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先憂後楽ブルース
盲目、籠絡、悲喜交々


俺、ことクロエ・ダラーはクリスさんに、リーヤのところまで案内してもらえることになった。道中、優しいクリスさんとは他愛ない話をして(といっても向こうが一方的に話してるだけ)、特に問題はないかに見えた。
が、

「クロエ、今日は装飾品が少ないようだけど、その腰に下げてる金のチェーンはとても可愛いね。クロエの黄金の瞳によく似合ってるよ」

「………」

何でこの人、ずっと俺の手ぇ握ってるんだろう…。

タワー内を闊歩する間、クリスさんはずーっと俺と手を繋いでいた。最初手を握りしめられた時はあまりのことに驚きすぎて反応を返せず、結局ずっとこの恥ずかしい状態になってしまった。
クリスさんはすごく嬉しそうな笑顔を俺に向けてくるし、それはそれで俺はなんだかいたたまれないし、ハッキリ言って早くこの人から離れたい。このチェーンだってクロエのジーンズ穿いたら財布と一緒にくっついてきただけだ。バレたらヤバいし、さっさとクロエのところに着かないかな。

だがそんな俺の願いは、思わぬ形で叶ってしまった。

「クリスさん! やっと見つけた!」

突然、曲がり角から叫びながら走ってきたのは、俺もよく知るハリエットだった。いつも小綺麗にしているはずの彼女は髪を煤だらけにしていた。

「助けてください! あの双子がまた暴れてっ、私の力じゃ全然歯が立……クロエ?」

クリスさんの隣に立つ俺を見て、ハリエットがオーバーな表情で驚いてみせる。元好きな人がいきなり上司と手をつないで現れたら驚くのも当然だが、ハリエットはなにやら訳知り顔だ。

「…わーお。ひょっとして私、お邪魔でした?」

意味深な発言をしたハリエットに、クリスさんはさらに笑みを深くする。これは彼お得意の口説き文句が始まる予感。

「そんなことはないよ、ハリエット。ところで、またあの子達が暴れてるんだって?」

「そうなんですよ! あの双子ときたら、私を使って遊んでるんです! とても私の手には負えません!」

「……はぁ。仕方ないね、彼らのことは私に任せて、君は代わりにクロエをリーヤ様のところまで案内してあげて」

あれ。
いつもの長ったらしい美辞麗句がないぞ。なぜ? ハリエットはクリスさんの好みじゃないとか? こんなに美人なのに?

「わかりました、ありがとうございます! ですがクリスさん、今リーヤ様は殿下の私室におられるんですよ。逆方向です」

「おや、そうだったかな」

クリスさんは目尻に皺をつくってハリエットに微笑みかけると、すぐさま俺に向き直り、またしても頬にキスをかましてきやがった。今度はちゅっと軽くされただけであっという間に離れたので、叫ぶ間もない。

「そういうことだから、ごめんねクロエ。後はハリエットに案内してもらって。確か2人はクラスメートだろう」

クリスさんはそれだけ言うと、笑顔で手を振りながら早足で颯爽と廊下を歩いていってしまった。横で深くお辞儀をしていたハリエットはクリスさんの姿が見えなくなると、発するオーラが変わり俺をちらりと見上げた。

「いくわよ、クロエ。さっさとカキノーチを引き取ってもらわなきゃ、殿下の執務の邪魔だわ」

「はぁ…」

猫をかぶるのをやめたらしいハリエットは、なにやら不機嫌な様子でスタスタと歩いていく。俺はどうかバレませんようにと祈りながら彼女の後ろにおとなしくついて行った。












「クロエ、あなたカキノーチをどう思う」

しばらくの沈黙の後、眉間に皺を作ったハリエットがそんなことを訊いてきた。こんな質問をするということは俺とクロエの仲をまだ疑っているのだろうか。やっぱりクロエのことが今も好きだったり?

「えー…リーヤは一緒の家に住んでる友達…」

「そんなことを訊いてるんじゃないのよ」

クロエが持っているであろう俺への認識をそのまま口にするが、ハリエットにぴしゃりとはねつけられる。そしてちらちらと周囲を気にしながら、小声でこう言った。

「カキノーチはこのまま、殿下の御側にいても良い存在かしら」

「……は?」

いきなり突拍子もないことを言われ、俺は歩きながら放心してしまう。ハリエットは一体何が言いたいんだ。

「殿下がカキノーチのために新種の化石を発見したのは知ってる? カキノーチはとても喜んでいたけど、こっちにしてみれば税金使って何してんだって話よ。あれに一体いくらかかったと思ってるの。呑気に浮かれてる殿下とカキノーチが信じられない!」

その瞬間、俺は自分の立場も忘れて頭を下げてしまいそうになった。彼女に言われるまで、俺はまったくそのことに気がついていなかったのだ。

「基本的に腰が低いからわかりづらいけど、カキノーチは与えられることに慣れていると思うわ。元々ある程度の特権階級の人間なんじゃないかしら」

「………」

俺の元々の家庭環境など知らないはずのハリエットにズバリ言い当てられ、返す言葉もなかった。俺のここでの暮らしも自分でも知らず知らずのうちに、ブルジョア的になっていたのかもしれない。

「ねえクロエ、あなたは真っ直ぐに物事を捉えられる人でしょう。カキノーチが好き云々を横に置いて、考えてみて。彼は殿下を堕落させる原因になったりはしないかしら。確かに彼だって今は控えめで、権力を振りかざしたりしないだろうだけど、彼が一生変わらないという保証はない。それに殿下がカキノーチのために何かしすぎるのは絶対によくないわ。カキノーチが国をよくしてくれると信じているから、今のところ不満を言う者はいないけれど、アウトサイダーは幸運を呼ぶわけではないのよ。こんなことがずっと続けば、いずれ──」

俺を見上げるハリエットの目は真剣そのものだった。そこには恋心の一片も含まれておらず、むしろ不安や怒気が感じられる。もちろんクロエに対してではない。根本の原因である俺に対してなのかダヴィットに対してなのか、それはわからないがいずれにしろ答えは出さなければならない。俺はクロエの身体をかりて、ゆっくり口を開いた。

「ダヴィットには分別があるだろう。リーヤだって、財源を自分のためだけに使ったりしない」

「でも…」

「でも、もしそんなことになったら、その時は」

どうしても不安が消えてくれないらしいハリエットに、俺は自分の頬を指差しこう言った。

「リーヤの横っ面、ひっぱたいてやってくれ」

「は……」

まさかクロエがそんなことを言うとは思っていなかったのか、ハリエットはあんぐり口を開けたまま俺を凝視していた。けれど突然、何がおかしかったのか声を立てて笑い始めた。

「あははっ、そうね、ぜひそうさせてもらうわ。ありがとうクロエ」

何故かクロエに礼を言ったハリエットは、今までの暗い雰囲気がすっかりなくなりむしろ上機嫌になっていく。ハリエットが俺をそんな目で見ていたとは知らなかったが、話を聞けて良かった。もうこれ以上ダヴィットから華美な贈り物をもらうのはやめよう。何もしていない俺がここに住まわせてもらってるだけでありがたいことなのだから。どうやら俺は今一度、自分自身を見つめ直す必要があるようだ。


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あきゅろす。
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