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短編
最低男の最後の願い
ファンタジー/暗め/死





俺の知り合いが死んだ。

友人とよべる間柄でもなく、連絡先も知らないような男だった。それでも身近な人間が亡くなるなんて経験をしたのは初めてで、そのことを人づてに聞いた俺は少なからずショックを受けた。

男の名は村瀬タイキ。俺が彼と会った店は男同士が出会いを求める、いわゆるハッテン場と呼ばれるところで、バイだった俺はその当時付き合っていた彼女とうまくいかず、鬱憤を晴らすためにたびたび店に顔を出していた。数回会話を交わした程度の間柄だったが、タイキは店では有名人だったのでよく覚えている。奴が有名なのはその顔の良さもあるが、なによりタイキに暴力的な噂話が絶えないからでもあった。以前少しだけ話したときはけして悪印象ではなかったが、同じ店に通っていた友人からタイキが“カタギではない人間”に殺されたらしいと聞いた時は、噂は本当だったのかとぼんやり思ったものだ。




村瀬タイキの訃報を知ってから3週間ほどたったある日、元恋人との約束に遅れそうになっていた俺は、時間を気にしながら人混みの中を走っていた。彼女とは色々あって一度別れてしまったが、ようやくよりを戻せそうなところまでこぎつけたのだ。今日のために最近はあの店にもまったく顔を出さず、彼女との関係修復に時間をかけていた。今日だけは何が何でも遅刻するわけにはいかない。待ち合わせ場所である駅前に行くためのバス停を視界にとらえた俺は、どうにか間に合ったことにとりあえず安堵した。
ところがそれもつかの間、走るスピードを緩めた俺の腕が何者かによって掴まれた。

「わっ!」

「ああ、吾妻トウヤだ。今ちょっと話いい?」

前につんのめりそうになった俺は、いきなり話しかけてきた男に文句を言うため振りかえる。俺の腕を掴む若い男は、黒っぽい服を着た、今にもぶっ倒れそうな顔色をしているくせに満面の笑みを浮かべた変な奴だった。


「だ、誰……?」

「ん? ああ、ごめんごめん。あんたと俺は別に知り合いじゃないよ。でも俺、トウヤ君とタイキの話がしたくて」

「タイキって、村瀬タイキのこと?」

なんだこいつ、あの男知り合いか。でも何故俺なんだ? 俺以上にタイキと親しくしていた野郎ならいくらでもいるだろう。何にせよ殺人事件なんて物騒なことにはあまり関わりたくない。

「悪いけど、俺はタイキのことよく知らないから。……あっ」

俺が乗車するはずのバスが道路を走ってくるのが見え、焦った俺は男を無視して走り出す。俺の頭の中には待ち合わせ場所にいるであろう彼女のことしかなかった。

「あはは! タイキを知らないだって? あんたほどタイキに近い人間もいなかっただろうに、変なの」

「……なに?」

突然笑い始めた男に俺は思わず立ち止まる。1人で愉快そうに飛び跳ねているそいつは、どこからどう見ても頭がおかしいようにしか見えなかった。

「あんた、やっぱすっかりタイキのこと忘れちゃったんだね。村瀬大輝だよ、トウヤ君。よく思い出してみな」

「村瀬、大輝……」

「タイキと店で何回か話したとき、タイキはあんたに優しかったよね。けどその優しさにつられて家に行ったら無理やり犯されて、外に出してもらえなくなった。それこそタイキが殺されるまでずっと。さっさと思い出してよ、トウヤ君」

「……」

タイキ、大輝、大輝。そう、その名は一瞬で俺を不幸のどん底に突き落とす呪いの言葉だ。日が沈み周囲が一瞬で暗闇に包まれるように、俺は村瀬大輝という人間がしたことを思い出した。

「あ……っ」

あの男は最低最悪の糞野郎だ。奴に自由を奪われた俺は毎日犯され、一生消えることのないトラウマを植え付けられた。すべてこの男の言うとおり。問題はなぜ、俺が今の今まであの男を忘れていられたのかということだ。

「何で、何で俺……こんな大事なこと……」

「おかしなこと言うなぁ、トウヤ君。何でって、俺があんたの記憶を消したからに決まってるじゃん」

「……は?」

訳の分からないことを言い出す男に俺は不快感をあらわにする。けれど男は気にした風もなく、けらけらと笑い続けるだけだった。

「タイキは俺のお気に入りだったんだよ。あいつ見てたら全っ然退屈しなくてさぁ。あんたがケツに突っ込まれてるときなんかさ、俺思わず笑っちゃったもん。初めてタイキが不憫だと思ったね」

