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先憂後楽ブルース
ジーンの本性


「ああもうっ、どうしてバレたんだ! 完璧に隠してたはずなのに!」

俺の身体から手を放したジーンは焦った様子で、部屋の中をぐるぐる回っていた。ジーンが本当にタビサさんを好きだったのも驚きだが、このジーンの変わり様には負ける。いつも余裕でにこにこしている彼からは、まるで想像できない別人っぷりだ。

「落ち着いてジーン。俺、誰にも言ったりしないし。大丈夫だから」

「大丈夫なもんか!」

俺のできる精一杯の慰めはジーンをますます激昂させてしまう。こんなことなら、余計な口出しするんじゃなかった。

「だってリーヤにバレてるってことは、みんなにバレてるってことじゃん!」

「なんでだよ」

…おいおい俺はどんだけ鈍い人認定されてるんだ。ちょっと傷ついたぞ。

その後も、俺がいくら励ましてもジーンはずっと落ち込んだまま。まるでこの世の終わりみたいに、壁に手をつきうなだれていた。

「人生終わった……」

「終わってない! 終わってないから!」

仕方がないので、俺はジーンの恋心に気づいた理由を事細かに説明した。俺とクロエの身体が入れ替わっていたこと、酔っていたジーンがタビサさんの名前を呟き告白したこと、ジーンの秘密は俺以外には誰にも知られていないこと、すべてをだ。それを聞いてジーンはひとまず安心していたが、クロエとの接吻事件を話の流れ上やむを得ず説明した後の彼は、口元を押さえながら吐きそうな顔でベッドに倒れ込んだ。

「……もうやだ死にたい」

「ジーン〜っ! ごめん、ごめんなっ、俺がもっと抵抗してれば」

枕に顔をうずめるジーンの身体を謝りながら優しく揺する。うつ伏せのままずっと死体のように動かなかったジーンだが、しばらくすると悄気た顔をのままむっくり起き上がった。

「…こっちこそごめん。嫌だったのはリーヤの方なのに。完全にとばっちりだ」

「いや俺は全然! 気にしてないから!」

そればかりかジーンのキスに応えかけていたのは末代までの秘密だ。よかった、ジーンにあの時の記憶がなくて。

「迂闊だったよ、まさかリーヤがクロエと入れ替わってたなんて。タビサさんへの気持ちは、今までずっとひた隠しにしてきたのに…」

「やっぱり、誰にも相談してなかったの?」

「当たり前だよ! だって変じゃないか! 義理でも母親なんだから。もう自分で自分が嫌になる…」

ジーンの自己嫌悪に染まった声に俺は動揺するばかりで、かける言葉の1つも浮かばなかった。なによりジーンがこんなにもネガティブだったことが驚きだ。普段のジーンはむしろポジティブに見えるのに。

「本当はタビサさんのこと、父さんから紹介される前に知ってたんだ。今日からお前の母親代わりだって言われた時はもう……タビサさんは嬉しそうだったけど、僕は親子の繋がりなんて欲しくなかった。家を出たのも、気まずかったからじゃない。離れたら忘れられると思ったんだ。だけど結局、無駄だった」

「ジーン…」

「ほんと、諦め悪すぎてやんなっちゃう。きっと僕みたいな人間がストーカーになるんだよ」

「ちょ、ちょっとジーン、そんな卑屈な…」

「いや、そうに決まってる」

なんて後ろ向きで弱々しい声なんだ。自嘲気味に笑うジーンの姿に、俺は何か言わなくてはと必死に言葉を探した。

「ジーンはストーカーになんかならないよ! 絶対!」

「どうしてわかるの?」

「だ………だってジーンは、超イケメンだし! こんな顔したストーカーはいない!」

「ぶっ」

大真面目な俺の発言に、ジーンはその整った顔をくずして盛大に吹き出した。一応我慢しようとしているようだか、ツボにはまったのか手で腹と口を必死に押さえている。

「さ、散々考えて、思いついた理由がそれって…!」

「笑うなよ! 誉めてんだからな!」

俺は憤慨しつつも、暗かったジーンが見せてくれた笑顔にほっとしていた。やっぱり、消極的な態度はジーンには似合わない。

「ごめん、ごめん。ありがとうリーヤ」

やっと笑いがおさまったジーンは、そのまま俺をベッドに座らせて肩口に顔をうずめた。綺麗な金髪が顔にあたって、なんだかこそばゆい。

「ちょっと肩貸してね」

「う、うん」

ジーンは甘えるように俺の肩に額をすりつけている。泣いてはいないだろうが弱り切っているのは確かだ。

「なんか、変な感じ…」

「なにが?」

「だっで今までのジーンのイメージと違うんだもん。普段のジーンは、完全無欠って感じがするから」

「猫被ってたんだよ。ただそれだけ」

「裏があるのは知ってたけど、もっと恐いタイプの裏かと…」

ジーンをクロエに対しての容赦ない言動を思い出す。まあ、あれは兄弟限定の厳しさなのだと捉えていたが。

「それも、ただの恐い人のふりだよ。昔の泣き虫坊やのままじゃ、独り立ちなんてさせてもらえないだろうからね」

「泣き虫だったの? 悪ガキだったんじゃ…」

「ごめん、あれも嘘。泣かされてたのは僕の方。昔の僕は夜中に1人でトイレも行けない毛虫もさわれない子供で、母さんにしょっちゅう叱られてたんだ。もっと男らしくなりなさい! ってね。自分を変えようと武道を習って、度胸もつけたはずだったんだけど。……やっぱり、駄目だったなぁ」

ゆっくりと顔を持ち上げたジーンは青い瞳を微かに滲ませ俯く。その姿があまりに純朴で、俺はたまらずジーンを抱きしめてしまった。
あの夜、俺が彼を可愛いと思った理由がなんとなくわかった気がする。今も俺の腕の中でかわいく縮こまっているジーンを見ていると、よくない感情が芽生えそうになるぐらいだ。

とその瞬間、のんびりとした雰囲気漂う中、部屋のドアが突然開き放たれ苛立ち爆発のクロエが現れた。

「おい、遅ぇぞ兄貴! リーヤの説得にいったい何分………ってお前ら、何してんだ」

「な、なんもしてない!」

慌ててジーンの背中に回していた手を離したが、クロエはまったく納得してないようだった。疑わしげな視線を俺から兄へと移し、怒気を含んだ声で問い詰めてくる。

「兄貴、リーヤと何してた」

「別に何も。普通に会話してただけだよ」

「嘘つけ! だったらなんで抱き合ってたんだよ! 兄貴は人と話す時いちいち抱きしめんのか? あ? 違うだろうが。下手なごまかしなんかしねぇでとっとと白状─」

「うるさい」

ズゴッ!!

「ぐぶっ」

わめき散らすクロエの喉元にジーンの激しいチョップがきまる。奇声をあげたクロエは、首を押さえたまま床に倒れ込んだ。

「ゲホッ、ゲホッ! き、気管が…」

「クロエっ! ジーン、いきなり何すんだよ!」

「だってうるさかったんだもん。ほらクロエ、痛がってないでさっさと行くよ」

「……」

先程までの弱音吐きまくりジーンはどこへやら。恐い人のフリではなく本当に恐い人になってしまったジーンは、痛がる弟を残して玄関へ向かってしまった。


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あきゅろす。
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