよ」

少しきつめにジーンの気づかいをはねつけると、彼はさらに落ち込んでしまう。言い過ぎたか、と一瞬後悔したが過保護すぎるのも困りものだ。

「だって僕の方が2つも年上なのに、リーヤに怪我させちゃったのが申し訳なくて…」

「別にジーンのせいじゃないし、2つしか変わんないだろ! だいたいそれを言うなら、殆ど強引にジーンを連れてきた俺にも否はあるじゃんか」

「リーヤは悪くないよ。僕がタビサさんを避けてたから、気を使ってくれたんだろう?」

ありがとうの意味を込めてか、俺に小さく笑みを見せるジーン。俺はその小動物のような表情を見て無性に頭を撫でてやりたくなった。

「今までタビサさんが来るたび、あんな感じだったの?」

「…極力顔は合わせないようにしてた。家に一緒に住んでたときが一番つらかったよ。別々に暮らしはじめても、気持ちは変わらなかったけど」

「確かジーン、自分の義理のお母さんだってわかる前から、タビサさんのこと知ってたって言ってたよな」

「うん。初めて会ったのは母さんが亡くなったばっかの頃で、毎日家で1人だったから、タビサさんが働いてる図書館に通ってたんだ。あの人は僕の知るどんな女の人よりも綺麗で優しくて、一緒に話してるだけで幸せだった」

「…………念のために訊くけど、ジーンってそのとき小学生だよな?」

「そうだよ。だから初恋」

なんてマセガキだ、と俺は思わず突っ込みそうになる。だが小学生の頃からずっと一途に思い続けているぐらいなのだから、もっとドラマみたいな出来事があったのかと思っていたが、話を聞いた限りでは殆ど一目惚れに近いのではないだろうか。18にもなって初めての恋を貫き通している人なんて、ジーン以外には誰もいない気がする。いくら好きでも、片思いなんていずれ冷めてしまうものだと思うのだが。

「他の子のことは気にならなかったの? ジーンなら告白だってされたことあるだろ」

「うん…でもまだ、タビサさんが好きだったから」

「それは…すごいな」

その俺には到底持ちえない感性に率直な感想を言っただけのつもりだったが、それを聞いたジーンを激しく落ち込ませしまった。

「やっぱり、おかしいよね。とっくに諦めてなきゃいけないのに、いつまでも忘れられないなんて」

膝に顔をうずめて肩を落としていたジーンを見て俺はまたしても胸が苦しくなる。もし俺がタビサさんの立場なら、こんな格好良くて優しい男にここまで惚れられたら、コロッと落ちてしまいそうなのにな。

「一度好きになった人を、どうして皆そんな簡単に諦められるのかな。たとえ自分を好きになってもらえなかったとしても、すぐ他の人に心変わりなんてできないよ」

小さくて聞き取りづらい声ではあったが、ジーンの言葉には考えさせられるものがあった。俺も2回ほど好きな子に告白して、どちらも弟に持っていかれてしまうという辛い経験をしたことがある。その時は死ぬほど落ち込んだりもしたが、一週間もたたないうちに立ち直っていたように思う。1ヶ月もすればその子に対する恋心は殆ど薄れていた。そう考えると自分は結構ドライな人間なのかもしれないと思うが、そういう男はごまんといるはずだ。本気の恋だったのかと訊かれると、それはそれではっきり答えることもできない。

「でも高校生の恋愛なんて、普通そんなもんだろ…」

「………そう、だよね」

言い訳のような俺の独り言にジーンが肩を落とす。人と違うことに苦しんでいるのか、まさかまた自分がストーカーのようだなどと考えているのか。ああ、俺の余計な一言でジーンの表情は暗くさせてしまった。

「でもさ、それだけジーンがタビサさんのこと好きだったってことだよな。小さい時の恋なんて、普通は嫌でも忘れちゃうよ」

「タビサさんとのことは1つも忘れられない。あの人と仲のいい子供は多かったけど、僕のことは特別気にかけてくれていたし」

照れくさそうだったジーンの表情が一瞬陰る。何か嫌なことを思い出してしまったようだ。

「でも、僕にだけ特別優しかったのも、特別厳しかったのも、僕が義理の息子だからだったって、それを知ったときが一番ショックだった。タビサさんに家族がいるのは知ってたけど、ラスティさんとはあまり仲が良くないみたいだったし、いつか自分が大きくなったらタビサさんにプロポーズして、一生幸せにしてあげようと思ってたから」

「……」

子供がいることを知っててなお、横から奪ってやろうなどと考える小学生にびっくりしていた俺だが、ジーンの横顔は真剣そのものだった。俺がそれぐらいの年齢のときは異性というものを意識したことのないノンキなガキンチョだった気がする。それだけジーンが精神的に成熟していたということか。
一見普通に見えたジーンも変わった感性を持っていたことに驚いていると、彼が前を見据えて、小さく、でもはっきりと呟いた。

「そうだね…たぶん僕は、義理の親子のつながりなんてどうでもよくなるぐらいには、タビサさんのことが好きだったんだと思う」

その声があまりに切なく痛切で、俺はようやく悟った。結局俺が何をしようとも、ジーンの気持ちを変えてやることはできないのだ。とても悲しいことではあるが、自分自身で踏ん切りをつけない限り、ジーンはずっとタビサさんに捕らわれたままなのだろう。


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