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先憂後楽ブルース
どっちが上?


コンコンという音につられて振り向くと、デカいスクーターに乗った大男がこのワゴン車の窓を叩いているところだった。俺は再びジーンに頼み、急いでサンルーフを開けてもらった。

「フィース!」

彼は奇抜なデザインのスクーターをジーンの車に器用に横付けする。前方のタワー付近ではレジスタンスが行われていたが、こちらへの熱のこもった視線をビシビシ感じた。

「やあ、フィース。今日はまた一段とかっこいいね」

「ジーン!」

運転席からが手を振る親友にフィースが反応する。その姿が大好きな飼い主を見つけた大型犬みたいで、俺は思わず笑ってしまった。けれどその後続いたジーンの声は、予想以上に厳しいものだった。

「フィース、始業式から学校行ってないんだって?」

「うっ…。だってこの時期学校行ったって、3年全然いねーじゃん」

「そんなこと言って、卒業できなかったらどうするの。僕だって、今は人に教えられる余裕なんかないんだからね」

「わ、わかったよ。ちゃんと行くからさ…」

だからもう怒らないで! とばかりに無理やり会話を打ち切るフィース。さっきまでの元気いっぱいの姿とは打って変わって、かわいそうになるくらいうなだれてしまっていた。

「なんだよフィース、学校サボってんの?」

俺はいたって普通に訊ねたつもりなのに、フィースはまた怒られると思ったのか、俺を見つめながら身構えた。

「…明日は行くつもりだったんだよ! それに、ジーンだって休んでるし」

「僕は休んでも試験パスできるからいいの!」

運転席からジーンの怒鳴り声が飛ぶ。確か前に、サボってばかりだったクロエが試験で高得点をとり留年を免れたという話を聞いたことがある。この世界では出席日数よりも、テストの点数を重視しているのだろうか。

「フィース、そんな落ち込むなって。ジーンはフィースのこと心配して言ってるんだしさ」

「リーヤ…」

今のフォローがよほど効いたのか、上目遣いのフィースにキラキラした目で見上げられる。…うわ、ヤバいぞ。また絆されでもしたらシャレにならん。

「俺、リーヤを迎えに来たんだ」

「えっ、何で?」

「前に船に乗せるって約束しただろ」

「あ…」

思わぬフィースの申し出に、俺は不覚にもときめいてしまった。だってまさか、あのときの約束を覚えていてくれていたなんて。どうしよう、すごく嬉しい。

「ほらリーヤ、こっちに」

気づいたときには、俺は目の前に差し出された大きな手に右手を添えていた。だがフィースはあろうことか断りもなしに、その手に口づけてきた。

「な、ななななっ」

「しっかりつかまれ、落ちないように気をつけろよ」

動揺しまくる俺の腰に手をまわし、持ち上げるようにして引き寄せてくる。けれどあと少しで車から足が離れるというとき、黒い何かがものすごい速さで突進してきた。

「ふざけんなよてめぇええ!!」

「ひいっ」

突然、俺とフィースの間に振り下ろされたバカでかい黒光りの金属バット。そしてそれを今ブンブン振り回しているのは、バイクに不安定な体勢でまたがり青筋を立てているクロエだ。…今日は武器が銃じゃないのか。良かったような、悪かったような。

「うちのメンバーを拉致ろうなんざ、テメェ、一体どういうつもりだ」

「拉致?」

どちらかというと自主的にフィースに身を任せようとしていた俺は、クロエの物騒な表現に驚く。まあ確かに、レジスタンス中に敵チームの船に乗るのはおかしいよな。

「気安くベタベタさわってんじゃねえよ、デカブツ。そいつは俺の…」

「お前の? お前の何なんだっていうんだ?」

拳をかまえ戦闘態勢に入るフィースに、口元に微笑を浮かべたクロエは胸を張って自信満々に答えた。


「こいつは俺の一番の友達だ!」


「……」

暫時、俺とフィースは言葉を失う。しばらく呆けた顔をしていたフィースだが、再び俺の手をとると得意げな顔をクロエに向けた。

「はっ…、勝ったな。俺は正真正銘、リーヤの恋人だ」

「こ、恋人だとぉ? 確か前も婚約者だとかふざけたことを…。……つか、それって友達とどっちが上だ?」

「そりゃあ断然、恋人だろう」

「なに!?」

「どうだ、まいったか」

ふんぞり返るフィースと、なぜかショックを受けているらしいクロエ。2人ともアホ丸出しだ。しかもツッコミが不在。いや、この場合俺が突っ込むべきなのか?