俺が大輝にされたことをこいつが見ていたのを知って背筋が凍る。この男がどこまで知っているのかわからないが、不憫なのは俺の方だ。いや、不憫なんて言葉で片付けられるものではない。あいつに犯され、部屋に閉じ込められたとき俺は本気で殺されると思った。こいつが大輝とどういう関係なのか知らないが、これ以上俺に関わらないでほしい。あいつのことはもう思い出したくない。できることならあのまま忘れていたかったぐらいだ。

「でもタイキが死んでさ、なかなかこっちに来てくんないから、俺が迎えにいってやったんだよ」

「……迎えにって、あんた自分が死神かなんかだとでもいうつもりか?」

俺の馬鹿にしたような言葉に男が初めて嫌そうな顔を見せた。その嫌悪の表情はなぜか少しだけ恐怖を感じさせた。

「お前らってさ、何でこうも同じことばっか言うんだろうね。死神とか天使とか、そんな名前に意味があるわけ? 俺はただタイキみたいな奴を向こうまで連れて行ってやるのが仕事なんだよ。ま、それは別にどうでもいいんだけど」

男の言うことはまるで理解不能だったが、こいつがおかしな人間だということだけはわかった。死神というよりは性根が悪魔そのものに思えてくる。

「とにかく俺は、今まで退屈しのぎさせてもらったお礼に、一緒に来てくれたら1つ願いを叶えてやるってタイキに提案してやったんだ。そしたらあいつ、何て言ったと思う?」

「知るかよ、そんなの」

「トウヤの中から自分との記憶を消してくれ、だってさ! なんてつっまんねぇ願い! 普通自分を殺した奴を地獄に送ってくれとかじゃない? 俺ならぜってーそう言うね。……まあ俺は優しいから、そんなくだんない頼みも快く叶えてあげたわけだけど」

俺を記憶喪失にさせたのは自分だと言い張る男は得意げにおかしなことを話し続ける。こいつの非現実的な話を信じることはできないが、ならばどうして俺は大輝のことを忘れ、そして唐突に思い出したのだろう。あまりのショックに自分を身を守るための防衛本能が働いたとも考えられるが、この男に会った瞬間嘘みたいに記憶が戻ったのはなぜだ。

「でも俺はタイキの真意がわかってたからさー、それを叶えてやるためにあんたの記憶を消すのはやめたんだ。願い事は1つだけって約束だし、これ以上特別扱いしてると周りからギタギタに責められるだろーし。ここまで気ぃ利かしてやるなんて、俺って相当タイキのことスキだったんだなぁ」

「……大輝の真意って、何なんだよそれ。お前いったい誰なんだ」

「それはすぐにでもわかると思うよ。ああ、もうそろそろいい時間だから、俺帰るね。ばーいトウヤ君、会えて良かった」

「……っ」

軽やかに別れの挨拶をした男は、俺がまばたきをしたその一瞬で目の前から姿を消した。まるでそこに最初から誰もいなかったように、最悪の記憶だけを残して忽然と消えてしまった。

……もしかしたら本当に、奴は死神だったんじゃないだろうか。でなければ俺の頭がおかしくなったか。奴は大輝の願いを叶えるなどと言っていたが、いったい何をするつもりなんだ。



呆然と立ち尽くしていたまさにその時、恐怖で身震いしていた俺の目の前で、突然暴走した車が突然派手な音をたててスリップしながら対向車線にはみ出した。俺からはずいぶん離れていたにも関わらず、すっかりびびっていた俺は悲鳴を上げてその場にへたり込んでしまった。

「あ……」

事故を起こした車は周囲の車をも巻き込み、目の前で何台もの車が派手に横転した。映画のワンシーンのような大事故に辺りが騒然となっている中、俺はあることに気がつきぞっとした。
事故に巻き込まれた車の中に、俺が乗るはずだったバスがあった。バスはおもちゃのミニカーのように横倒しにされ派手に炎上している。俺はその燃え続けるバスを見て恐怖すると同時に、もしあのバスに乗っていたらと考えずにはいられなかった。


死神のような男の手により奪われた大輝の記憶を取り戻した。大輝が俺にしたこと、望んだこと、今はそのすべてを覚えている。そんな俺が、この事故の回避が偶然ではなかったことに気づくのに、それほど時間はかからなかった。


おしまい
2011/6/28

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