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先憂後楽ブルース
アウトサイダー


人間というのは不思議なもので、あまりに脳の理解範囲を超えた事件に遭遇すると、妙に冷静になってしまう。

タイムスリップしたのは多分、あの時。マンションから落ちた時だ。

昔何かの科学雑誌で読んだ気がする。落下速度とか磁場がどーのこーのとかで、それら全ての条件がそろうと空間が曲がって過去や未来に飛ばされるって。


俺が小4ぐらいの時、当時まだ仲の良かった弟に、その雑誌がいかにインチキであるか説明されるまで愛読していたが、それ以来読んでいない。
くそう、ちゃんと目を通して理解しておけば良かったのだ。恨むぜ弟。

「どうかしたの?」

だんだんと顔が引きつる俺を見てお兄さんが心配してくれた。ここは一つこの人達に相談して……。




待て待て待て。
誰がそんな話信用する?
俺は400年前の過去からきた人間デース、なんて言ったって信じてくれる訳がない。こいつ頭がおかしいぞってんで精神病棟に入れられるかも。
目の前で清らかな笑顔を見せる天使のような青年がそんな酷いことするとは思えない。だが隣に俺をじとっとした目で睨むように見つめるクロエはどうだろう。

このヤンキーならやりかねん。もしそんなことになったら元の時代には一生戻れない。帰るための方法は精神病院では見つからないだろうから。

ってことでここはひとまず、何かテキトーなことを言って誤魔化そう!


「えー…実は俺……帰る家がないんです」

「そうなの!?」

金髪お兄さんの元々でかい目がさらに大きくなる。クロエは俺がさっきまで横になっていたふかふかのソファーに体を沈めながら、やっぱりそうか、などと呟いていた。

「何があったの!? …えー……」

どうやら俺の名前がわからないようだ。

「リーヤです。垣ノ内リーヤ」

「リーヤ、何があったの?」

やっべ何て言うか考えてなかった。やっぱ行き当たりばったりじゃダメだな。

口ごもる俺を見てクロエが鼻で笑った。

「どうせ不法入国者だろ。帰る家がないのは当然だ」

「そうなのリーヤ?」

全然違うけどまぁいいや。こんないい人に嘘をつくのは気が引けるが、今はそれぐらいしか理由がない。けれど俺が頷くとお兄さんが意外そうな顔をした。

「そっかー。…顔は日本人なのにね」


そうだった。いくら祖母がアメリカ人とはいえ俺はどっからどう見てもアイアムジャパニーズ。不法入国は無理があった。

「じゃあウチにいればいいよ!」

「へ?」

まさかの申し出に俺はだらしなく口を開ける。この方は今何と?

「不法入国で帰る家がないんだろう? ウチに住めばいいよ。もちろんリーヤが、よければだけど」




何だこのいい人!!


いきなり見ず知らずの男を居候させるなんて! 警戒心ゼロだ! いやかなり助かるけど!!

目の前の笑顔のお兄さんが天使…否、神様に見える。

「…いいんですか?」

「もちろん」

あまりにびっくりして口をパクパクさせる俺を見て、神は楽しそうに微笑む。だが驚いたのは俺だけじゃなかった。


「何言ってんだよ兄貴!!」

クロエが眉間に皺をよせ、ふかふかのソファからはずみをつけて立ち上がる。
ご立腹のようだ。

「ここは孤児院じゃねえんだぞ! 家のねぇ奴全員世話してたらいくら部屋があっても足りねえよ!!」

唾を飛ばし怒鳴りまくるクロエ。立ち上がるとガタイがいいせいか異様に威圧感がある。はっきり言って、恐い。

「ほらほらそんな怒らない。見なよ、リーヤが震えてるじゃないか」

そう言ってお兄さんは俺の肩に手を乗せた。俺そんな震えてたのか?
慌てて自分の体を見ると小刻みに揺れている。そんな俺を安心させようと、彼は俺とクロエの間に割り込み、大丈夫だよ、と微笑んだ。

「あのバカが何言っても無視していいから。あ、自己紹介がまだだった。僕はダラー家の長男でジーン・クリス・ダラー。ジーンって呼んでね」

そういや俺、この人の名前知らなかった。
ジーン、か。『遺伝子』って意味だ。何でこんな名前がついてんだろ? マイケルとかジャックとかの方が似合ってるのに。

「はい。あの俺、本当にここにいていいんですか…?」

「うん。でもその変わり敬語はダメだよ。この家で暮らすなら家族同然なんだから、気を使わないで」

あぁ、400年たった今も、人の優しさってのは変わらないんですね。

ジーンのおかげで、もうなんだか俺はここで暮らす雰囲気になっている。
ここはひとまず好意に甘えさせてもらって、元の時代に戻る方法を探し……


「てめぇら俺を無視してんじゃねぇぞ!!!」



そうだ…忘れてた。


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