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先憂後楽ブルース
亀の甲より年の功


結局、ジーンの案を受け入れた俺とクロエは、共にジーンのベッドで眠ることになった。ほどよく散らかった彼の部屋をてきとうに片付けながら、俺はすでに横になっているクロエをちらりと見た。

「…あのさぁ、クロエ」

「んだよ、俺は手伝わねえぞ」

「いや、そうじゃなくて」

ベッドに寝そべりながら重そうなダンベルを片手で上下させるクロエに、そんなことを要求する気はさらさらない。問題は、彼のその姿だ。

「クロエ…頼むから服着てくれよ。まさか家では年中その姿なのか?」

「そんなの俺の勝手だろ。ほっとけ」

「……」

相も変わらず唯我独尊のクロエは上半身に何も身につけておらず、そのたくましい筋肉が丸見えだった。けしてムキムキではないが、ほどよく引き締まったいい身体だ。俺としてはそれを見ているだけで男としての自信がなくなりそうなのでしまっておいてほしいのだが、クロエの奴、人の言うことをちっとも聞きやしない。肉体自慢かコノヤロウ! と今にもつっかかってしまいそうだ。

「つーか、お前も早くベッドに入れよ。そんなところでガサガサされたら寝れやしねえ」

「……わかったよ」

色々言いたいことはあったが、そもそも俺は文句を言える立場にない。俺のせいでジーンをイルの家へ追いやってしまったのだ。……ジーン、大丈夫だろうか。

クロエがダンベルを定位置に下ろすのを見届けると、俺はいそいそとベッドに横になった。周囲は常に快適な温度に調節されているため、かぶるものは薄いブランケット1枚だった。

「おいリーヤ、もっと寄れ」

「やだ」

「じゃあ、せめてこっち向けよ」

「い、や、だ」

何が悲しくてゴツい友人とくっついて眠らなければならないのだ。寝顔だって見られたくない。

「クロエ、お前俺で暖をとろうとしてるだろ。寒いなら服を着ればいい」

「寒くねぇ」

「だったら近寄んなよ」

できることならクロエには壁側を向いて眠っていてほしい。お互い背中合わせに横になればいいものを、背後からは今もクロエの視線をひしひしと感じる。

その後はクロエがだんまりになってしまったので、俺もこのまま寝てしまおうかと思ったが、無心になろうとすればするほどジーンの事が頭から離れなかった。ジーンとタビサさんにはやはり何かあるのだろうか。気にはなるが、正面切って訊ねられるほど図々しくはなれない。

「…なぁ、クロエ」

「ん?」

あ、起きてた。

「お前、ジーンが逃げたって言ってたよな。何で逃げたって思ったんだ?」

「何でって、あんなうるせぇ喧嘩に付き合ってらんねえだろ。うちの親から逃げんのは兄貴の常套手段なんだよ。昔からな」

「昔から?」

俺のジーンのイメージは、どんなときにも余裕があって、優しくて大人で、逃げたりなんか絶対しないようなタイプの男だった。いや、兄弟に対して容赦がなかったり、片付けが苦手だったり人間らしい欠点もある訳だが。

「兄貴はな、小学生ぐらいんときウチに引き取られたんだけど、高校に入った途端これ以上世話にはなれないとか巧いこと言って、ここに逃げてきたんだよ。まぁ、ババアとメガネの家には居づらかったんだろうが、だからって自分だけ一人暮らしなんてセコいと思わねえ?」

ババアとメガネ…ってのはタビサさんとラスティさんのことだろうか。それにしても引き取られたって、ジーンの両親はどうしたんだろう。気にはなるが訊きづらい。

「だからクロエも、ジーンについてきたの?」

「おうよ。1人だけ解放されようなんて虫が良すぎなんだよ。それにこの家建てたアイツの親父は俺の父親でもある。住む権利はあるだろうが」

「エクトルも住んでるみたいだけど…」

「アイツは勝手についてきたんだ。けっ、大人しくババアにくっついとけばいいものを」

あまり仲良くなさそうなこの3兄弟が一緒に住んでる理由が、なんとなくわかった。みんな様々な理由でタビサさんを敬遠してるんだな。この家の家主がジーンだった理由もわかる。でも…

