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短編
隣の席
「席替え」のその後。相変わらずBL未満な話。




「のんちゃん、一生のお願い! 港君の好みのタイプきいてきて!」

「………は?」



朝休みの騒がしい教室の中、幼稚園からの幼なじみである宮野健一(通称ミヤケン)が、俺の席までやってきてとんでもないことを言い出した。以前よりアホだアホだと思っていたが、とうとう彼は俺にはとうてい理解できないところまで行ってしまったようだ。俺がミヤケンをなんとも言えない気持ちで見つめていると、横の席、すなわちまだ登校していない港君の席に座っていたもう1人の幼なじみが話に割り込んできた。

「ミヤケンの奴、梅本に頼まれたんだよ。港君の好みの女のタイプきいてこいって」

「…ああ、そういうこと」

港君の席にだらんと座って楽しそうに話すのは五十嵐仁(イガラシジン)。どこの正統派俳優だといわんばかりのいかした名前を持つ彼だが、一年生の時のまつぼっくり拾い大会でとんでもない数を集めてきたため“ぼっくり”という嬉しくもないあだ名をつけられてしまったかわいそうな奴だ。勉強はからきしだが、港君レベルではないにしろ顔もそれなりに整っていて、それなりにスポーツ万能。それなりにモテてもいるがあだ名はぼっくり。本人は全然気にしてないみたいだからいいけど。
…ちなみに、のんちゃんというのは俺のあだ名だ。野川良太だから、のんちゃん。激しく不本意である。

「なぁ、のんちゃん。ちょーっと港くんに、好みのタイプきいてくれるだけでいいんだって」

「なんで俺が」

「だってとなりの席だし仲いいじゃん。授業中もこそこそ2人で話してるし」

「妙な言い方すんな。向こうが話しかけてくるから返事してるだけだ」

席替えで隣にきてからというもの、港君は何かにつけて俺に話しかけてきた。隣人と仲良くしたいという気持ちはわかるが、俺としては厄介事を避けるためにも港君とはあまり関わりたくない。クラスの女子が聞いたら睨まれそうな言いぐさだが、結局港君とはちょくちょく話をしているうちに普通に友達と呼べる間柄になってしまった(港君自身は普通にいい奴だった)。

「つーか梅本も自分できけばいいじゃん。何故に人づて?」

「1回本人にきいたら、タイプとかないって言われたんだって」

「…だったらないんじゃないの?」

「男同士なら港君もおしえてくれるかもって梅本が言うんだよ。港君がなかなか好きなタイプ言わねーから、何か女子の間ですげぇ話題になってるらしい」

「…女子って相当ヒマなんだな。俺にその時間をわけてくれ」

「無理だったら好きな芸能人でもいいってさ」

好きな芸能人とかで妥協されても困るのに、人の話を聞かないミヤケンはやる気のない俺の反応を見ても口を閉じようとはしない。クラスの女子は好きなイケメンアイドルグループの話題で盛り上がったりしてるみたいだが、アイドルのファンなんかしてる港君の姿なんて想像できなかった。いや、普通なら好きなタレントの1人や2人いるのだろうが、港君に限ってはそうとも言い切れない。現に俺と港君の間にもそんな話題は1ミリも出てこなかった。

「はいはい! 俺は芸能人だったら河合あやながいいです!」

お前の話はきいてないというのに突然手を挙げてそんなどうでもいい宣言をかますぼっくり。しかも河合あやなって、今話題の巨乳タレントじゃないか。胸がデカければそれでいいのかお前は。

「あー、そういやずっと前から思ってたんだけど、河合あやなってのんちゃんの姉ちゃんにちょっと似てない?」

「全然似てない」

「似てる似てる! 俺もそれ思ってた!」

即座に否定する俺をスルーして、ぼっくりがミヤケンにすごい勢いで賛同する。巨乳タレントと自分の姉が似てるとか嫌すぎるからやめてくれ。だいたい俺の姉ちゃんはあんなに胸はデカくない。そんな目でうちの志帆(姉)を見るなら、もうゲーム貸してやらないぞお前ら。

「でもさ、河合あやなとのんちゃんの姉ちゃんが似てるってことは、のんちゃんも河合あやなに似てるってことじゃん?」

「いや、何でだよ」

「だってのんちゃんと姉ちゃん、顔そっくりだし」

…確かに、自分で自覚はあまり持てないが俺と姉ちゃんは似てる姉弟だと周りからよく言われる。だが、だからといって俺と河合あやなが似てるってのは、どう考えても違うだろ!?

