[携帯モード] [URL送信]

先憂後楽ブルース
KEEP OUT!


真っ黒に塗りつぶされた上に白く「KEEP OUT」とかかれた扉。初めて見たときと何一つ変わっちゃいなかった。

顔を洗い歯磨きまですませたが、どうしてもリビングに戻ることが出来なかった俺は、すごすごとクロエの部屋までやってきていた。本当はこんなあからさまに入室を禁止されているクロエの部屋には入りたくなかったが、リビングに戻ったらまたジーンの質問責めが始まり正体を暴かれてしまうのではないか。そんな不安が俺にはあった。

「すまんクロエ! 許せ!」

今は無きクロエに頭を下げて心の底から謝罪する。他にこもれる場所があれば良かったのだが、あいにくリビング以外の部屋といえばクロエ、ジーン、エクトルの部屋、そして水回り関係ぐらいのものだ。クロエの姿でエクトルの部屋になんかいけないし、ジーンの部屋にいるのも何かおかしい気がする。かといってずっとトイレで用を足したり廊下でただ突っ立ってるわけにもいかない。もちろん外に出るなんて自殺行為でしかなく、結局俺はクロエの部屋に入るしかなかったのだ。

「お邪魔しまーす…」

ゆっくり、ゆっくりとノブをひねりドアを押す。禁断の魔の部屋の扉が今開放されようとしている。クロエの部屋は一体どうなっているのだろうか。俺の予想では、モデルガンやらサーベルやらを壁に飾っていて骸骨の標本とかデスクに並べていそうなイメージだ。まあさすがにそこまでひどくはないだろうが、豹の毛皮の絨毯が敷いてあっても俺は驚かない。

「…って、あれ?」

意を決して見回したクロエの部屋は、想像とはまったくかけ離れていた。電気をつければ印象も変わるだろうが、黒をモチーフとした薄暗い雰囲気のシンプルなレイアウトだ。以外と中は狭く、ベッドもソファーも置かれてはいない。もっと汚れているかとも思ったが、床に物はほとんど散乱していなかった。クロエは片付けられない人間のはずなのに、なぜだろう。部屋には目立つゴミの1つもなく、何の変哲もない椅子に机、そしてスペースのほとんどを占領しているのが本棚だ。

「うわぁ…こりゃすげぇ」

壁から天井まで本がぎっしり。驚くべきことに漫画は一冊もない。これはすべてクロエの私物なのだろうか。……意外すぎる。本の中には医学書などの小難しいものから、フィクションの物語までジャンルは様々だった。俺はその中の一冊を手にとってパラパラとめくった。読めもしない難しい漢字にいまだ使いどころが不明な英単語。もとより読書が苦手な俺には頭が痛くなるような文字の羅列だ。何だか初めてクロエの頭が良いことを身を持って知った気がする。
ここには、俺が考えていたような、人に隠すほどのものはないように思った。なぜクロエはここに人を入れたくなかったのだろう。謎だ。

電気のスイッチをようやく見つけて明かりをつける。すると部屋の隅に大きめの人形が吊されていることに気がついた。

「うわっ…」

その人形の気味悪いことといったら、まさに俺が予想していたようなグロテスクでおぞましいものだった。藁人形、いやちゃんと顔のパーツがついているからカカシにも見える。だがとにかく怖い。この人形に俺は見られてるような気がする。

とにかくその怖い顔を視界に入れないようにしようと思い、人形に近づく。触れるのさえ恐ろしかったが、怒らせないように優しく優しく裏返した。人形の背中にはタグがついており、俺はそれをつい興味本位で見てしまった。

「まじない人形、ドロシーちゃん…」

なんと、この人形には名前があったのか。しかもまさかの女の子。その下には「アナタの悩み解決します」という宣伝文句までくっついている。彼女は一体どのように悩みを解決してくれるのだろうか。よもや昔ながらの親しい友人のように励ましやアドバイスをくれるわけではあるまい。つうか何でクロエはこんな人形を持ってるんだ。

「ケケケケケッ!」

「ひいいっ!」

人形が突然、泣いた。いや、鳴いた。俺はすぐさま部屋の隅っこまで後ずさった。お腹の下に隠されているスイッチを押してしまったせいだろうか。きっとそうだ。いやそうに違いない。
その後いくら警戒しても、いきなり宙に浮いたりだとかいう恐怖のポルターガイスト現象はなかったので、俺はやっと肩の力を抜くことが出来た。そしてこの赤ちゃんくらいの大きさの人形とジーン、どちらがマシか真剣に考えた。ジーンの方が絶対マシだが、リビングに戻ってはいけないと思い込んでいた俺はその場にとどまるしかなかった。

その後1時間ほど、俺はドロシーちゃんとクロエの部屋で暇をつぶした。ドロシーちゃんはずっと壁の方を見ていたけど、俺は気にせずクロエの難解な本の解読に挑戦していた。2度ほど電話がかかってきたようだが、もちろん俺ではなくジーンが対応した。

2度目の電話からしばらくの後ドアがノックされ、俺の心臓は縮みあがった。

「クロエ、僕ちょっと外出てくるから」

「お…おう!」

ジーンのいきなりの呼びかけに返事が若干裏返ってしまったが、彼がこの部屋に入ってくることはなく靴を履く音だけが聞こえる。どうしても気になることがあった俺は後先考えず慌てて部屋を飛び出しジーンに声をかけた。

「待ってジーン! 出かけるっていつ帰ってくんの?」

「…え? うーん、わかんないや」

「じゃあ昼食は?」

「その辺ですましてくるよ」

「……」

急に冷静さを取り戻した俺は、声をかけるんじゃなかったと早くも後悔していた。いや、っていうかさっき俺ジーンのこと名前で呼んでなかったっけ? アメリカじゃ兄弟を名前で呼びあうなんて普通だが、クロエがジーンなんて呼んでるとこ見たことない。……しくった。完全に失敗した。この言い間違いにジーンが気づかないはずがない。わああバレたらマジでどうしよう。ごめんなさいクロエごめんなさい。

「じゃあ僕行くね」

「…え」

ジーンが異変に気づかなかった…? いやそんな馬鹿な。だが現にジーンは何事もなかったように家から出て行ってしまった。一体どうして?
突っ込まれなかったのはラッキーだが、動揺のせいで俺は肝心なことを聞き忘れていた。

俺の今日の昼飯、どうしたらいいんだろう…。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!