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先憂後楽ブルース
001


8月の恒例となった“地上封鎖”勧告が敷かれたばかりの頃、事は静かに起こった。国の第一王子、ダヴィットの護衛官であるジロー・篝は王子の私室のドアの前に立ち警護をするのが仕事だったが、今日のお役目はちょっとばかし違った。


「リーヤが最近冷たい」

「………左様、ですか」

ダヴィットの部屋に招かれた彼は現在、安楽椅子に身を沈める王子が溜め込んだ不満のはけ口だった。日常的に王子のストレス発散道具として言葉のサンドバックになっていたジローには苦痛でも何でもなかったが、反応に困ったのは事実だ。そんなことありませんよと励ますのは簡単だが、会話の中心であるリーヤがダヴィットに冷たいのは火を見るよりも明らかだった。

「ただ冷たいだけじゃない、口が悪いんだ。だんだんひどくなってる」

それは端から見ていたジローも近頃思っていた事だ。そのすべての原因がダヴィットにあるということに本人は気づいていない。

「前はもう少し可愛げがあったのに、今は見る影もない。先日も私がちょっと尻を撫でただけでキモいだの変態だのと…」

「殿下、それは」

反応を返さない方が賢明だと経験からわかっていたジローは、首を振ってうなだれるダヴィットを見て口をつぐむしかなかった。彼の見解ではダヴィットの行動は充分変態だったが、もちろんそれを表に出せるはずもなく。

「しかも私の助言を無視してグッド・ジュニアにたぶらかされ、ついには城から逃げ出した。一体どうやったのか知らんがな!」

ダヴィットが机を拳で叩き、紅茶が注がれたカップが揺れる。一息吐いて落ち着いたダヴィットは、身を乗り出しジローを睨みつけた。

「よもや貴様がリーヤを逃がしたのではあるまいな。怒らないから正直に言ってみろ」

「ままま、まさか! 滅相もございません!」

「だといいがな。お前のためにも」

「……っ」

ダヴィットの冷たく鋭利な視線がジローの全身に突き刺さる。空調完備にも関わらず、彼の背中には嫌な汗が流れ始めた。

「しかも情報によれば、リーヤはクロエと夏夜祭に行ったそうじゃないか。あれだけ誰とも行かないなどと豪語しておいて」

「殿下……」

怒りの中に寂しさを滲ませたような声でつぶやくダヴィットに、ジローは気の利いた言葉1つかけられなかった。彼をなんとか元気づけたいという気持ちはあっても、ジローにはそれをなす術がない。

「そういえば、私が以前頼んだ件はどうした」

「…あっ、それならちゃんと調査いたしました。結構大変だったんですけど、なんとか調べてきましたよ」

ジローはあたふたと胸ポケットから手帳を取り出し、書き留めた内容を読み上げた。

「えー聞き込みの結果、リーヤ様の好みのタイプは……恐竜みたいな人、のようです」

「なにぃ恐竜だと?」

自らの腹立ちをむき出しにしたかと思えば、ダヴィットは唐突に青ざめ握った拳を震わせた。彼の脳内には嫌なイメージがじわじわと染み込んでくる。

「………まさしく、グッド・ジュニアじゃないか」

恐竜のよう、と形容される人間はめったにいない。もしいるとすれば“熊殺しのフィース”と名高いあの大男しかいないだろう。

「こうしてはいられんぞジロー! 今すぐここに双子を呼べ」

「で、殿下!? 気は確かですか?」

ジローは自分の主がついに嫉妬でおかしくなってしまったのかと思った。今まさに、先ほどから気づかないふりをしてきた嫌な予感が現実になろうとしているのだ。

「当たり前だ。リーヤの奴、私を差し置いてあんな男と祭りに行くなど言語道断。自分の立場をまるで理解していない」

やはりクロエの件に関して相当怒っていたらしいダヴィットは、不満を吐き出したいのを堪えゆっくりと立ち上がった。

「お前が呼ばないのなら、私が行くまでだ。下がれ、ジロー」

「殿下!」

護衛官の精一杯の制止はなんの効き目も持たない。満身創痍のダヴィットは怒り半分イタズラ心半分でずんずん突き進んでいく。これが悪夢の1日の始まりになるとは、まだ知る由もなかった。


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