先憂後楽ブルース
どんくさい男2人
混濁する意識の中、俺はやけにリアルな夢を見ていた。真っ逆様に落ちていったジーンが、頭から血を流して目を覚まさない悪夢だ。俺はなんどもなんどもジーンに呼びかけて、だんだんと熱を失っていく身体にすがりついた。心の片隅でこれは夢なのだと理解していたけれど、ジーンの悲惨な姿は目に焼き付いて離れなかった。
「…ヤ! リーヤ!」
激しい揺さぶりに、一瞬で悪夢から現実へと引き戻される。目を開けた先に待っていたのは、涙を滲ませながら俺を心配そうに見つめるジーンの姿だった。俺の意識が戻ったことに気がついたジーンは、安堵の表情と共に俺の身体をきつく抱きしめた。
「リーヤ! ああ、良かった!」
「ジーン…? なに、ここ…」
俺は確かジーンと山登りをしていて、そして共に崖から落ちたはずだ。でもジーンも俺もこうやって生きてる。奇跡というやつか。とりあえずジーンが無事で良かった。だが登っていたときは昼だったはずなのに、辺りはすでに真っ暗になっている。どれくらい気を失っていたのだろう。
「リーヤ、本当にごめん! 僕のせいで…。どこか痛む?」
「んー…」
自分の身体を改めて確認すると、すり傷や軽い打撲はあるものの身体はすべて正常に動く。俺はジーンを安心させるためその場で立ち上がって腕をぐるぐると回した。
「平気、と思う。ジーンは?」
「僕はリーヤがかばってくれたから…」
よほど心配なのかジーンは俺の身体を1つ1つ確認して、傷を見つけるたび顔をしかめていた。かすり傷なのだから、そんなに気にすることないのにな。
「たぶん、あそこから落ちたんだ。僕が気絶なんかしたせいだよな。…ごめん」
「別にいいよ。ジーンに怪我がなくて良かった」
俺達が落ちたという舗装された道は意外とすぐ近くにあった。その気になれば簡単に元のルートに戻れる。あそこから落ちてもよっぽどのことがない限り死なないだろう。ほとんど怪我のない状態で助かったのは奇跡でもなんでもなかったようだ。
「つーか俺どれくらいぶっ倒れてた? もう真っ暗じゃん」
「僕もたったいま目が覚めたとこなんだ。えっと、時間確認するよ」
ジーンがそういってポケットの中から携帯を取り出し、画面を開けた途端、光が溢れ出してくる。どうやら落ちた衝撃で壊れたりはしていないようだ。
「午後8時48分」
「うわ、完全に夜だな。ってジーン、なにその顔」
「いや、すごい着信数があるから…」
「着信? 誰から?」
「ほとんどクロエ。カマとゼゼからもあるけど」
「…あちゃー」
日が暮れるまでには帰れるとゼゼにおしえていたのだから、心配して電話をしてくるのは当然だ。うなだれる俺の横でジーンは慌てて電話をかけていた。
「……あっ、もしもしゼゼ? うん、ごめん。大丈夫。…ちょっと色々あって。リーヤもいるよ。かわろうか?」
ジーンに携帯を差し出され、俺はすぐさまそれを耳にあてる。途端にゼゼの泣きそうな声が聞こえてきた。
『リーヤぁ! だいじょうぶデスか!? なにがあったん…あっ』
『おいリーヤてめぇ! 何で帰ってこねえんだよ! 兄貴と何してんだ!』
受話器を取り上げられたのか、ゼゼの声が途中からクロエに変わった。心配してくれるのは嬉しいが、同時にかなりお怒りのご様子だ。
「ごめんクロエ。俺達まだ山にいるんだけど、途中で熊にあっちゃってさ」
『は!? 熊!?』
「そう熊。そんで逃げようとしたときに2人して足踏み外して気絶して、いま目が覚めたとこなんだよ」
『んだよそれ、どんくせぇ!』
「うん…ほんとそうだよな…」
改めて人に説明してみると、自分で自分のドジっぷりにびっくりだ。まあ、熊に襲われなかっただけよしとしておこう。
『怪我はねぇのか』
「俺もジーンも無事だよ」
『じゃあとっとと帰ってこい』
「真夜中に下山なんかできるわけないだろ。街頭もないんだぞ」
『なら迎えにいく』
「アホか! 夜が明けたらちゃんと帰るから、絶対来るなよ」
『………』
「来るなよ」
『………わかってるよ、クソっ』
クロエを無理やり納得させた後、俺はこちらを不安そうにうかがうジーンに携帯を返した。俺がクロエと話している間かなり落ち込んでいたジーンだったが、携帯を受け取った後は落ち着いた様子でゼゼやカマに事情を説明していた。どうやらゼゼはもう少しで警察に捜索願いを出すところだったようだ。
ジーンが電話を終えた後、俺はリュックから用意していたレジャーシートと雨具を取り出し、その場に即席の寝具をつくった。お世辞にも寝心地が良さそうとはいえない出来映えだったが。
「タオルを枕にすれば結構寝られると思うんだけど、どう?」
「十分だよ! こんな大きなシート持ってきてるなんて、リーヤ準備いいなぁ」
「この大きさしかなかったしな。そんなに寒くないから防寒着とかの問題はないだろうけど……」
「けど?」
「………お腹すいた」
まだ手をつけていない弁当ならあるが、腐ってるかもしれないものを食べることには抵抗がある。餓死寸前ならいざしらず、この状況ではホイホイ口にしない方が得策だろう。ああ、せっかく早起きして作ったお弁当だったのに。まあ弁当の中身の半分以上がゼゼの手によるものだが。本当に申し訳ない。
「だったらリーヤ、これ」
「なに?」
ジーンが自分のリュックをさぐっていたかと思うと、中から色んなお菓子を取り出している。そしてそれをジーンは満面の笑みで俺に差し出した。
「寝る前に腹ごしらえしようよ」
「おおっ、さすがジーン」
スナックやクッキーなど、遠足に行く小学生でもそこまで持ってこないだろうというほどの大量のお菓子。俺よりよっぽど準備がいいジーンに感心しつつ、俺はシートの上に腰掛けスナック菓子の袋を開けた。
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