先憂後楽ブルース
勝負にならない
『だーかーらーっ! なんであのデカブツが船首につっ立ってんだって訊いてんだよ! おいっ、返事しろ兄貴!』
中ではまだ、無線からクロエの怒鳴り声が響いている。ジーンはそれを完全に無視して振り返り、戻ってきた俺に訊ねた。
「フィースがいるんだって?」
「うん」
俺は苦笑しながらも頷く。まあ、これだけ周りが騒いでいればクロエが言わなくてもわかるか。
「さっすがフィース、すごいラブコールの数だね。うーん僕も挨拶しようかな。…クロエ、ちょっとうるさい。黙ってて」
車内のBGMは先ほどからクロエのいらついた声。助手席のエクトルは真顔で耳をふさいでいた。
『だったら質問に答えろよ! 何であの野郎が来てんだ! アイツが来るのは第2と第3の木曜だけだろ!?』
うわ、うちの地区のビンとカンの日と一緒だ。
「そんなこと言われてもわかんないよ。別に僕がフィースのスケジュール管理してるわけじゃないし」
『兄貴、アイツの親友なんだろ!?』
「クロエは親友の意味を正しく理解してないと思う」
不毛なやりとりを続ける長男と次男。俺は一応フィースがレジに参加している訳を今し方聞いて知っているのだが、たいした理由ではなかったし詳しく説明はできないから、このまま黙っていてもいいかな。それよりも俺はクロエのこの怒り狂い様が気になる。
「なぁ、ジーン。なんでクロエはフィースが来たことそんなに怒ってんの? ライバル対決したくないの?」
「いや、ライバル対決っていうか…そもそも勝負ができないから…」
「?」
「まあ、見てればわかるよ」
ジーンが意味深な発言をしたそのとき、実にタイミングよくレジスタンス開始のアナウンスが入った。数ヶ所に点在するスイッチを慣れた手つきで押したジーンは、真剣な顔つきでハンドルを握った。
「今日は少し離れたところに陣取ろう。前線はクロエ達に任せる、ってことで」
「さんせー」
「ラジャー!」
やる気なさ気に同意したエクトルと元気いっぱいに返事をしたゼゼ。俺としても文句なしの作戦だったが、今日はではなく今日も、の間違いではないだろうか。
後方に下がると、レジスタンスの様子がよくわかる。ひときわ目立っているのがやはりフィースの空飛ぶ船だ。他の小さな乗り物と違って、ゆっくりゆっくり上昇している。けれど誰もフィースの船を攻撃しようとしない。これが人徳のなせる技か。しかしあののろまそうな船で、フィースはどうやってあちこち動き回るボールをしとめるつもりなのだろう。
タワーの頂上と同じ高さまできたとき船は上昇を止め、それと同時になぜかどのチームもいっせいに後退を始めた。いったい何がどうなってるんだと顔をしかめていると、ちょうどフィースの船の腹あたりから砲身がとびでてくるのが見えた。
「お、おい。まさかあれ…」
俺が何かいう間もなく、砲弾が次々と発射されていく。中にはこちら目掛けてもの凄い速さで飛んでくるものもあった。
「ぎゃー!! 死ぬ! 死ぬ!」
「大丈夫デスよー」
「大丈夫じゃないだろ! フィース俺達のこと殺す気なんじゃねえの!?」
「リーヤ、見て」
「えっ」
冷静沈着なジーンに指さされた方向を見ると、射程距離が短いのか、あれだけ撃ちまくっていたにも関わらず誰も砲撃されていない。代わりに弾道の先には直径10メートル程の薄ピンクの球が、あちらこちらにできていた。
「あれは?」
今まで見たことのないような正体不明の代物だ。無知な俺のために不機嫌顔のエクトルが説明してくれた。
「フィースのとこのエッジ爆弾だよ。あの円の中にあるEBだけをピンポイントに破壊する」
「あーなんか聞いたことあるかも…」
以前フィースの船に載せてもらったときにノイが話してくれたような気がする。しかしEBだけを破壊するなら、なぜこんなにも離れたところにいなければならないのか。
ピンクの球体の中に取り込まれたエッジボールが、まるで風船が破裂するみたいに一つ一つ派手に割れていく。ボールの残骸がいっせいに地面へ落下していった。ああ、なるほど。皆これの巻き添えになるのを避けたかったのか。
「うっわ、一気にボールが半分以下になっちゃったよ。すげえなあの大砲」
「ああ、だからもう僕らでも全然勝負にならなくて…」
「勝負できないって、そういう事だったのか」
隣ではゼゼが自分の持ち運び可能な大砲を抱えながら目をキラキラと輝かせている。自分のもアレみたいにしたいとか言い出したらどうしよう。
「あのエッジ爆弾? ってやつは、やっぱその辺に売ってるわけじゃないんだろ?」
「もちろん。確か発明したのは外国からの移住者で、日本に来て早々政府と手を組んだんだ。んで色んなチーム相手に自作の武器を売って商売してたらしいんだけど、フィースんとこに引き抜かれて今ではご覧の通り」
しかめっ面をしながらもエクトルが注釈してくれる。彼が言っているのはもしかしてノイのことだろうか。
「そいつは、どんなに大金積まれても自分はどこのチームにも所属しないって公言してたらしい。けど、フィースが誘いに行った途端ころっと態度を変えたんだと」
「へぇー…、まあ気持ちはわかるけど」
船にいるフィースの姿が見えないかなーと探していた俺は、つい無意識に前のめりになっていた。だが爆弾の残骸が完全に落ち終えた途端、いっせいに皆船に近寄っていった。
「なに? もう終わりなの?」
「いつも1試合に1回しか使わないんだよ、アレ。1回撃つごとにかなりの充電が必要なのか、1回撃つのに莫大なコストがかかるかのどちらかだろ」
「そうなのかな…」
再び激戦となっていったレジスタンスだったが、突然、外から甲高い叫び声が聞こえてきた。俗に言う、黄色い悲鳴ってやつだ。
「なに!? なんかあったの?」
「たぶんフィースが船から出てきたんだよ。相変わらず、すごい歓声」
「マジ!?」
おいおい、フィースが現れただけでこの騒ぎようって。人気歌手のコンサート会場かよ。色々とありえない。
「彼が来る日はみんなやる気なくなっちゃうからなぁ。カマも含めてね。クロエはそれがおもしろくないらしい。逆に言えばフィースが来る日は、彼目当てのやる気のない連中が来るから、たまに狙って参加したりするんだけどね」
「はあ、なるほど」
それでクロエがあんなにイラついていたのかと納得していたとき、こちらにだんだん近づいてくるエンジン音が、車の外から聞こえてきた。
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