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先憂後楽ブルース
黒い豹と赤い塔


みかんの木(?)に登って、というよりは乗って俺を見下ろしている若い男は、あきらかに天使でもマンションの住人でもなかった。


男の容姿を簡単にわかりやすく言うならば“ヤンキーな真っ黒外国人”だ。

少し長い真っ黒の髪、南米系の浅黒い肌、葬式向きではない黒の服。
ただそいつの瞳だけは金色に輝き、俺を探るように光っている。シャツはなぜかヒョウ柄だ。

端正な顔立ちなのに、耳に何個もピアスをしていてアクセをジャラジャラつけているチャラ男。全身黒なのに葬式帰りに見えないのはそのせいだろう。こんなのが天使だったらチビッコ泣くぞ。

男の不自然な所は他にもあった。こんなに暑苦しいのに、真冬みたいな分厚いコートを着ていたのだ。もちろん色は黒。
まったく、日本に染まった俺には外国人の考える事はさっぱりわからない。


男が何も言わないので俺から話しかけたいが、何と言えばいいのだろう。“ハロー”はアメリカだし“ニーハオ”は中国だ。


「ボ……ボンジュール」

まずい! “ボンジュール”はフランス語だった。どう見てもこのヤンキーはフランス人じゃない。




あぁ、あの軽蔑の眼差し。絶対俺を変人扱いしてる。



「…日本語しゃべれないのか? お前もしかして不法入国者?」



何だこの南米男、日本語しゃべれんじゃん! しかもペラペラ。
ってか不法入国者って、どう見たって俺は日本人だろ。それにもしここがまだマンションの敷地内なら不法侵入者はお前だぞ。

「あの…アナタは?」

いきなり殴られたりしない事を願いながら、俺は遠慮気味に尋ねた。

「俺? 俺はクロエ・ダリルだ」

「クロエダリル?」

「クロエでいいぜ」

名前にまで黒が入るのか。もしこの外国人を動物に例えるとするなら、間違いなく黒豹だ。

「お前は?」

「…垣ノ内リーヤ」

「カキノウチリーヤ? …どこで切る」

「……リーヤでいいです」

男は暑いのかシャツのボタンを開け、健康そうな肌が丸見えだった。…日焼けサロンだったら、うまく焼けてる。

「リーヤ、手ぇのばせ」

いきなり名前を呼び捨てにしてクロエが手をのばしてくる。俺はもちろんためらった。

「俺の腕つかんで登ってこいって言ってんの! ここはあぶねぇから、早く!」

怒った顔でせかされ、恐怖から俺はのばされた手を素早く握る。何個もつけられたクロエのバングルが邪魔だった。

外人らしい惚れ惚れするようなたくましい体格のクロエは、俺の手を掴むと軽々と引っ張り上げる。

みかんの木の枝らしきものにつかまると、この林が一望できた。






「と…東京タワーだ……」

「あん?」

クロエは俺が落ちないように腕をつかんだまま、まるで変人でも見るかのように俺を見ている。
でもそんな事どうだっていい。

重要なのは、今ここに、俺の目の前に、見慣れた東京タワーがあるって事だ。



なぁんだ、ここまだ俺ん家の近くじゃん。

何故こんな東京タワーの間近にいるのかはわからないが、いくらなんでも天国や地獄に東京タワーはないだろう。
とりあえず一安心。

どうして十五階から落ちて無傷なのかという無視するには大きすぎる謎をないがしろにして、俺はぼんやり“近所にミカン畑なんてあったっけなぁ”などと考えていた。

だが


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あきゅろす。
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