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先憂後楽ブルース
不幸な巡り合わせ


チェーンロックをかけたままドアを開けると、隙間から見知らぬ白人の男女の姿が見えた。彼らはいずれも年配で長年連れ添った熟年夫婦のように見える。そんな2人がこんなところに何の用だと思ったが、レジスタンスの連中じゃなかったことに俺はとりあえず安堵した。

「何だてめぇら」

出来るだけクロエらしく見える横柄な態度で、知り合いかもしれないことを考慮に入れつつ俺は客人にそう尋ねた。しかし彼らは俺の声を聞いた途端、殺人鬼でも見たかのように驚き怯えだした。

「どどどどうしましょうジェームズ、次男が出てきちゃったわ!」

「ほ、ほ、ほんとだエマ。一体なぜ彼が」

「なぜって…ここ俺の家なんですけど」

俺を見上げる2人の震えが尋常じゃない。一体クロエは彼らに何をしたんだ。そもそも誰なんだこの人達。

「ささきほど、こちらのご自宅にお電話させていただきましてっ」

「そ、そのときはジーン君が電話に出られて、彼に私達がこちらへ伺う旨を伝えたはずなんですがっ」

「……? 聞いてねえよ?」

「「すみません!!」」

「……」

話をまとめるとつまり、俺に向かって今にも土下座しそうなこの2人は事前に連絡を入れ訪問することを知らせた。だがその知らせを聞いたはずのジーンは出て行ってしまい、何も知らない俺が対応したものだからあらびっくり。…おいおい、今日のジーンは一体どうなってるんだ。

「で、アンタらは結局何の用なんだよ」

「「ひいぃっ!!」」

たとえ優しい口調にしようと努力したとしても威圧感のある低い声。それでもなおこの2人が逃げ出さないのは、このチェーンがあるからに他ならない。すでに目の前のチェーンは俺ではなく夫妻を守る物へと早変わりしていた。

「じっ、実はですね、週に一度この地域の住民が、順番にゴミ捨て場の清掃を行ってまして」

「今週は隣のマーシャル夫妻の当番なのですが、あいにく夫妻は先週から旅行で家をあけておりますッ」

「ですので決められた順番で夫妻の次にあたるダラー様に、当番がまわってきたことをお知らせしようとこちらに赴いたしだいです!」

「……はあ、なるほど」

夫婦のわかりやすい説明により彼らの目的はわかったが、ゴミ捨て場の掃除って住民の仕事だったのか。あまり汚れてはいないようだったから誰かが綺麗にしてくれているのだろうとは思っていたが。ちなみに今のはウチのマンションのゴミ捨て場の話だ。俺のところは一体誰が掃除してくれていたのだろう。帰ったら家政婦の鈴木さんに訊いてみよう。もし知らないうちに彼女にやらせていたのだとしたら申し訳ない。

「じゃあ俺やるよ。ゴミ捨て場の場所は?」

「へ!? いやいやいやクロエ様のお手をわずらわせるなんてそんな」

「別にいいから。今日がその掃除の日なんだろ」

クロエになりきるのであればこんな面倒事さっさと追い払うべきだが、それではこの2人が可哀想だ。それに彼らは垣ノ内リーヤを知らないのだから、正体を見破られる心配も名前を呼び間違えられる心配もない。俺がクロエらしからぬことをしたって何ら問題はないだろう。

