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短編
悪いのはどっち?
先輩と後輩/15禁






ヤりたい。セックスしたい。とにかくなんでもいいから突っ込みたい。

俺がそんな危険な欲望を抑えきれなくなってきたのは、全寮制男子校に入学して半年を過ぎた頃だった。







「先輩にセフレがいるって噂、本当なんですか」

「……は?」


俺はその夜、部屋数の関係でルームメイトとなっていた1つ上の先輩に不躾な質問をしていた。その先輩の名は三谷原逞(ミヤハラ タクマ)。バスケ部のエースである彼は、その恋愛遍歴が凄まじく、“男”遊びが激しいことで有名だったわけだが、もちろん俺だって意味もなく他人のプライベートな部分に踏み込んだわけではない。
この男同士の恋愛がかなり大っぴらな学校に、最初こそかなり引いていた俺だったが半年もいればすっかり慣れてしまっていた。いや、そればかりかどうやら俺はこの男子校にすっかり毒されてしまっていたようで。

「で、どうなんですか。先輩」

「……本当ならどうだって言うんだよ」

あっさり認めた先輩に俺はちょっとだけ驚いた。噂によると先輩は特定の相手を作らず、何人かと身体だけの関係を持っているらしい。行き場のない性欲をもて余している今の俺にとっては羨ましいことこの上ない。
しかし俺はこの噂は先輩の人気に嫉妬した誰かが流したデマではないかと思っていた。なぜなら先輩はいつも学校が終わったら夜遅くまで部活をしていて、疲れきった状態で部屋に戻ってはそのままベッドにバタン。俺の記憶が正しければ毎晩ちゃんとこの部屋で寝ている。もしかして俺が友達のところに泊まりに行く時に、かわいこちゃんでも連れ込んでいたのだろうか。

「実は折り入って、先輩にお願いがあるんですけど、俺にもその……誰か紹介してくれませんか?」

「はあ!? なんで?」

「溜まってるんです。色々と」

「は……」

俺、栂村智也(ツガムラトモヤ)は高校に入るまでごく普通の男だった。それなりに可愛い彼女もいたが、高校生になると同時に他県に引っ越すことになり、そのまま別れることになったのだ。こんな男しかいない環境に放り込まれても、女なんかいないならいないでやっていけると思ってたし、勉強は好きだったから金のかかる私立の進学校に通えてラッキーぐらいのもんだった。
しかしここにきて女がいない日々が続き、俺は新たな発見をした。

性欲というものは身体に蓄積し、そして抑えることができないのだということを。


「だからって、男でもいいって発想になるか? 普通。お前はノンケだったはずだろ」

「いやー、そのはずだったんですが……」

俺から事情を聞いた先輩は驚きつつもすっかり呆れかえっているようだった。男同士のキスを目撃して慌てふためいていた入学当初の俺でも思い出しているのだろう。

「……まぁ、お前がそんなに言うなら、別に紹介してやってもいいけど」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

頼りになる先輩に向かって深く深く頭を下げる俺。男同士の恋愛に慣れることはできても、性欲の捌け口がないことには慣れなかった。我ながらみっともない話である。

「ただ、セフレってのはほんとに身体だけだからな。男初めてのお前の相手をしたいって奴がいるかどうか…」

「え!? やっぱそういうもんなんですか?」

今まで付き合ってきた彼女は3人、そのうち関係を持ったのは1人。けして下手ではなかったと思うのだが、やはり男相手となると自信はない。

「仕方ねぇな。可愛い後輩のためだ。まず俺が相手してやるよ」

「………え?」

先輩の言っていることがいまいち理解できず、顔をあげたままぽかんと放心してしまう。唖然とする俺に向かって先輩はあっけらかんとした様子で話を進めていった。

「なんだよ変な顔して。俺、下でもいけるんだぜ」

「う、うう嘘。てか下って」

バスケ部のスターで、ちょっと俺様で、自分の思い通りにならないことはないと思っている。そんな先輩が抱かれる側? 男に組み敷かれてる姿もよがっている姿も想像できない。彼にそんなことができる恐いもの知らずがこの学校にいること自体信じられない。

