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先憂後楽ブルース
知らない女性とない関係


ジーンが出て行ってしまった後、特にすることがなかった俺は適当に台所や汚れの目立つところを掃除していた。この光景を誰かに見られようものなら間違いなく不審がられるだろうが、今ここには俺しかいない。いや正しくは奥の部屋にエクトルがいるのだが、奴は自分の部屋から絶対出てこない。以前はなんとかしようとしていたエクトルの引きこもりに、俺はここにきて初めて感謝した。

掃除の間、ずっと考えていたのはジーンのことだ。なぜ彼は俺の間違いに気付かなかったのだろう。いや、それだけじゃない。よくよく思い返してみるとあの時のジーン、何か変じゃなかっただろうか。雰囲気が暗いというか、気力がないというか…とにかくジーンらしくなかった気がする。帰ったら何があったのか聞いてみよう。

「…よし、こんなもんかな」

まな板を漂白してようやく一息つけた俺はエプロンをつけたままソファーにへたりこんだ。自分がこうやってちゃんと掃除出来るようになったことには、ゼゼに感謝しなければならない。ここにくるまでの俺は1人では何も出来なかったのだ。この前もテフロン加工のフライパンを金たわしでこすってゼゼにこっぴどくしかられた。ちょっと怖かった。

だが問題は料理だ。こればかりは数日指南を受けただけで出来るものじゃない。カレーの作り方はもう忘れてしまったし、1人で火に近づくなとゼゼにきつく注意されている。まあ俺は今まで料理どころか米をといだことさえなかったのだから、当然といえば当然だが。

昼食は百歩ゆずっていいとしても、夜はどうなる。この兄弟ゼゼがいないときはどうしてるんだ。昨日は確か鍋だった。材料を切っていたのはイルだが、彼女が今夜もここにくるとは限らない。まあ材料切るぐらい俺でも出来るとは思うが、2日続けて鍋というのもどうなのだろう。いや、もしかしたら夜はゼゼが来てくれるかも。…信じよう。もう信じるしかない。

そうして昼食を諦め掃除も終えて暇になった俺の脳裏に、ある光景が蘇った。ジーンの部屋だ。今朝クロエの姿をしてジーンの寝室で目覚めた俺。 あの時は周りに気を配る余裕がなかったが、よくよく思い起こしてみるとちょっと物が散乱していて汚かった気がする。いつもならゼゼが清掃担当の部屋だが、彼女のいない今日は俺が代わりにその任についてもいいだろう。思い立ったが吉日。俺は濡らした雑巾を手に持ち汚れたエプロンを脱いでからジーンの部屋へと向かった。








「なんだここ……」

ドアを開けた俺が見たジーンの部屋は、記憶をはるかに超えた汚さだった。床には衣服やシーツが無造作に放り出されており、まるで空き巣に侵入された後のような有り様。ここがあの天使の笑顔を持つジーンの部屋だとは思いたくない。
ジーンの性格が意外と大ざっぱで、少々めんどくさがりなことには薄々感づいていた。けれどゼゼがいないだけでここまで酷いゴミ屋敷になるとは。さすがに食べ残しや腐りそうなものは何もないが、着用済みかそうでないかわからないような衣服が足の踏み場もないほどに散らかっている。まさにイメージの崩壊、地獄絵図だ。ある意味クロエの部屋より衝撃かもしれない。

1分後、ようやくショックから立ち直った俺は、床に散らばった服をかき集めたたむことにした。そして全部たたみ終えた後、掃除をするために換気扇を回した(この家はすべての部屋に換気扇がある)。
散らかってはいるが、ジーンの部屋は特にこれといって変わったものはない。唯一変わってたのは電子レンジがあったことぐらいだが、他は勉強机の上に参考書が散乱していたりCDプレーヤーが置いてあったりと、いたって普通の高校生の部屋だった。

「え、これって…?」

ジーンの机に置かれた写真立てに気づいた俺は、思わずそれを手にとってしまった。物が点在する中でそれが目立っていた理由は、その写真立てだけが異様に綺麗だったからだ。中に写っていたのは家族の写真でもなく友達の写真でもなく、1人の女性の姿だった。
煌めく金髪に澄んだ青い瞳の美人が微笑んでいる写真。恋人、だろうか。けれどジーンに彼女がいるなんて話聞いたことがない。いや、俺にいちいち報告する必要なんてないんだけど。正直、関係ないし。

「……関係ない、か」

自分で言っておいてなんだが、その言葉にはひどく違和感を覚える。関係ないって何だ。あまりに薄情すぎるのではないか。一応一緒に住んでるんだから関係ないってことはないだろう。いつから俺はジーンに対してこんな冷たい人間になったんだ。

軽い自己嫌悪に陥った俺はしばらくの間、写真に写る綺麗な女性を見つめていた。バックの風景は草原で彼女の手にはたくさんの花がある。もちろん会ったことも話したこともないけれど、その女性の優しげな雰囲気に合った美しい写真だった。
ジーンとこの女性、もし2人が恋人同士ならこんなにお似合いなカップルはいないだろう。ハイスクールでベストカップル賞をもらえそうだ。うらやましい。ジーンもこんな恋人がいるなら紹介してくれればいいのに。いや、それとも何か事情があって隠してるのだろうか。だとしたらこの写真は見てはいけないものだったのかもしれない。

写真を元の位置に戻し部屋を出ようとした瞬間、この家の呼び出し音が鳴り響き俺は固まった。この家に一体誰が何の用で来たというのだ。イルとゼゼは鍵を持っているだろうし、タワーの人間が来るはずがない。出た方がいいのかもしれないが、もしクロエに喧嘩をふっかけにきたレジスタンス連中だったらどうしよう。しかしこうやって迷ってるうちにもインターホンは鳴り続けている。まるで在宅に気づいているかのようなしつこさにうんざりした俺は、警戒しながらも恐る恐る玄関へと向かった。


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