先憂後楽ブルース
012
「リーヤ、私が全面的に悪かった! 許してくれ!」
「……」
記憶喪失騒動から30分後、事の経緯をすべて聞いたリーヤは不機嫌というには優しすぎるほど怒り狂っていた。仁王立ちのリーヤの前にはダヴィットと罪悪感で泣きそうなジローが床に膝をついている。これでもリーヤの状態はずいぶん落ち着いてきた方だ。一服盛られたと知った時のリーヤは、とても手がつけられないほどの怒り様だった。
「やっていいことの区別ぐらいつけろよ。俺がどれだけ怖かったかわかるか?」
「…すまない。反省してる」
「謝ってすむ問題じゃないだろ! 自分が何したか本当に理解してんのかって訊いてんだよ。非常識にもほどがある!」
「…重ね重ね、悪かった」
「あと俺が好きなのは、恐竜みたいな人じゃなくて恐竜だから」
「…………覚えておく」
すっかりしおらしくなったダヴィットと、雷でも落としそうなほどの怒りのオーラをまとったリーヤを見比べ、ジローの背中に冷たい汗が流れる。もうこんな空気には耐えられない。ジローは今すぐにでもリーヤにすがりつき、泣いて許しを請いたい衝動にかられた。
「まぁまぁ、リーヤ様。王子もこうやって反省しているのですから、そうお怒りにならないで。可愛い顔が台無しですよ」
部屋の中で唯一落ち着いていたクリスは、自分がそもそもの元凶であることを棚に上げ、笑顔でリーヤをなだめ始める。けれどリーヤの機嫌はますます悪くなるばかりだった。
「反省してる? してくれなきゃ困るっての。コイツは人に間違った記憶を植え付けて俺を…お、押し倒そうとしたんだぞ! 人として最低の行為だ!」
「……お前の方から誘ってきたくせに」
「なんだって?」
ダヴィットの密かなつぶやきは、しっかりリーヤの耳に入ってしまい、その瞬間リーヤの怒りは頂点に達した。
「人に変な薬飲ませといてなんだよその言いぐさ! ああそうか、よくわかった。もういい、ダヴィットなんか大嫌いだ!」
顔を真っ赤にしながらダヴィットを怒鳴りつけたリーヤは、そのまま一直線にドアへと向かう。ジローがその背中を慌てて引き止めた。
「リーヤ様っ、どちらへ」
「家に帰るんです!」
説得する間もなく、リーヤはダヴィットを拒絶するかのように背を向け、部屋から出ていってしまった。けれど誰1人、鬼神と化したリーヤを追いかけようとする者はおらず、部屋には気まずい沈黙が流れる。
「……リーヤに嫌われた」
床に手をつき、まともに見ていられないほど落ち込むダヴィット。そんな彼をジローはただ慰めることしか出来ない。
「どうしたらリーヤとの関係を修復出来る? それとももう、リーヤは私のことを許してはくれないのだろうか…」
「そんなことないですよ殿下! 誠心誠意謝れば、リーヤ様だってきっと許してくださいます!」
ジローがどんなに励ましても落ち込んだままのダヴィットの肩に、クリスが手を乗せる。心の底から同情しているかのような表情だった。
「殿下、気を落とす必要はありません。よくいうじゃないですか。失敗に学べ、と」
「クリス…」
「一度してしまった失敗は、二度と繰り返さなければいいことです」
クリスの優しい言葉がダヴィットの折れかけた心を修復していく。だがそれもつかの間、クリスは笑ってこう続けた。
「次は薬の作用時間、2時間にしましょうね」
「………」
クリスの言葉にダヴィットの最後の心の芯が折れた。そしてそれと同時に彼にはもう何も頼むまいと強く決心した。
「…………そうだ、いいことを思いついたぞ」
突然、むくっと起き上がり立ち上がるダヴィット。その顔はきらきらと輝いている。
「ジロー、今すぐ古生物学者、その他必要な専門家を呼べ!」
「な、なぜです?」
「新種の恐竜の化石を発掘する!」
「は!!?」
これまで数多くの無理難題をふっかけられてきたジローだったが、今回ばかりは想定外だ。恐竜の化石だけでも大変なのに、新種など絶対見つかるわけがない。
「もし新しい恐竜が見つかれば発見者が名前をつけられるだろう。その恐竜にリーヤの名をつけてプレゼントしてやれば、リーヤもきっと許してくれる!」
ジローは瞬時にリーヤザウルスなる恐竜の骨が博物館に展示される姿を想像した。だがそれを見た時のリーヤの反応などまるで予想出来なかった。
「さすがは殿下、素晴らしいアイディアです! さっそく各専門家を手配して特別チームを作りましょう」
「善は急げ、だ。次にリーヤが来るまでに必ず発掘してみせるぞ!」
「………」
明るさを取り戻したのはいいが無謀とも思える計画を立て始めるダヴィットを見て、全然懲りてないなあと落胆しながら、ジローはこれから自分にかかるであろう苦労を想像し溜め息を一つ落とした。
第2.7話 完
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