「はぁ……」

お互い敵対心をメラメラと燃やすフィースとクロエを見て、俺のモチベーションがどんどん下がっていく。考えるのも馬鹿らしくなった俺は、言い合いを続ける2人を残し、こっそり車の中に戻っていった。






クロエとフィースの喧嘩がいよいよ本格的なものになりそうになったとき、ちょうどレジスタンス終了のアナウンスが入った。金属バットでフィースの顔を潰そうとしていたクロエをイルが蹴りで食い止め、なんとかその場をおさめることができた。だが肝心のレジスタンスの結果は、それはそれはひどいものだった。重要な戦力であるクロエはレジの時間をほとんどフィースとの口喧嘩で使い果たし、イルはイルでずっとフィースの顔にうっとり見惚れていたのだから、これでいい結果がでるわけがない。だが今日はどこのチームも似たり寄ったりで、ぶっちぎりの1位だったフィースのチーム以外はどんぐりの背比べ状態だった。そのフィースはレジの終わりに、船に乗せてやれなくて残念だと俺にいい残し、ノイに引きずられながら帰っていった。








「なぁクロエ〜、いいからもう出てこいよ。昼ご飯どうすんだよ〜」

イライラを周囲に撒き散らすクロエをなんとか家に連れ帰った後も、彼の機嫌は最高潮に悪かった。家につくなり自分の部屋にさっさと引っ込んでしまったのだ。頼りのイルは恋人とデートだと言って外出してしまったし、エクトルもいつも通り部屋にこもってしまう。しばらく説得してみたもののクロエが出てくる気配がないので、俺はタビサさんとゼゼの2人と一緒にキッチンでランチの準備をすることにした。


「リーヤ、お皿だしてくだサーイ」

「りょーかい、りょーかい」

ゼゼに言われて皿を取り出すため食器棚に向かう。今日は何人分の皿が必要なのだろうか。ゼゼ、タビサさん、エクトル、俺、イルはいなくて、クロエは一応用意して、そして…

「そうだ、ジーン!」

先程から彼の姿をまったく見ていない。普通に考えればクロエ達のように自分の部屋にいるのだろうが、いつもの彼はあまり部屋にこもるタイプではない。嫌な予感がした俺はリビングから飛び出し、素早くジーンの部屋に向かった。けれど扉を開ける前に、大きな荷物を抱えたジーンがレジのときとは違うよそ行きの格好をして、靴を履く姿を見てしまった。

「ジーン? どこ行くの? もう昼ご飯できるよ」

「リ、リーヤ」

明らかにマズい現場を見られたという顔をするジーン。そのわかりやすい態度に俺はなんとなく状況を察した。

「もしかして、また友達のところに泊まるつもり?」

「……」

図星だった。それにしてもジーンの奴、まさかこのままタビサさんがいる間、ずっとこの家から離れるつもりじゃないだろうな。

「ジーン、逃げてたって意味ないだろ。自分でそう言ってたじゃんか」

「わかってる、わかってるんだけど。…つらくて」

苦しそうに目を伏せ、それ以上言葉を続けようとしないジーン。悲しそうにうなだれる彼の姿を見て、俺はなんだか居たたまれなくなった。元気のないジーンに、俺が何かできることはないだろうか。確か、前に俺が失恋したときは…。

「ジーン! いいこと思いついたぞ」

「いいこと?」

「そう、俺に任せて。気持ちの整理もつくかもしれないし、きっと気も紛れるよ」

我ながらナイスアイディアだと自負しながら、ジーンに微笑みかける。彼は首を傾げながらも、俺の言葉の勢いに流され頷いた。


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