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先憂後楽ブルース
春と嵐


それは、俺がレッドタワーから戻った矢先のことだった。
二日酔いから解放され全快したジーンと、いつものように部屋から無理やり連れ出されて、ふてくされるエクトル。そして掃除中だった俺とゼゼ、妙に機嫌の良いイルをリビングに集めて、クロエは次回のレジスタンスの会議を始めていた。

もう二度とやるもんかと誓っていた俺は部屋の隅の方でおとなしく座っていたのだが、お前も無関係じゃないだろといわんばかりクロエの視線をひしひしと感じた。極力目を合わせないよう、そっぽを向いていたはずなのに。

「リーヤ、てめぇこっち見ろ」

「…俺ぜったい出ないもん。あんな怖いこと二度としない」

「はぁ? おめーに拒否権なんかねぇんだよ」

「待ってクロエ、そんな命令口調じゃリーヤは来てくれないよ」

ジーンはいつものように優しく微笑みながら、俺の肩をかばうように抱いた。それは普段と何ら変わりない動作だったのに、俺は肩をビクつかせ大袈裟に反応してしまった。

「リーヤ?」

「あ…いや、何でもない」

ジーンを見るたび、触られるたびにあの夜のことを思い出してしまう。いま見る限りジーンは以前と何も変わっていないようだけど、あの夜は確かに違っていた。彼は明らかに動揺していて、おまけにとても悲しそうだった。

「リーヤ、なんだか様子が変だよ? 何もないようには見えない」

「だ、大丈夫だから」

ジーンの察しが良すぎるせいで、イルやエクトルの怪訝そうな視線まで浴びることになってしまった。これ以上顔を見ていたら考えていることを見透かされそうで、俺は慌ててジーンから目をそらす。
と、その瞬間、リビングに呼び出し音が鳴り響いた。どうやらお客さんらしい。クロエが相変わらずの不機嫌顔で、ソファーに身体を埋めるイルを見た。

「カマ、お前の弟じゃねえの?」

「えー、今日シズニは来ないはずだけど」

「ゼゼ、外見てきマス!」

誰に頼まれるわけでもなく自ら部屋を飛び出したゼゼに、自分が行けばよったと少し後悔した。この気まずい空間から抜け出せる格好の口実になったのに。願わくば、俺の思考回路がジーンに読まれないことを祈るばかりだ。

「リーヤ、確かにお前おかしいぞ」

「えっ」

「兄貴が言うんなら間違いねえ。理由を話せ」

無駄なところで兄を信じているらしいクロエが、身を乗り出して俺の顔を覗き込んでくる。まさかこんなに簡単にバレてしまうなんて。自分がわかりやすすぎるのか、ジーンとクロエが鋭すぎるのか。
どうやってごまかそうか悩んでいた俺の耳に、リビングの扉が開く音が聞こえる。だがそこにいたのはゼゼではなく、俺もよく知る人物だった。

「…クロエ?」

驚いたことに、突然姿を見せた客人はクロエと瓜二つの姿をしていた。黒く艶のある髪に浅黒い肌、そして彫りの深い顔立ちに金色の瞳。思わず目の前にちゃんとクロエがいるかどうか確かめたぐらいだ。唖然とする俺達の前で、その人はちょこんと手を挙げた。

「オラ!」


……おら?

不良の威嚇とは違う可愛らしい声に、俺は相手が女性であることに気がついた。もう一度よく見ると彼女は確かにクロエにそっくりだが、身体は華奢で胸があって、化粧もバッチリしている正真正銘の美女だった。だが顔だけはクロエをそのまま女にしたような感じだ。

「ゼゼ! こいつを勝手に入れんなっていつも言ってんだろ!」

部屋に戻ってきたゼゼをクロエはすごい形相で怒鳴りつけた。こいつの来客拒否はいつものことだが、この反応はやや過剰すぎる。

「えー、デモ、クロエのママさんデスよ」

「クロエの母親!?」

驚いて目をまん丸くさせたのは俺だ。見た目から血縁者だということはわかっていたが、まさか母親だったなんて。姉かと勘違いするぐらい彼女は若く、そしてクロエの生き写しだった。彼には父親のDNAなんて一切含まれていなさそうだ。

「そういう君はもしかして、例のアウトサイダー君?」

クロエの母なる人が愛想良く俺に微笑みかけてくる。性格は息子とは正反対のようだ。

「は、はい」

「初めまして! 私、タビサ・エスメラルダ。タビサって呼んでね」

「あなたが、タビサ…さん?」

「そうだよ。私のこと知ってるの?」

…ああ、どうしてすぐ気がつかなかったんだ。クロエの母親ということはエクトルの母親でもある。つまり、あの日の夜のジーンの言葉から察するに、彼女はジーンと義理の親子だけではない何らかの関係を持っているということではないだろうか。
タビサさんの少し幼い話し方も今は気にはならない。俺は自らも自己紹介をしながら、頭の中ではジーンのことばかり考えていた。

「おいクソババア、今日来るなんて聞いてねえぞ。さっさと帰れ!」

「何で息子に会うためにわざわざアポイント取らなきゃ駄目なの? だいたい私、クロエに会いにきたんじゃないもん」

クロエにクソババアと呼ばれてもタビサさんは特に気にする様子もなく、隅の方で目立たないようにしていたエクトルに飛びついた。

「エクトルー!!」

「う、うわッ」

母親に抱きつかれたエクトルは慌てて抜け出そうとするも、ガッチリ捕まえられてなかなか逃げ出せない。そうこうしているうちにエクトルは母親から頬ずりされていた。

「可愛い可愛い可愛い! エクトル、元気だった? 私がいない間お兄ちゃんにイジメられなかった?」

「母ちゃん…重い」

どうやら母親は次男を溺愛してるらしい。こうして並んでも、エクトルは父親似なのか人種的にも年齢的にもまるで親子には見えなかった。

「お久しぶりです、タビサさん」

俺がちらちら盗み見ていた相手、ジーンが義理の母親に軽い調子で話しかけた。それを見て俺は1人ドキマギしていたが、タビサさんは息子から手を放しクロエと似た優しい笑顔を見せた。

「久しぶり、ジーン」

「コートとバック、預かります」

「グラシアス! 相変わらずよくできた子ね。クロエにも見習わせたいな〜」

スペイン語で礼を言ったタビサさんからコートとバックを受け取り、ジーンはそれらをハンガーに掛ける。俺の予想に反して、ジーンの反応はいたって普通だった。俺の見解ではジーンはタビサさんを特別視しているとばかり思っていたが。
考え込む俺の前で、エクトルがジーン達の間にずずいと割り込み、タビサさんを睨みつけた。

「つか母ちゃん、タビサ・エスメラルダって何だよ! エスメラルダは旧姓で、母ちゃんの姓はターナーだろ!」

「その名前は捨てました」

一切の感情を込めない口調で、タビサさんはそう言い捨てた。ターナーはエクトルの名字、ラスティさんの姓だ。それを捨てたとは何事だと驚く俺達の前で、彼女はにーっこり微笑んだ。

「私、離婚するって決めたんだ。――ごめんね、エクトル」


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