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先憂後楽ブルース
007



「失礼する!」

再び研究室へずかずかと乗り込んだダヴィットは、唖然とする警備の兵と研究員達を無視して、ステフとステラのところへ真っ直ぐ向かった。そして怒りにまかせて彼らに激しく詰め寄った。

「どういうことだお前達!」

「何事です、殿下」

クリスはコーヒーを飲みながらのんびりくつろぎ、双子達とじゃれあっている。脳天気な様子に苛立ちはさらにつのるが、ここで感情にのみ込まれてはいけない。冷静に、冷静に。

「…リーヤが記憶をなくした」

「「すごい、成功だ」」

「──は?」

今の今までダヴィットを無視していたステフとステラが、口をそろえて同じことを言った。2人の目はいつにも増してキラキラと輝いている。

「僕たち成功させたんだ、ステフ。やっぱりあのりろんは正しかった」

「やったね、ステラ。これで僕らの努力がむくわれたんだ」

双子はお互いの手を握りしめ、感激に目を潤ませている。ダヴィットはやっと気づいた。この最悪な状況に。

「さてはお前たち、リーヤを実験台にしたな! どういうつもりだ、研究費削減ではすまさんぞ!」

「殿下っ、落ち着いて」

わなわなと体を震わ今にも殴りかからんばかりのダヴィットをジローが必死で食い止める。けれど双子達はまったく意に介していない様子で反論した。

「別にだましたわけじゃないよ。ねーステフ」

「そうだよ、ダヴィットがなんとかしてほしいっていうから、関係をリセットしてあげたの。ねーステラ」

「なんだと?」

「王子」

やけに落ち着いているクリスに、お得意の茶化した言葉遣いで口をはさまれた。彼は時々、ダヴィットのことを王子と呼ぶことがある。“可愛い可愛い”が形容詞になることもしばしばだった。そこには愛着の響きがあり、また小馬鹿にしたようでもあった。

「つまり彼らはこう言いたいんです。王子がリーヤ様と寝たいのであれば、記憶を失った彼と一から関係を築き直せ、と」

「寝っ…!? クリスさん、もう少し言葉を選んで下さい」

「ん? ああ、すまないねジロー君、言い直すよ。王子がリーヤ様とセッ─」

「クリスさん!!」

ジローの怒気を含んだ声にクリスはしぶしぶ口を閉じた。けれどその表情は不満げだ。

「なぜそうやっていちいち恥じらう。君も、もういい大人だろう」

「すぐ横に子供がいるんですよ? 悪影響きわまりない!」

「えっ…まさか彼らが子供だと本当に──」

「ジロー! クリス! 2人ともいい加減しろ! 今は言い争いをしている場合ではない。リーヤが記憶をなくしたんだぞ」

「殿下…」

罪悪感でうなだれるダヴィットの肩にジローの手が優しくそえられる。ここまでふさぎ込んだダヴィットを見たことのは久しぶりだ。普段なら、彼が落ち込む時はたいてい怒りもプラスされる。

「大丈夫です殿下。解毒剤を飲めばリーヤ様の記憶はすぐに元通りになりますよ」

「ジロー…」

「解毒剤、ないよ」

衝撃的な言葉をさらっと告げたステフの表情を、ダヴィットとジローは馬鹿みたいにぽかんと見つめる。そうしてようやく我に返ったダヴィットがやっと口を開いた。

「……なんだと?」

「だから、解毒剤ないよって。作ってないもん」

「はぁ!?」

ステラのまったく悪びれのない告白にダヴィットは怒り狂った。無理もない。彼は薬の完成品を所望したのだ。通常、薬ないし毒というものは解毒剤とセットになって初めて完成品となる。

「もう我慢の限界だ! 貴様らを地方に飛ばしてやる! ダーリンに言えば一瞬だぞ!」

「わぁぁんダヴィットが怒ったあっ」

「ダヴィットが怖い! ひどいようっ」

唐突にわんわん泣き出す双子を見ても同情など1ミリも沸き起こらない。彼らがわざとしたことだとわかっているからだ。

「まぁまぁ落ち着いてください殿下。彼らばかり責めてはいけませんよ」

「なに?」

ぐずるステフとステラをよしよしとあやすクリス。彼の言い分にダヴィットのこめかみがピクリと動いた。

「殿下は彼らにリーヤ様との関係を改善出来る薬を作るよう頼み、どんな形であろうと彼らは貴方の望みを叶えた。事前に薬の効果や解毒剤の存在を確かめなかったのは殿下の不備です。自業自得ではありませんか」

「クリスさん! そんな言い方…」

「ジロー、いい」

ダヴィットは自分を庇おうとした従者を止め、笑顔のクリスを睨むように見続ける。遠巻きに様子をうかがう研究員達もはりつめた空気に圧倒されて誰一人声を出さず、双子のしゃくりあげる声だけが部屋に響いていた。
しばしの沈黙の後、眉間にしわを寄せたダヴィットが思い決めたようにやっと口を開いた。

「ジロー、奴らに解毒剤を作らせろ。今すぐだ」

「えっ、僕がですか!? ど、どうやって?」

ジローはダヴィットの護衛だ。幼い頃からそうだった。もちろん科学の知識はなく、クリスのように双子を手懐けられる訳でもない。そもそもステフ達とは今日会ったばかりだ。けれど今はジローを双子から守るだの何だのと行っている場合ではない。ダヴィットは自分の意志を曲げなかった。

「クリスには頼めん、わかるだろう。その点お前は奴らに好かれているようだし、適任だ。どうしても出来ない場合はかわりに自分が実験台になるからとでも言えばいい。そもそもお前はサブジェクト(被験者)だろう」

「確かに僕はサブジェクト(臣下)ですけど、そっちの意味はありませんっ! 無理ですよ!」

「やれといったらやれ。これは命令だ。…クリス!」

「なんでしょう、殿下」

ダヴィットは、クリスを呼びつけたが彼はもちろん動かない。その場で自分の髭を気にしながらダヴィットの指示を待っている。彼はそれが許される男だった。

「リーヤの件はお前の言うとおり、私のせいだ。今リーヤを医者に見せているが、奴らの薬の効果は通常の治療では治せないだろう。一緒に来い。ジローがいない間、私の護衛をしてくれ」

「了解しました、殿下」

言うが早いかダヴィットはジローに威圧感のある視線を送ってから研究室に背を向け歩き出す。やっとのことで立ち上がったクリスはステフ達をジローに任せ、その後を追った。


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あきゅろす。
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