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先憂後楽ブルース
一寸先


二日酔いで倒れるジーンを残し、俺達がやってきたのは地下の駐車場だ。ここはジーン宅から10分ほどの場所で、びっしりと車が並んでいた。

「クロエはここ初めてデスか? でも多分駐輪場と変わりないと思いマスよ」

俺の驚いた顔に気づいたらしいゼゼがそう教えてくれるも、そもそも駐輪場がどうなってるのかわからない。だがゼゼが抜けてるからといって油断して何でもかんでも訊いちゃ駄目だ。

「それにしても多いな…何台あるんだこれ」

「真夏はこんなものデスよ。封鎖が終われば、みんなの地上の駐車場に戻ると思いマス」

「なんで?」

「それは、そっちの方が安いデスから」

スタスタと歩き出すゼゼに遅れをとるまいと俺は小走りになった。要するにこの駐車場は真夏の暑い時期だけに車を避難させておく場所だということか。

「ここデス。クロエ、下がってくだサイ」

ゼゼはそう言うがどこにも車の姿はない。俺が周囲を見回している間にゼゼが横に取り付けてあったタッチパネルを操作した。

「じゃん、これがゼゼの車デス」

その瞬間目の前でドアがエレベーターのように開き、中から深緑の可愛らしい軽自動車が現れる。

「おお〜」

「どーぞ、クロエ」

無意識のうちに拍手を送る俺に、ゼゼは車のドアを開き笑顔で俺を招き入れた。









助手席に座った俺はしばらくそわそわしていたが、ゼゼの運転は意外と慎重で安心して乗ることが出来た。特に会話のなかった車内で俺はちらちらとゼゼを見ていたが、たまに目が合うと俺に微笑みかけてくれる。ゼゼは服こそ派手だが装飾品は左手の小指の指輪だけで、華美というよりは清楚な印象を受ける。そういえば以前、仕事だと言って夏夜祭を断っていたが…夜の仕事って何だ?

「なぁ、ゼゼ」

「はい」

「何の仕事、してたっけ」

「トラックの運転手デスよー」

「あ、そっか」

良かった、キャバクラとかじゃなくて。トラックの運転手なんて男の世界に入ってることに違和感はあるが、変な夜の仕事をするよりよっぽどいい。

「運送業は、いろんな遠くの場所に行かせてもらえるので、助かりマス。夜のシフトを入れてるので、昼はジーンの家にい行けマス」

「ゼゼ…」

ゼゼは確か不法入国をしてジーンに助けてもらったのだ。きっと恩を返したいのだろう。昨日イルがゼゼは探し物をしているのだと言っていたが、それは一体何なのか。

「でもゼゼ、トラックの仕事あまりできないデス。だから他のバイトもしていマス」

「…まさか、ホステスとか言わないよな」

「やだ、ちがいマスよー。スナックでウェイトレスをやってるんデス」

「はあ!?」

俺はそんなの聞いてないぞ! と本気で怒鳴りたくなった。気分はすっかり娘を案ずる父親だ。

「い、今すぐやめた方いいって! ゼゼにあってねえよ。何かあってからじゃ遅いだろ!」

「でも、お客さん、みんないい人ばっかりデス。それに、ママがとっても優しいデス。この服もママにもらったんデスよー」

そう言いながら胸元を引っ張るゼゼ。彼女が派手な服を着る理由がわかった。きっとほとんどママとやらにもらったものなのだろう。

「クロエは、大人になったら何の仕事がしたいんデスか?」

「俺…?」

クロエが将来なりたいものは何だろう。特別、委員会に入りたいわけでもないようだし。特に何も考えてない気がする。
だが俺もクロエと同じでこれからどの道に進むかなんて未定だ。政界に入る気などさらさらないし、第一自分にはその技量がない。もう高2になったのだから、考えていかなければならないはずだ。しかし大人になって働きながらこの世界に通うことなんてできるのだろうか。そりゃあ頑張れば週に一度、月に一度は遊びに来れるだろうが、果たしてそれでうまくいくものか。いつの日かこちらの世界と決別しなければならない日が来るのかもしれない。もしかすると、そう遠くない未来に。

「クロエ?」

「………」

ここのみんなと別れるのは嫌だ。トリップした当初こそここにずっといてもいいかもしれないと思っていたが、あの時と今では事情が違う。向こうには大事な弟がいるのだ。弟と別れることは俺には考えられない。母さんだって悲しむはずだ。
いつの日か来る選択の時、俺はきっと自分のいた世界を選んでしまう。そんな思いが、俺の中に確かに渦巻いていた。