「ああああのですねクロエ様、掃除というのはこう、汚物を手で取り除いたり──」

「箒で地面を掃いたりするんだろ。それぐらいわかってるって」

「でで、ですがあの…」

「しつこい」

ついポロッと出てしまった俺の苛立ちの言葉に、2人が同時に息をのんだ。ったく、クロエの野郎。ご近所さんにどれだけ恐がられてるんだ。

「殴ったりしねえから、いちいちビビるのはやめてくれ。そんでさっさと俺をゴミ捨て場に案内しろ」

「「はい!!」」

こうしてこの物静かそうな夫婦は威圧感溢れるクロエの姿をした俺に脅され、ゴミ捨て場まで案内する羽目になったのだった。













自宅から意外とすぐの場所に、未来のゴミ捨て場は存在した。未来で異世界だからといって特にハイテクなわけでもなく、俺のいた世界にもありそうなゴミ捨て場だった。収集車が回収していったばかりなのかゴミは1つもなく、今はすっきりとしている。
俺をここまで連れてきてくれた2人は自分達のつとめを果たすと一目散に逃げ帰ってしまった。端から見ればかなり失礼な態度だったが、きっと彼らなりに精一杯やってくれたのだろう。普段この男がどういう近所付き合いをしているかは知らないが、怖がらせてしまって本当に申し訳ない。

俺はすぐ横に用意されていた箒とちりとりを引っ張り出して、ごみ袋からこぼれ落ちたのであろう残骸を集めることにした。そんな俺の姿を見て、時たま通る通行人は宇宙人でも見たかのような顔をしていた。中には来た道を引き返す人や、こっそり写メを撮る奴までいたのだ。こりゃ早いこと掃除を終わらせた方がいいかもしれない。

周りのクロエに対する態度には、なんとなく苛立ちを覚える。確かにクロエは酷いことをしてきたのかもしれないが、いいところもたくさんあるのだ。確かに見た目は怖いしついでにいえば中身も怖いが、本当は優しいし格好いいしなんだか憎めない。そしてちょっぴり残念な男でもある。あの年になって女子に興味ないなんて残念としか思えない。俺はクロエに出会うまで、恋を知らないイケメンが存在するとは夢にも思わなかった。

そんなことを考えつつも1人ゴミ捨て場を清掃する穏やかな状況が一変したのは、俺が掃き掃除を終え家に戻ろうと立ち上がった時だ。唐突に後ろから声をかけられ、俺の心臓は縮みあがった。

「クロエ、てめぇこんなところで何してんだ」

慌てて振り返るとそこにはいかにも柄の悪そうな3人組。前にこれと似たような状況に陥ったことがあるような気がする。どう楽観視しても友好的には見えない3人組は、固まる俺を伺いながらお互いに目配せした。

「……おい、クロエの奴なんか掃除してねえ?」

「馬鹿言え、幻覚だろ」

俺は慌てて手にしていた箒とちりとりを落とした。集めたゴミがちりとりから地面に散らばる。

「偶然に感謝しなきゃいけねえな。てめぇに殴られた俺らのダチは今も病院だ。ここでお前を帰すわけにはいかねえよ」

中央にいた筋肉質のいかにも強そうな男が俺を見て関節をボキボキ鳴らしている。うわあああやっぱりみんなクロエのこと恨んでるんだ。つか何で俺は1人で外出するたびこんな目に遭うんだよ。クロエもクロエだ。そんな簡単に人を病院送りするなよな!

この瞬間、俺は普段めったに使わない頭を必死でフル回転させた。ここで今の俺が奴らと闘ったとして、勝算はどれくらいあるだろうか。クロエならこれぐらいの男達いとも簡単に倒せるのだろうが、クロエの身体を持った俺ではどうだろう。いや、いくら力を持っていたって俺の殴り合いの経験もない脳みそではきっと無理だ。喧嘩は身体で覚えるなんていうが、コイツが右フックでもかましてきたら俺は間違いなくさけられない。

つまり、とるべき道はただ1つ。

俺は深く息を吸い込むと、男達の後方を指差して思い切り叫んだ。

「あーーーっ!」

当然ながら何事かと振り返る3人組。その隙を狙って俺は奴らに背を向け全速力で走り出した。

「ちょ、見ろ! クロエが逃げたぞ!」

「なっ…まじかよ!?」

すぐさま後を追ってくる3人分の足音。俺は捕まらないことをひたすら祈りながら、地下の通路を全速力で駆け抜けた。


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あきゅろす。
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