[携帯モード] [URL送信]

先憂後楽ブルース
003


真っ黒と真っ白な髪と目を持つ対照的な双子は、同じ顔をしているだけあって傍目からは少々奇妙にうつる。けれどその力は本物で、これまで科学開発研究部の主力として様々な新薬を開発してきた。そしてそれこそが今のダヴィットの目当てだった。

「なるほど、つまり殿下はリーヤ様とよりいっそう親密になるためのスパイスが欲しいと」

「その通り。今すぐ用意出来るだろう?」

「ちょっとストップ! 待って下さい!」

子守りをしていたはずのジローが、ここにきて話に茶々を入れた。ステフとステラにすっかり気に入られたらしい彼は、すでに2人の人間アスレチックと化している。

「僕は反対です殿下! 私利私欲のためにリーヤ様に一服盛るなんて、信じられません!」

「黙れ、お前の意見など聞いてない」

勇気を出して主の向こう見ずな陰謀を食い止めようとするも、ジローの制止はあっけなく瞬殺されてしまう。涙目になるジローをよしよしと慰めながら、クリスは目元に皺を作りダヴィットに笑顔を見せた。

「そういう事でしたら私の部屋にいくつか合法的な媚薬がございますので、そちらをお使いになっては──」

「クリスさん! 貴方まで何を言ってるんですか!!」

クリスの品のない一言に、ジローは顔を真っ赤にして大声をあげる。一体なぜそんな物を所持しているのかという疑問は誰も持たない。クリスの女好きと手癖の悪さはこのタワー内では有名な話だ。本人はただのフェミニストと称しているが女性関係にはだらしがなく噂の絶えない男だった。

「殿下のプライベートな望みを叶えてさしあげるのも、我々の立派な役目だよジロー君」

「そ、そんな…」

クリスに王子の恐ろしい企みを止めてもらおうと期待していただけに、彼のその言葉はショックだった。だがそんなジローを無視して計画は着々と進んでいく。

「媚薬がタブーなのでしたら、一番手っ取り早いのが惚れ薬ですが…」

「それこそ法律で厳しく禁じてられているだろう。私が欲しいのはまだ国に申請前の完成した秘薬だ」

ジローに甘えていたステフとステラが、その言葉に反応した。2人は落胆してうなだれる優男の元を離れダヴィットの側にすり寄った。

「新しいくすりが欲しいの? ダヴィット」

「いいよー、あげても。ダヴィットは特別だもんねぇ」

黒い髪のステラは楽しそうにそう呟きながら戸棚まで歩き、そこにあった瓶をひょいとつまむ。その小さな瓶の中には透明の液体が入っていた。

「これはクリーチャー23のX。前のクリーチャー15の改良版だよ」

「クリーチャー?」

覚えのない薬の名を聞き首をひねるダヴィットに、クリスが笑顔で耳打ちした。

「以前問題になった薬ですよ。ほら、頭部に猫耳が生えるやつ」

「ねこ…っ!?」

衝撃を受けたのはダヴィットではなく、後ろで小さくなっていたジローだった。口には何も入っていないはずなのに、彼はまるで異物がのどに詰まるかのような感覚に襲われた。

「殿下! それはさすがにやりすぎです。やめておきましょう? ね、ね?」

「うるさいぞジロー、私語は慎め」

「私語?!」

いま自分にできる最大限の心添えを私語の一言で片付けられ、ジローの精神的衝撃は強かった。突然怪しげな薬を盛られ猫耳など生やされた暁にはリーヤは間違いなく怒り狂うだろう。だからダヴィットのためを思っての発言でもあったのに、彼の冷たい態度にはショックのあまり言葉が続かなかった。

「ジロー君、そう深く落ち込まないで。男ならば意中の人の乱れた姿を見てみたいと願うのは当然のことだよ」

「……」

微妙に的外れの励ましを受け、さらに深く落ち込むジローと、その横で想像に花を咲かせるダヴィット。主と従でかなりの温度差がある。

「だがリーヤの猫耳姿とは……きわどいな」

「まあ、あまり男性相手向けとはいえませんが」

ダヴィットはいつにない難しい表情をして顎に手を当てながら考え込む。その横顔を見つめていたステフはニヤニヤと意味深な笑みを浮かべ、一体どこから取り出したのか手に別の小瓶をつまんでダヴィットの鼻先に突きつけた。

「ねえダヴィット、そんなクスリよりもこっちの方がずーっといいよ?」

「…おいおい何なんだ、その怪しげな色は」

先ほどの猫耳薬と違いステフが差し出したのはピンク色の液体。どうも胡散臭い…とダヴィットは直感的に感じた。

「これはダヴィットとあのアウトサイダーが、もっともっと仲良しになれるおくすりー」

「……なるほど」

自らが“あやしい”と評する液体をためらいもせず受け取るダヴィットは、嫉妬と欲求不満でどうかしてしまったのかもしれない。だが今それを指摘できる者は誰もいなかった。

「いいくすりだよ、ダヴィット。使っちゃえ」

「ダヴィットも悪い子になっちゃえ〜」

甘い誘惑を囁きながら双子はダヴィットに体を擦り寄せ甘える。そんな2人の髪をめずらしくも優しく撫で始めたダヴィットに、ジローは恐る恐る尋ねた。

「殿下、まさかその薬を使用したりなんてこと、しませんよね…?」

その質問を聞き柔らかい笑顔を見せるダヴィットに、殿下にもまだ良識はあるのだとジローはほっと息を吐く。だが彼の安堵はそう長くは続かなかった。

「私は悪い子だ、ジロー」

聞き分けの良い従者はダヴィットのその言葉の意味を瞬時に理解した。そしてその二、三十秒後には不甲斐ない自分を責めるはめになった。

「今すぐここに、リーヤを連れてこい。無理矢理に引きずってでもな」


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!