「なあ、やろうぜ。溜まってんだろ? 俺が色々、教えてやるからさ」

「いや、先輩。それはさすがに」

「なんだよ、俺じゃ不満か? あんな頼み事しといて、今さらなに遠慮してんだよ」

断じて遠慮などではない。確かに俺は、男のセフレが欲しいなんて失礼で突飛な頼み事をしたが、その相手が先輩になるなんて思ってもみなかった。先輩とそんな関係になるなんて考えたこともなかったし、そんなことには絶対なりたくない。だって俺は、彼を気心の知れた先輩としてとても慕っていたからだ。俺は勘弁してくれと、懇願する勢いで必死に抵抗した。

「だ、駄目です先輩! それだけは……っ」

「何でだよ、顔も知らねぇ野郎とはやれて、俺は駄目? そんなに嫌われてたとは知らなかったぜ」

「逆ですよ逆! 先輩が好きだから、先輩との関係は壊したくないんです!」

「…………ふーん」

先輩は何かを考えるような難しい顔をして、ゆっくりと俺から離れる。思い直してくれたのかとほっと息を吐く俺の前で、いきなりシャツのボタンを外し始めた。

「え、え、ちょっと先輩何してんですか」

「なにって」

動揺のあまりまともに呼吸もできない俺の肩に先輩の腕が回される。俺をベッドに押し倒し、そのまま上に覆い被さってきた。

「誘ってるに決まってるだろ、智也」

「……っ」

先輩の吐息が俺の耳をくすぐり、艷のある声が骨の髄まで染み込んでくる。今の今まで先輩のことを男前だとは思っても、断じて欲情などしたことはなかった。だが、いま目の前にいる先輩は年上の色気があって、文句なしに綺麗だ。性欲が溜まりきっていた俺が籠絡させられるには十分すぎるほどに。

「智也、早くお前のを俺に入れてくれ。俺、もう我慢できねぇよ」

「先輩…」


その日俺は、先輩の誘惑に負けた。絶対に越えてはいけない一線を越えてしまったのだ。
――先輩の気持ちも、思惑も知らないままで。










朝、目が覚めた瞬間飛び起きた俺は、隣に素っ裸で寝ている先輩を見て卒倒しそうになった。当然俺も先輩と同じで下半身丸出し。昨日自分が彼に何をしたか、記憶もばっちり残っている。

「う、嘘だろ……」

あれは先輩が誘ってきたからだ、などという言い訳は通用しない。結局俺は自分の意思で先輩を抱いたのだ。それも今まで溜まっていたものを全部発散するまで、何度も。


「智也…?」

俺が派手に飛び起きたためすやすやと眠っていた先輩の目が開く。俺は彼が完全に目覚める前にその場ですぐさま土下座をした。

「すみませんっ、先輩。俺…っ」

「あー…腰いてぇ。おい、なにしてんだ智也。頭上げろ」

「でも、俺……」

あんなことをしてしまっては、もう先輩とは元の関係に戻れない。本当に今さらだが、俺は先輩とこの部屋で過ごす毎日がとても楽しかった。でもそれを自分の手で壊してしまったのだ。きっとこれから先輩を見るたび、そういう対象として考えてしまうだろう。それがどうしようもなくつらい。

「先輩っ、昨夜のことはどうか、なかったことに……!」

あんなのは一時の気の迷い。ちょっと魔が差しただけだ。記憶を抹殺することはできないが、お互い今日のことは忘れて、無難に付き合っていく他ないだろう。
ところが、気だるそうに先輩の口から飛び出した言葉はとんでもないものだった。

「何言ってんだよ、智也。俺達はもう恋人同士だろ」

「……え」

硬直する俺に向かって先輩はにっこりと笑う。俺によく見せてくれるいつもの無邪気な笑顔だ。

「俺を手籠めにした責任、とってくれるよな?」

「えっ、そ、そんな。でも、それは…」

「てめぇ、まさかヤり逃げするつもりかよ」

「……」

そんなの理不尽だとすぐにでも言い返したかったが、三谷原先輩の背筋も凍るような視線と地の果てから響くような声にすっかりビビってしまう。そっちから誘ったんでしょう、なんて言ったら今にもぶっ殺されそうだ。


終わった……とこれからくる未来に項垂れる俺を先輩は乱暴に抱き込む。そして先輩は、ただでさえ絶望の縁にいた俺をどん底まで突き落とす言葉を耳打ちしてきた。

「今夜は抱かせろよ、智也。昨日の倍は気持ち良くさせてやるから、覚悟しとけ」



しまった、と気づいた時には最早手遅れ。俺はとっくに、この先輩からの逃げ道を失ってしまっていたのだ。

おしまい
2012/2/21

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