「好きだ、あやな! 俺と結婚してくれ!」

「はあっ? ちょ、ぼっくりお前…!」

謎の悪ノリを始めたぼっくりが俺に抱きつこうとしたまさにその時、何者かがぼっくりの腕をとり立ち上がらせた。

「おはよう、良太。朝からみんな元気だな」

「「……っ!」」

ぼっくりから椅子を奪い取ったのはこの席の正当な持ち主、港君だった。爽やかに挨拶してきた彼に気づいた俺達は、まるでやましいことでもあるかのように硬直した。

「み、港君。……おはよう」

「おはよう、ミヤケン。ぼっくりも」

ランドセルを開け教科書を取り出す港君をちらちらと横目に見ながら、ミヤケンが早く訊けと視線で俺に訴えかけてくる。嫌だ、そんな目で見たって絶対きかないぞ。俺がミヤケンを睨み返し訴えを突っぱねていると前の方から港君を呼ぶ声が聞こえた。

「港君! すっげぇ大ニュース! 櫻井の奴、港君のことが好きなんだって!」

その言葉が教室に響き、クラス中の視線が叫んでいる男子の方に向く。騒いでいるのはうちのクラスの問題児、吉田だ。

「吉田! あんた何勝手なこと!」

「だって今話してたじゃねえか! 俺、聞こえたもん!」

櫻井の友達が吉田をなじるが、奴はそんなもの聞いちゃいない。港君を好きな子なら大勢いるだろうが、それを大っぴらにしているのは一部の気の強い女子だけだ。なぜならそんなことを言えば、ただちに恋のライバル、つまり敵とみなされるからだ。現に今、普段から港君に堂々とアタックしている梅本美月などは、櫻井をすごい形相で睨みつけている。吉田の奴、デリカシーがないにもほどがあるだろう。

「港君、櫻井に返事してやれよ! どうすんの? 櫻井と付き合うわけ?」

「吉田!」

櫻井の友人は、顔を真っ赤にさせうつむく櫻井をかばいながら怒りを露わにさせた。そんな女子の反応を気にもしない吉田はにやけながら港君に詰め寄っていく。けれど港君は周りの視線を物ともせず、吉田の額を軽くぺちんとはたくとあきれた顔で奴を見た。

「よっしーは馬鹿だな。好きだからって、それがイコール付き合いたいってことにはならないだろ」

「えっ、そうなの?」

港君の言葉に理解が追いつかないらしい吉田が首をかたむける。腕を組む港君はいたって真面目な顔つきでうなずいた。

「そうだよ。現に俺だって河合あやなが好きだけど、別にそんなに付き合いたいとは思わないもん」

「河合あやなって、あの河合あやな? 港君好きなの!?」

「うん、だって可愛いだろ」

その瞬間、近くで話を聞いていた女子達が口々に騒ぎ始めた。どうやら女子が港君の好きなタイプで盛り上がっているというのは本当だったようだ。港君の意外すぎる趣味に聞き耳をたてていたクラスメートも皆一様におどろいていた。

「……のんちゃん、港君も河合あやなが好きなんだって」

「みたいだな」

「ってことは港君の好きなタイプって、のんちゃんのお姉ちゃんってこと?」

「は?」

「いや、むしろのんちゃんが港君のタイプなんじゃねえ?」

「あ、なるほど」

「は?」

何ふざけたこと抜かしてんだてめぇらと柄にもなくぶち切れそうになる自分を必死で抑える。そんな俺には気づきもしないミヤケンとぼっくりは、面白いことを知ったといういたずらっ子の顔でニヤニヤと笑い続けていた。


その後、女子の間では、港君の好きなタイプは河合あやなだという噂がものすごい勢いで広まっていった。そして男子の間ではいつの間にか港君の好きなタイプはのんちゃん、つまり俺ということになっていた。

……なんでだ!


おしまい
2011/2/15

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