おおやけにされているタワーへの入り口は地下には存在せず、用事のある一般市民はタワーのすぐ近くに設けられた出口から地上に上がらなければならない。その場合、地上封鎖勧告を無視しても咎められないが、少しでも地下から出た時点で管制塔のチェックが入り、妙な動きをした場合は問答無用で威嚇射撃が始まるらしい。これはゼゼの片言の説明とダヴィットの入れ知恵を混ぜ合わせた情報だ。9月の初めといえば法律的にはまだ2時間以上外出を禁止しているだけだが、暑さが尾を引いて国民はまだなんとなく外を走らない時期らしい。

俺達の前にそびえ立つタワーには大きなシールドが張られていて、定められた門からしか入場できなかった。俺はどうやったら中に入れてもらえるのだろうかと考えていたが、ゼゼが門番に自分と俺の名前を言うと驚いたことに顔パスだった。ダーリンさんにリーヤ(クロエ)を預けるのは1日だけだと言っておいたから、すぐに入れるように配慮してくれたのだろうか。

軍服を着たスキンヘッドの警備隊に誘導され車を敷地の端に停車させる。駐車場ではないが俺達がすぐに帰ることを見越してだろう。
俺とゼゼが車からおりると警備隊がすぐに周りを固めてきた。いつもの保護するような感じではなく俺達自体を警戒しているようだ。クロエが一度彼らを倒しているから無理もないが。

「我々からけして離れず、しっかりついてきて下さい」

代表格の男が眉間に皺を寄せて俺達に指示する。この男の顔には見覚えがあった。よくダーリンさんと一緒に俺を迎えに来てくれる人だ。

タワーの入り口付近は相変わらず殺伐としていて、厳戒態勢がしかれている。蟻の子一匹入らせてくれそうにない。しかめっ面をした警備隊と俺達はぞろぞろと連れ立ってタワーの中に入ったが、すぐに前方からどこかで見たような顔が勇み足でこちらに近づいてきた。

「クロエ!」

相手が何者か確かめる前に勢いよく抱きつかれる。突然の歓迎に驚いた俺の思考は完全に停止してしまった。

「久しぶりだね、可愛いクロエ。もしかして私に会いに来てくれたのかな?」

この声には覚えがある。数少ないタワー内の知り合いの中、俺すぐに相手を突き止めた。

ダヴィットいわく、このタワー内で一番のプレイボーイ。いい年こいて女を口説くことしか頭にない分析官。クリスさんだ。

「今日はおとなしいな、クロエ。いつもならすぐ私を拒むのに」

「…! さ、さっさと離れやがれ!」

クロエになりきるため、俺はクリスさんの手を無理やり振り払った。というかこの人、クロエと知り合いだったのか。しかもかなり親密そうだ。

「そう、それでいい。それでこそ私のクロエだ。ほら、おいで」

むろん行きたくはなかったが無理やり手を引かれ、俺は前に飛び出してしまった。けれどその瞬間、クリスさんが俺の頬にぶちゅーと唇を押し付けてきた。

「ぎゃああああ!」

び、び、びっくりした! 何なんだこの人! 彼まで男をそういう対象にしていたとは。しかも寄りによってクロエ。女だけじゃなかったのか!

「おや、貴方は…」

今までさんざん俺をかまっていたくせに、ゼゼを見つけた途端俺を見向きもしなくなった。ターゲットロックオン。やはり男よりは女がいいらしい。

「はじめまして、ゼゼともうしマスー」

ぼけーと片言の挨拶をしたゼゼの手をクリスさんが優しく握りしめる。ヤバい、ゼゼが危ない。

「それ以上何もおっしゃらないで、美しい人。小鳥の囀りのような美しいその声を聞けば、たちまち私は恋の奴隷となり果てましょう。貴女のような女性とこんな場所で知り合えるなんて、まさに僥倖。私のちっぽけな儚い人生の中で、どうか私のためだけに輝いて」

「ストーップ!」

普段よりも一段と激しい賛辞を止めるため、俺はゼゼとクリスさんの間に割り込んだ。今の俺はゼゼを守らねばという使命感に燃えていた。クリスさんはそんな俺を見てにっこり微笑んだ。

「そうだね、今はクロエの用事が先だ。クロエはリーヤ様を迎えに来たのだろう。この可憐な女性にはここで待っててもらって、私が案内しよう」

俺がゼゼを見ると彼女は黙って頷く。クリスの言うとおり自分は待つ、という意味だろう。
不本意ではあるが、どうやら俺はこの意味深な笑みを浮かべたクリスさんに、ついて行く以外の選択肢はないらしい。


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