「そういや兄貴、ババアが来るときに限ってあんま家にいなかった気がする。ま、理由は明らかだけど」

「何? 気まずかったとか?」

「まさか、気まずいわけねえよ。だってババアは兄貴のこと、エクトル並みに可愛がってたんだぜ。ありゃエクトル同様、ババアがうざくなって逃げてたんだな」

「そっかぁ…」

クロエはそれで納得しているのかもしれないが、きっと理由は違うだろう。ジーンは女の人をウザいとか、そんな風に考えそうな人間じゃない。

一向に煮え切らない考えに俺が悶々としていると、後ろからクロエの盛大なため息が聞こえた。

「つーかババアといいお前といい、何で兄貴ばっか気にするかね。あんなのほっときゃいいのに」

「えっ、タビサさんもジーンを気にしてたの?」

「ああ、実子の俺なんかよりずっとな。アイツは基本的にガキにかまいすぎなんだよ。だから煙たがられる。まあ俺の場合、完全に諦められてるけど」

自分の母親のことなのに、どこか他人ごとのように話すクロエに俺は寂しくなった。クロエはあまり気にしてないというか、開き直ってるみたいだが、なんとなく悲しい。

「でも俺の家も似たようなもんだよ。母さんはともかく、父さんは完璧俺に期待なんかしてないし、弟との扱いの差は歴然だしね。誕生日にだっておめでとうの一言もない。いや俺の場合、自分に責任があるんだけど」

前にクロエに責められた時のことを、俺はぼんやりと思い出していた。努力してた弟と何もせず逃げた俺に対して、接し方が違うのは当然だ。うじうじ気にするのは間違ってる。
当然、クロエにもそう言われると思っていたのだが、意外なことにクロエは何も言わなかった。彼がどんな顔をして俺を見ているのか知りたかったが、今の自分の顔を見られるのは嫌だった。

「うちの母親な」

俺が場の雰囲気にいたたまれなくなっていると、クロエがようやく口を開いた。今の俺の話に深く突っ込まれるのは、できれば避けたいのだが。

「タビサさん?」

「そう。アイツ、俺のこと心底嫌ってっけど、誕生日プレゼントはエクトルより俺の方が高いもんもらってんだぜ。何でかわかるか?」

「え? …と、年の功とか?」

「正解。プレゼントの値段は年齢に比例するって、変なポリシー持ってんだよ。小遣いも同様。鑑別所送りになった息子にもそれは当てはまるらしい」

鑑別所送り、と聞いて俺はクロエが暴力男だったことを思い出した。俺が知るクロエはただ血の気が多いだけのような気がするのだが。というか、これは一体何の話だ。

「親だって人間だ。いくら自分の子供でも、愛情の差ぐらいあってもおかしくない。でもその扱いの違いをハッキリ形にしちまったら駄目だ。犯罪者の息子を嫌がってるウチの母親ですら、それをしてないんだからな」

「……クロエ」

「だからお前は何も悪くない。間違ってるのはお前の親父だ。気にする必要ねえ」

俺の頭にクロエの大きな手がポンと乗せられる。彼に慰められているのだと気づいた時、俺は不覚にも泣いてしまいそうになった。

「…クロエは、いいよな」

「何が?」

「ちゃんと自分を持ってる」

「なんだよそれ。じゃあお前は持ってねえってのか」

「……どうだろ」

そう呟いて俺は身体を起こしクロエの方に向き直る。そしてクロエの胸元に顔をうずめるようにして縮こまった。

「俺には近寄らないんじゃなかったのか」

「…気が変わった。それにこうしとけば寝顔は見られないし」

「そんなに酷い顔なのか?」

「ああ。きっと百年の恋も冷めるよ」

俺の頭上で、クロエが小さく笑った。珍しいこともあるものだ。クロエがこんな風に優しく笑うなんて。
1人で眠ることに慣れきっていた俺だが、クロエの隣では特に緊張することもなかった。それどころか1人よりもずっと温かく、安心して眠ることができた。


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